第17話 釣り

 帝国と王国の国境から近い街、タルローに着いた。俺が街に入れったら目立って警戒されるかもしれない。ってことで街の外れで待機してる。シェルネの合図がくるまで、この体とアースメギンの動かし方の練習でもすっかー。


 ◇


 夜になり、捕まえた男とはタイミングを遅らせて酒場に入った。若い女の子一人で入ってくるのが珍しいのか、たくさん視線を感じる。こればっかりは仕方ない。私かわいいし。


 できるだけ不自然にならない様に、軽く注文しておいた。野営中の食事に比べたらマシだけど、大したことない味ね。


「おい嬢ちゃん、こっちきて酒ついでくれよっ!」


 下品な酔っ払いが手招きしてくる。鬱陶しいから無視していると、豪快に椅子を倒しながら立ち上がって近づいてくる。ドタドタと足音まで下品な男。


「無視すんなよ、寂しいじゃねえか」


 男が対面に座る。今は餌を使って一本釣りしてる最中だから、波風をたてるのは良くない。こんな奴に関わってる場合じゃないんだ。落ち着け私。我慢よ。


「……」


「あんま舐めんなよガキ」


 その後も無視を続けていると、下品な男が立ち上がり私の肩に手を回そうとしてきた。


 ……。


「だーーーっ!」


 もう限界だ。そもそもなんで私が我慢しなくちゃいけないわけ?


 男の腕を捻り、足を払って転ばせる。


「痛っ、何しやが……」


「口臭いのよっ!」


 立ち上がろうとする男の頭に、椅子を叩き付けた。白目をむいて気絶。泡を吹いて倒れた。


 ふーっ、スッキリ。


 餌役の男がこっちを見て顔を青ざめさせてる。餌に手は出さないよん。


「ふっはは。ざまぁねぇなダスマン!」


 仲間連中が突っかかってくるかと思ったけど、意外にも楽しそうに笑ってた。全員ぶちのめしてやろうと思ってたのに残念。


「あ、あのぅ……」


 再び席につこうとしたところで、お店の人っぽいのが申し訳なさそうに話しかけてきた。


「なに」


「椅子の代金の方なんですが……」


 そう言って壊れた椅子に目を向けた。あら、弁償しなきゃ。


「見てたでしょ。それが悪いんだからそれに払わせて」


 それが。


「は、はぁ」


 私が酔っ払いに目を向けて言うと、お店の人は引き下がる。すごく怯えながら、酔っ払いの仲間連中のところに歩いていった。


 他の客からの視線を気にせず、食事を再開して少しした頃。


 キィ、と扉が開き男が店内に足を踏み入れた。男は店の惨状を見て訝しんではいるけど、出ていくことはなかった。そして餌の対面に座り、報告を聞いている。あらかた聞き終えた男は硬貨の入った袋をテーブルに置いて席を立つ。


 私も代金を酔っ払いの男にツケて店を出た。


 男を尾行していると、男は不自然な程に道を曲がった。隙あらば曲がる。私に気づいている証拠ね。隠れてないから当然だけど。そうこうしてると男は路地裏に入っていった。私も路地裏に入ると、男が振り返る。


「何者だ」


「ルーン女王よ!」


 誰何の声に応えながら、雷撃を上空に放つ。


「っ!? 何のつもりだ!」


 男が慌ててる。もう遅いけど。


「この黒い石について知ってることを教えなさい」


 黒い石を見せると、男が目を見開く。


「何故それをっ」


「何故でしょう?」


 挑発すると、男が懐から短刀を取り出して襲いかかってくる。


「すまないが、死んでもらう……!」


 男が短刀を構えて突き出す。


 けど私が何かする必要はないみたいだ。


 雷の合図を見たロスカが空から急降下。空を駆けてジグザグと進み、男を踏み潰した。


「ナイスー!」


(今の超かっちょよかっただろ!)


 やたら派手な動きが多かった。無駄ではあるけどセンスは認めるしかない。私もカッコいい登場の仕方とか考えとこ。こう、ついつい平伏したくなる感じのやつ。


 調子に乗ってるロスカは置いといて、男に尋問を開始する。


「これなに」


 もう一回、黒い石を見せる。


「……知らないな」


 知ってる顔ね。


「あ、そう。じゃあ使ってみるしかないかー」


 男の額に黒い石をぐりぐりと押し付ける。


「これ埋め込んだらどうなっちゃうのかな〜?」


「や、やめろ!」


「ほれほれー」


 更に力を込める。


「ぐっ、は、話すっ! 話すからそれをしまってくれ!」


「話すって何を?」


 ぐりぐり。


「そ、それは『人知結晶』と呼ばれている! 魔物や動物に埋め込み、処置をすれば、人と同等の知恵を授けることができる!」


「へぇ、人知結晶ねー。初耳。この石が埋め込まれてた魔物たちは、人と同等の知恵を持ってるにしてはバカに見えたけど? もしかして嘘ついちゃってる?」


 コンコンと人知結晶で男のおでこをノックする。


「や、やめろぉ!? 嘘ではない! 適応できなかった魔物は暴れだすんだ! 今回は適応する魔物とそうでない魔物の違いを割り出すためのサンプルとして、適応できなかった魔物の観察をしていたんだ!」


「ふーん。望む結果は得られたけど、まだ不完全な代物って訳ね」


 にしてもこの男。この程度の脅しで随分ペラペラと喋ること。対した組織じゃないのか、末端の構成員なのか。どっちでもいいけど。


(変なもん作ってんなー。常識結晶とか作ってもらって埋め込んだらシェルネもまともになんじゃね? 失敗して暴れだしても今とそんな変わんねーし)


 ふざけたことを抜かすロスカにグングニルを投げて、どうしたものかと考える。


 魔物に人と同等の知恵。使い途は幾らでも思いつくけど……。


 ……あ。


「いーこと思いついちゃった」


 思わず笑みが溢れる。


(あーあ)


 ロスカが諦めた様な顔をした。

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