監獄ダイエット
政治犯収容所に収監されて、もう三年になる。
ここに来る前、私は悪い国会議員だった。国民のことなどどうでもよく、ただ金と権力にすがりたかった。詭弁を弄して口利きや汚職に励み、狂信的な官僚の言うままに国民から富と安寧を奪った。すると国がだんだんと貧乏になって、一流国から三流国へ落ちぶれてしまったが、なんとも思わなかった。自分さえ贅沢できればいいのだ。
だが、ある突然連行されて、裁判もないまま政治犯収容所なる施設に放り込まれた。ここには、この国を危うくした政治家たちが多数いると、看守が教えてくれた。
すべてが独房であって、部屋の広さは畳二枚を縦に並べた程度だ。室内には何もない。照明はおろか、便器や洗面器、ベッドや寝具すらない。コンクリートで囲まれたただの箱なんだ。夏も冬も、硬質の床で体の骨を軋ませながら眠る。
鉄格子が施された小さな窓が唯一の採光手段であり、床にある穴がトイレだ。頭が入るくらいの丸穴で、かなり深そうだ。うまく用を足すには慣れが必要となる。
この独房には、衝撃的なことにドアがない。初めて入る時はあったのだが、コンクリートで塗り固められてしまった。食事と水を受け取るだけの、まるで郵便受けみたいな細長の穴だけが開けられていた。
つまり、ここに入れられたら最後、生きて出られないということと、死んでもでられないということだ。看守からも、そう告げられている。絶望しかないとは、このことだ。
いや、私はここを出る。脱出して再び政治家となり、もっともっと自分のために権力を使うんだ。他人のことなど知ったことではないわ。
ダイエットを始めた。とことんまで痩せて骨と皮だけになった。これで体をねじ込むことができるだろう。窓の鉄格子にではない。トイレの穴にだ。
グリグリと体を入れると、少しずつであるが前進できた。下へ向かっているので重力が手助けしてくれる。だけど中は極端に狭く、おまけに糞尿がへばり付いているので、ひどく臭くて不潔だ。
けっこう長いパイプであって、もう十メートル近くは落ちたと思う。なんとなく空気が流れているような感じがした。出口に来たはずだと直感して死に物狂いで進むと、スポッと抜けて床に落ちた。
「やったー、これで自由の身だ。国民どもへ復讐してやるぞ。ヒヒヒ」とほくそ笑んでいると、後ろから声がかかった。
「あんた、天井の穴から落ちてきたけど、どこのモンじゃい」
人がいた。あたりを見回すと、なんだこれ、独房じゃないか。前と同じ部屋だ。ちがうのは、薄汚れて貧弱な中年男がいることだ。
「上からトイレの穴を使って脱出してきたんだ」
「おまえさん、ひょっとして上の住人かいな」
「そうだ」
「毎日、毎日、おまえさんの糞と小便が落ちてきて、始末するのがたいへんなんだ」
そう言って、床にある穴を指さした。
それは天井の穴から少しずれていた。直径は同じくらいに見える。
「じゃあ、一緒に行くかいな。この部屋ともおさらばだ」
その男のあとに続いて穴の中へ体をねじり込むが、他人の糞尿臭は案外ときついなと思った。
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