魔法使いのヨネ

「こら、クソババア、んなところでタクアンつけてんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

 婆さんのヨネが家の前の道路でタクアンを漬けていると、車高の極端に低いセダンが来て止まった。

 運転席のウインドウからイキったチンピラのあんちゃんが顔を出して、走行の邪魔をするなと怒鳴り散らしていた。

「どけよ、ボケババア。轢き殺すぞ、ぬっ殺すぞ、ぶち殺すぞ、ワレェー」

 ヨネ婆さんは、矢追町二丁目老人会の名誉幹事であって、全国汲み取り便所保存会の首席書記であり、そしてなんといっても魔法使いである。矜持にかけて、チンピラごときの脅しに屈するわけにはいかないのだ。

「あんたこそ、トラックに轢かれたカエルみたな車に乗ってて、みっともないったらありゃしないよ。なんだい、最近の若いのはバカなのかい。童貞がイキがるんじゃないよ。かー、ぺっ」

「うっわ、汚え」

 ヨネ婆さんが、でっかい痰を吐いた。ハンドルにべちょりとついて、とても臭そうである。

「あたしゃあ、魔法使いなんだかね。あんたなんか、魔法でボコボコにしてやるんだから」

「うう」

 ヨネ婆さんが魔法使いなのは有名なので、チンピラは引き気味になった。

「車から降りてきな、ヘタレニートめ」

「くそう」

 挑発されて、チンピラが車から降りた。ヨネ婆さんとのタイマン対決となった。

「世にも恐ろしい魔法をかけるから覚悟しな」

「卑怯だぞ」

 チンピラは抗議したが、ヨネ婆さんは聞き流した。

「とりゃー」

 まずは、漬けていた途中の大根でチンピラの顔面をぶん殴った。すでに麹と塩をまぶされていたので、痛みとともにヌカ臭さとしょっぱさが目に沁みた。

「お次は、こうだ」

 ひるんだところに右ストレートを打ち込んだ。キムチ漬けも作っていたので、その皺だらけの拳には真っ赤な唐辛子が付いていた。これまた目に沁みる攻撃である。

「最後は、こうだ」

 たまたまその道を通りかかった野球少年から金属バットを奪い、やたらめったら振り回して殴打した。バットを肩にかけて勝ち誇っているヨネ婆さんに対し、体中痣だらけになったチンピラが、ほうほうのていで言った。

「ぜんぜん、魔法使いじゃねえ」

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