個室

 恒星間宇宙船の個室は狭い。

 だいたい三畳ほどのスペースはベッドが大半を占めている。トイレに間仕切りはなくて、便器がそのまま奥の壁にくっ付いていた。猫の額を洗うくらいの洗面台があるが、浴室はない。シャワーもないので、濡らした手拭いで体をゴシゴシするのが日課だ。

 私物は許可されていない。服も作務衣と下着だけで、たまに替えをくれるが、クリーニングに出したときだけである。

 この宇宙船はべつの恒星系への移民船なので、すごく巨大だ。ただし途轍もない数の人が乗船していて、船内スペースに余裕はない。

「乗客の皆様、夕食でございます」

 晩飯のアナウンスが流れた。

 この時が待ち遠しい。狭小の部屋でなんにもやることがないので、食べるだけが楽しみなんだ。

 頑丈な金属製のドアの真ん中に、郵便受けほどの受け取り口がある。外出、というか船室を出ることは禁止事項となっているので、洗濯物の出し入れも歯磨きチューブの交換も、食事も、すべてここからのやり取りとなる。なんだか刑務所みたいだけど、ほかの世界への旅たちなので我慢しなければならない。

「今日はカレーライスか」

 横長のステンレス食器にはご飯が盛られていて、その上にカレーのルーがぶっかけられていた。赤すぎる福神漬けがスプーンに半分ほど添えられている。受け取り口から食器をとって、ベッドへと向かう。机も椅子もないので寝床で食う。

「いただきます」

 手を合わせたから食べ始めた。

 美味い。

 ここのカレーライスは絶品なんだ。辛すぎず甘すぎず、肉や野菜のうまみが凝縮されていて、すごくいい味だ。一等米を使用しているので、ライスとの相性も抜群だ。

 ただし、もう十二年ほど同じメニューなのが、ちょっと不満でもある。たまに豚汁やら生姜焼きなんかも食べたいと思う。船の食事なのだから、ぜいたくを言ってはいけないのだけど。

 ああ~、今日もヒマだ。この部屋の中ではなにもできないし、やる気も起こらない。このまま何十年も旅をするのはしんどいなあ。

 お、食後のお茶がきたな。

 今日はすごく久しぶりに誰かと話したい気分だ。なので、受け取り口から口だけ出して声をかけてみた。

「ちょっとお姉さん、すんません」

「はい、なんでしょうか」

「あのう、この船って、あとどれくらいで目的地へ着きますかねえ。私の生きているうちに、ほかの星へ行けるのでしょうか」

 しばしの沈黙があった。お姉さんの声は明瞭である。

「あなたはもう死んでいます。だから、生きていません。ここは天国船ですよ」

「えっ、私は死んでいるのですか。そして、この船って、天国船なんですか」

 死んだ記憶がなかったからビックリした。さらにここが天国船なるものだと知って、さらに仰天である。

「そうですよ。天国の船なので、行き先はほかの星ではなくて、ほかの世界となります。あと五十兆年ほど旅をします」

 ほへ~。

 長っ。

 いやまあ、驚きの連続だ。事実は小説より奇なりっていうもんな。訊いてみるもんだよ。

「それで、ほかの世界って、どんな感じなんですか」

 答えてくれないんじゃないかと心配したが、すごく自信のある言葉が返ってきた。

「地獄です」

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