早起きは三文の
布団まで動くのが面倒で床で寝たら案の定。全身がバキバキだ。這いずりながら投げ捨てた布団の上のスマートフォンを目指す。
≪ミッション:早起きをしようをクリアしました。高級オーディオインターフェースを入手しました。プライズは指定の場所に転送します≫
スリープ解除したスマホに表示された時刻は六時ジャスト。家の周りを見て回るにはちょうどいいかもしれない。
カッコつけてみるが視線は座卓の上の通帳。夢だけど夢じゃなかった!
金庫なんてアパートの一室にあるわけないのでせめてもの抵抗として布団の下に隠しておく。
昨日は着の身着のままで寝たので靴下だけ履き替えて玄関ドアの外へ。
「おぉ、絶景かな絶景かな」
ドアを開けたらそこはオーシャンビューでした。
今更疑っていないが目の前の景色は元々の俺の家があった中途半端な都会の光景ではない。オカルト状況をしょうがないで済ませる金の力ってすごいなぁと思いつつスマートフォンのマップアプリを起動。
現在地は桜花島と表記されており、結構な大きさの島であることがうかがえる。
マップアプリの現在地を記録しておく機能を使い自宅をメモしておく。これで迷っても大丈夫だ。
俺の住んでいるアパートから左手の土むき出しの道に進む。すると、途中からコンクリートで舗装された道になってきた。
そのまま道なりに行くとドーンと聳え立つ二階建ての一軒家が現れた。
一軒家の周りにはコンクリート打ちっぱなしの大きな倉庫のようなものが点在しており、パッと見でヤバいと感じる港の倉庫街を彷彿とさせる。
進むか戻るか、腕を組んで悩んでいると一軒家の中からロマンスグレーで背筋がピンと伸びた御老人が出てきた。
御老人は俺のことを視界に入れると、笑顔で近づいてきた。スーツを着ているせいか懐から拳銃を取り出しそうでちょっと怖い。
「お待ちしておりました、もう到着なさってたんですね」
「ええ、昨夜のうちに」
うわ、ロマンスグレーのお爺さん部下かよ。
≪ミッション:職員と会話しようをクリアしました。高性能パソコンを入手しました。プライズは指定の場所に転送します≫
アプリ君、ちょっと今それどころじゃないって。この人の名前は何!? 怖いから名前を聞けないって!
「あぁ、そうそう。大塚さんたちは本日の夕方頃に港へ到着し、明後日からの出勤となっております」
「そうなんですね。それじゃあ、俺はこの辺で……」
「はい? 事務所の整理をすると仰られていませんでしたか?」
「そうでしたそうでした! いやー、寝ぼけてるのかな? ハッハッハ!」
大量に汗を流しながら大声を出して誤魔化す。こっちに丸投げして後は流れでは本当にクソだぞアプリ! 必要最低限のことはキチンと教えろや!
首を傾げる御老人から逃げるように事務所らしい一軒家に入る。違うかもしれないが、聞き返す勇気はない!
一軒家の玄関で一息つき、目頭を揉む。一日の始まりからどんな綱渡りしてるんだ俺は。
いかんいかん、マイナス思考は敵だ。ポジティブに行こう。まずは情報収集だ。玄関から見て右手にあるスライドドアを開けて入室する。
その部屋の壁にはズラリと書類棚が並んでおり、部屋の真ん中には四つのPC付きデスクがある。どうやらここが事務処理をする部屋になっているようだ。
さらに、部屋の奥には壁際にキッチンが備わっている。おそらく給湯室の役割も兼ね備えているのだろう。
ふらりと四つのデスクの上を見ると、鈴鹿用資料と書かれた冊子が置いてあった。これだ! 弾かれた弾丸のようにその冊子を手に取る。
冊子の中には写真付きの履歴書がリフィルに封入されていて、それぞれの役職についての補遺が背面に書かれている。
まず、事務員の大塚さん。赤いアンダーリムの眼鏡をかけている栗毛ポニーテールの女性、めっちゃ美人。なんでタレントじゃないの?
次にチーフマネージャーの妻橋さん。さっきのロマンスグレーのお爺さんだ。年齢が五十六歳でもうすぐ還暦だが、その経験をもって社長の補佐を務めると補足されている。
三人目、山田君。某名探偵の孫に出てくる殺人コーディネイターみたいな髪型してる。うわ、七か国語喋れるじゃんこの人。広報じゃなくて通訳やったほうがいいのでは?
四人目は柴田さん、この中で唯一の既婚者らしい。スキンヘッドのおっさんって感じの顔つきだ。妻橋さんがマフィアのボスで、柴田さんは極道の若頭っぽいわ。仕事は運転手兼マネージャーらしい。
最後は尾根さん、パソコンのハード面とエンジニアの担当だ。機械の医師と呼ばれる凄腕のエンジニアとのこと。黒髪のセミロングで涙ホクロがある清楚系美人だ。注意には口が悪いって書いてあるけど。
「ふぅ……、とりあえず人間関係は確認できた。で、一つ聞きたいんだが……」
スマートフォンを握りしめて大声で叫ぶ。
「タレントどこやねん!」
演者ゼロ人とかふざけんじゃねぇ!
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