給餌型愛犬ロボット

 エヌ氏は機械工学の博士である。研究のテーマとはべつに、あるものを作っていた。

「さあ、できたぞ」

 それは犬型ロボットである。飼っていたトイ・プードルが老衰のために旅立ってしまい、ペットロスになっていた。だから、死なない犬を欲していた。 

「ロボットだから死ぬことはない。メンテナンスと修理さえしていれば大丈夫だ」

{ポチ}と名づけられたロボット犬は、よくできていた。姿や形は犬に似せていたので、見た目は本物と変わらない。特殊なシリコンで外皮を覆い、本物の毛皮をかぶせた。

 エヌ氏とポチの生活が始まった。優秀な人工頭脳を搭載しているので、ポチはあらゆる点で最高の愛犬となった。ただ一つ、本物の犬でなければできないことがあり、エヌ氏はそれが不満だった。

「エサやりや排泄物の始末はめんどうだと思っていたが、こうしてロボット犬と過ごしてみると、なんだか物足りない。ああいうのもリアルのうちなんだよなあ」

 ロボット犬は電気仕掛けなので排泄はしない。充電さえしていれば、エサを食べることもなく動き続ける。

「だったら、そういう機能を作ってしまえばいいんだ」

 さっそく、エヌ氏は作業にとりかかった。ロボット犬が食べ物を咀嚼できるようにした。ただし、本物の消化器官は技術的に無理なので体内でかき混ぜるだけである。人工的な肛門を作り、そこから排出できるようにした。

「うん、完璧だ」

 まるで本物の犬がしゃがんでウンチしているように出された。

「しかも、よく混ざっているから、これはこれで流動食にもなる。生肉を与えればハンバーグだな」

 ゲル状になったそれらを見て、エヌ氏は満足げな表情だった。

 それから間もなくして、世界大戦が起こってしまった。エヌ氏の街は散々に爆撃されて、廃墟となった。

「だ、だれか、助けてくれ」

 研究室棟から逃げ遅れたエヌ氏は、倒壊した建物のすき間でかろうじて生きていた。ただし脱出口がなく、顔の半分ほどの穴から口と鼻だけ出していた。コンクリートの瓦礫なので、人力でどうにかするのは不可能だった。

「おお、ポチ。来てくれたか。わたしをここから出してくれ」

 ロボット犬がエヌ氏を嗅ぎつけたが、非力なのでどうすることもできなかった。助けを呼ぼうにも、街は徹底的に破壊されている。誰も残っていなかった。

「水が飲みたい」

 ロボット犬が飼い主の渇きを癒した。後ろ足の片方をあげて、人工ぺニスからの放水である。

「腹がへった」

 ロボット犬がしゃがみ込むと、ブルブルと力んでゲル状の食物を排出した。見かけは悪いが、それなりに栄養もあった。ポチは廃墟になった街で食べ物を見つけては食べて、エヌ氏のもとへ行っては排出を繰り返した。

「すまんが、これを頼む」

 逆に、エヌ氏が排泄したものを捨てたりもした。

 しばらく経った。今日もポチが食べ物を排出してエヌ氏が食べたのだが、とたんにシブイ顔で唸った。

「う~ん。これ、わたしのウンコが混じっているな。おえっ」

 ロボット犬は故障している。とにかく、見境なく食っていた。

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