トニックシャンプー

 うら寂しい路地の行き止まりで若い女が二人、不良たちにからまれていた。

「お姉さん、俺たちといいことしようぜ」

「そうそう、気持ちよくしてやっからよ」

 危機的状況であるが、彼女たちに抗うすべはない。大きな声を出しても、とたんに襲われて口を塞がれるだろう。ケイタイを取り出す余裕もなかった。

「トー、ニーーーーーック、シャンプーーーーーー」

 突然、見知らぬ男が一人、女と不良たちの間に割って入ってきた。

「なんだてめえは」

「すっこんでろ」

「殺すぞ、てめえ」

 不良たちは、邪悪な気合を発散させながら典型的な不良の反応を見せた。

 現れた男の髪型は、リーゼントでキメていた。脱力したように立っていたが、サッとかっこいいポーズをする。さらにどこからかトニックシャンプーの容器を取り出し、中身を自分の頭にぶっかけた。わしゃわしゃとやっていると、リーゼント頭が泡だらけにる。

「トニックシャンプー、きもてぃー。うっはー、泡立ちぃ、サイコー」

 トニックシャンプーはよく泡立っていた。スペアミントのさわやかな香りが、路地の湿った悪臭を浄化している。

「くっそ、ふざけてるのか、こいつ」

「ぶっ殺してやる」

 不良たちが殴りかかった。リーゼント男は頭をわしゃわしゃ泡立たせながらスルッとかわし、相手の頭髪にトニックシャンプ―をぶっかけて、わしゃわしゃした。

「トーニーーーーーック、シャンプーーーーーー」

 不良たちの動作がスローモーションに見えるほど、リーゼント男は素早かった。パンチやキック、ナイフや鉄パイプは、かすりもしなかった。そして、全員の頭が泡だらけである。

「ほら、きもてぃーだろう。トニーーーーーック、シャンプーーー」

 トニックシャンプーは止まらない。泡立てど泡立てど、際限なくぶっかけられる。

「うひゃあ」

「やっべ、逃げろ」

 ほうほうのていで不良たちが逃げ出した。

「助けてくれて、ありがとうございます」

「感謝します」

 女二人がやってきて、お礼を言っていた。

 男は、サッとかっこいいポーズをキメた。泡だらけの頭髪にクシを入れ、きれいなリーゼントに整える。女たちがキョトンとして見ていると、彼は言った。

「トニーーーーーック、シャンプーーー」

 そして、トニックシャンプーの容器を持つと、彼女たちの頭髪にぶっかけまくり、わしゃわしゃとした。

「きゃっ、ちょ、やめてください」

「もういいです。目に入って沁みます」

 目いっぱい抵抗するが、トニックシャンプーは止まらなかった。

「あ、ちょっと待ってください。そこはいいですから」

「ちょっと、チカン、痴漢」

 さらに下着を脱がして、下の毛にトニックシャンプーをぶっかけて、わしゃわしゃした。女二人は、上も下も泡だらけである。

「トニーーーーーック、シャンプーーーーーー―――」

 リーゼントをクシで整えて、男がポーズをキメた。そこの場所はもう、不潔で猥雑な臭いはなく、すがすがしいスペアミントの香りで満たされていた。

「きもてぃー」


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