異伝・鈴鹿静時オーナー伝
菅原暖簾屋
If・初手理不尽なアプリケーション
ファンタジーってのは突然やってくる。
別にトラックに轢かれたわけじゃないし、寝てたら自然豊かな平原に放置されていたわけじゃない。
いきなり普段使いのスマートフォンに見知らぬアプリが生えてきただけだ。
生えてきたならアンインストールすればいいじゃないかと言われればそうなのだが、コイツは困ったことに他のアプリと違い長押ししてもアプリのアイコンをホーム画面中に移動できるだけ。ゴミ箱のアイコンなんて一切出てこない。
対応するのも面倒なのでそのまま放置すると、三日ほど経ったら今度は「早く起動して初期設定を始めましょう」なーんて、ウイルスよろしくスマホのタイムラインを汚染し始めた。
本格的にウイルスかなと思って次の休みにショップに持っていこうと予定を立てつつ、仕事用の別の端末を起動すると同時に例のアプリがインストールされだした。
俺はここで恐怖を抱いた。
仕事用のスマートフォンの契約は電話回線のみでデータ通信はしてないはずなのだ。
無論、勝手に電波を拾っている可能性を考えたが無線ネットワークは拾っていない。いないのだ。
恐ろしいのはこれから。
恐怖にかられた俺は着の身着のままで携帯ショップに駆け込んだ。あわあわと要領を得ない話をする俺はかなり滑稽だっただろう。
結果として謎のアプリを店員は認識できなかった。アイコンを指しても何もありませんがと言われた。
オカルトだ。俺は項垂れてお祓いに行ったほうがいいのかとも思ったが悩みに悩んだ結果、時間も時間だ。まともに取り合ってもらえないだろうな。
何もできずそのまま家に帰りつき、フローリングに横になる。
ふと急に強い怒りがわいてきた。なんで俺がこんなアプリ一つで踊らされねばならないのか。俺に非は一つもないではないか。
オカルトには強気で立ち向かう。そう決めて、普段使いのスマートフォンのスリープを解除して件のアプリのアイコンを力の限り押した。
≪初期設定を始めます≫
「うおっ!?」
いきなり合成音声が流れ始め驚きとともにスマートフォンを取り落とす。
なんだかんだ言ったが普通にビビっているのである。
≪氏名を入力してください≫
スマートフォンに姓と名で各四つずつの真っ白なボックスが表示された。
ドラでクエなRPGでお決まりお約束の名前入力フォームに酷似している。
「アーリオ、オーリオっと…」
ふざけた名前を入力したらブーっとブザー音が鳴り響く。
≪ふざけないでください≫
意外と余裕ないぞこのアプリ。
平静に見えているがブザー音でビビり散らかした俺は本名を入力する。
≪鈴鹿 静時で登録します≫
冷静に考えたら本名登録なんて危ない橋をわたってることに気づく。
もう手遅れだが。ショップの店員がグルで某国に情報飛んでたらどうしようとか思っていると。
≪これよりオーナーに本アプリの説明をさせていただきます≫
オーナー? チュートリアルが始まるのか?
≪オーナーには世界一の事務所のオーナーを目指していただきます≫
「何言ってんだおめぇ」
またしてもブーっとけたたましく警告音が鳴る。
もはや現実から目を背けるまい。お前絶対中の人いるだろ!
≪オーナーには世界一の事務所のオーナーを目指していただきます。
まずは登記申請書に記入をお願いします≫
玄関に備え付けてある郵便受けに何かが投函された音が聞こえた。
そうだ、オカルト案件だった。
へっぴり腰で郵便受けを確認すると、登記申請書在中と書かれた封筒が。ペーパーカッターで開封すると三つ折りの書類と返信用の封筒が同梱されている。
≪記入してください≫
記入する。
≪折りたたんでください≫
折りたたんだ。
≪返信用封筒に封入してください≫
封入した。
≪回収します≫
「おああ!?」
手から封筒がマジックのようにパッと消失する。
もう覆せない! 超常現象に巻き込まれている! どんとくんな超常現象!
≪確認しました。チュートリアルを開始します。
まずオーナーは現時点をもって日本のVtuber事務所のオーナーとなりました≫
「は?」
≪同時に社長としてのタレント育成も行っていただきます。
故に今日付けで現職を退職させていただきました。おつかれさまでした≫
「はぁ!?」
≪また拠点の移動の手間を省くため居住地を転送させていただきました。
場所は福岡県沖に存在する桜花島となります≫
ドタドタと音を立てて玄関ドアまで駆け出す。
乱暴に開け放たれたドアの外には夜の帳が下りたオーシャンビューが。俺の住んでいるアパートは間違いなくこのような景色が見える場所には建っていなかった。
「もう…。わけわかんねぇ」
≪次の説明に移ります。
画面をご覧ください≫
玄関ドアを閉めてフラフラとリビングの座椅子に腰掛ける。
頭がどうにかなりそうだ。
≪桜花島全体がオーナーの所有地となります。
さらに初期資金として百億円の資金が付与されます≫
福岡の主要都市銀行の二行の通帳が座卓の上に落ちてくる。
もう驚かないが。驚かないが。預金の額には驚いた。五十億に分割されて預金されている。
オカルトだろうがなんだろうが怖くなくなった。現金は人を元気にするのだ。
≪明日からオーナーとしての人生が始まります。お楽しみください。
また本アプリでは一年を通してミッションを用意しております。ミッションをクリアすることで追加の報酬を得ることができます。ご活用ください。
これでチュートリアルを終了します≫
文字通り降ってわいた現金にウヘウへとだらしない表情をしているとチュートリアルが終わってしまったようである。
慌ててスマートフォンを操作してアプリを確認する。そこにはTODOリスト形式で件のミッションが表示されていた。
一年目ミッションリストと銘打たれたそれには二十を超えるミッションが存在しているようだ。
優先すべきミッションをピックアップしてみよう。
・埋もれている才能を発掘しよう。
≪君のタレントが待ってるよ。クリアで高性能マイクを入手≫
あ、NEUM●NNの高いマイクだ……。
それより埋もれている才能ってなんだよ。オーディションでもしろってのか?
・職員と会話しよう。
≪何事も礼節を持って接しよう。クリアで高性能パソコンを入手≫
職員も既にいるらしい。挨拶したらパソコンを貰えると。
ぶっちゃけ百億ある時点でパソコン数百個買えるんだけどな。
・オーディションを開催しよう。
≪新たなタレントを見つけよう。クリアで業務用スマートフォンを入手≫
これって埋もれている才能を発掘しようと同時進行できるのかな。
百億の資金のおかげでいくらでもオーディション開催出来るだろうから構わないけども。
この三つが最優先ミッションとして特別なマークがついている。
いやはや、Vtuberは軽く見たことがあるが、まさか管理する側に回されるとは。
急に休みになった明日の予定を考えながらスマートフォンを万年床になっている布団に放り投げる。
そして再び桜花タレント事務所予算と銘打たれた通帳を眺める。
オカルト、オカルトとビビり散らかしていた俺だったが現金の前ではそのような感情は脆く崩れ去った。
夢なら醒めないでくれと襲ってきた睡魔と戦いつつリビングの床に寝転がる。
明日の朝は身体バキバキだろうなとうつらうつらとしながら俺の意識はそこで途絶えた。
途絶える寸前、電子音が聞こえた。
≪ミッション:早起きをするを追加しました≫
やかましいわ。
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