着地点
吉田義男はずっと落ちていた。
生れた時から落下している。ただし加速はしていない。つねに毎秒9.8メートルで落ちていた。
等速直線運動をしているので、本人にとっては実質的に止まっている。下からの風が吹きつけているのと、周りの雲や空が動いているので落下していると自覚できた。
衣類や日常品、食料は空のどこかにあるので困ることはなかった。気温もほどよく温暖で、毛布や布団などの寝具もあった。雨雲の中へ突入した時がお風呂のタイミングで、シャンプーや石鹼で体を洗い清潔に保っていた。
初めの頃は両親と一緒だったが、二十歳になったので独立したいと、空を左へ左へ泳いで自分の空域を確保した。病気になると、どこからか医者が泳いできて治療してくれる。必要な薬剤も空中のどこかにあり、処方箋まで付いていた。
小学校から高校まで通った。生徒は少人数だが、ふわふわと浮きながらの授業は心地よく成績もよかった。就職して事務員となり、独身のまま定年を迎えた。自分の空域でのんびりと昼寝をしていると、空を漂って郵便が届いた。一通の便せんがあり、そこに{着地点到着予告通知書}とだけ書かれていた。
突然、下の視界が露わになった。全周360度が緑っぽく下は白かった。山田義男は街に向けて落下していた。
「ああ、あれが地表というものか」
そう思った次の瞬間、ぐしゃっと潰れた。
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