第16話 黒い石

「ロスカ! 走って! 面白そうなことになってる」


 シェルネに催促されてスピードを上げる。


 遠目に見えたのは、絶賛魔物の群れに荒らされている村。火の手があがり、風に乗った血の臭いがここまで届いてきやがった。あとなんか甘い香りも混ざってんな。


 近づくと、デケェ虎や狼、蛇が人や家畜を襲いまくってた。騎士が二人いるが、村人たち全員を守り抜くには無理がある。


(なあ、前の村もだけどよ、こんなことよく起きんなら村なんか維持できなくねぇか?)


 魔物に攻めいられねーための、壁やら水濠やらのある街でしかやってけねーだろ。


「よく起きないから面白そうなんじゃない!」


(だよな)


 だめだ。前の村がつまんなかった反動もあってか、シェルネのワクワクが止まんねー。目がキラキラしちまってる。


 俺とシェルネが村の側まで来ても、魔物は見向きもしない。村人たちも余裕がなく、俺たちに構ってる場合じゃないみてぇだ。


「どいつもこいつも、人里の近くに生息してない筈の奴らばっかりね」


 シェルネが魔物を確認している。


(そうなのか?)


「ええ。危険な魔物が生息してないところに、村や街ができるって方が正しいかもだけど」


 そりゃそうだ。


(なら、この状況は何がどうなっちゃった訳?)


「こいつらの生息域で何かあったんじゃない?」


 自分が住んでたとこに住めなくなる理由か。家が燃えるとか、苦情を入れても収まらない騒音被害とかか。職場が変わるとか家賃が払えなくなるとかは、雑多な魔物の移動には当て嵌まんねえし。


 あとはサバイバル生活なら……。


(飯が取れなくなったとか?)


「かもね」


 くっちゃべってたら蛇に気づかれた。


(なんかあいつ目やばくね?)


「人間なら無罪でも地下牢に入れた方がよさそうな目ね」


 そんくらい、怪しいってか気味悪りぃ。


 巨大蛇は、俺たちを見つけるや否や、フシャーと息を漏らしながら迫ってきた。


(うっせー!)


 俺が前足の爪で引っ掻くと、蛇の体が千切れて散らばった。


(魔物は俺を襲わねーんじゃねーの?)


「その程度の判断力も無くなってるってことよ!」


 シェルネが身を乗り出す。


 お前はなんで面白そうにしてるんだい?


 ひょいっと俺から跳び降りて、蛇の亡骸を観察し始めた。


 シェルネが死体に夢中になってる間、襲いかかってくる目がやばい魔物をぶちのめす。どれも一撃で即死。もう俺戦闘技術上げる必要なくね?


 俺が自分の体の強さに気持ち良くなっていると、シェルネが何か気づいたようだ。


「どう考えてもこれよね……」


(なんかわかったん?)


「こいつら額に変なの埋め込まれてる。しかもこの変な匂い、他にもなんらかの魔具の影響を受けてるっぽい」


 確かに額には、黒い石みてぇなのが埋め込まれてた。元々そういう魔物かと思ってたけど違げぇのか。そこには変な模様が刻まれている。火を起こす魔具に刻まれてたもんと似てんな。


(なんでこの匂いが魔具だってわかんだ?)


「これに似た匂いを嗅いだことあるの。王都で調子乗ってた麻薬密売組織の奴らが持ってた魔具から近い香りがしてた!」


 お前が何故、麻薬密売組織と関わったことがあるのかは置いておこう。


(じゃ、この魔物騒ぎは人間が起こしたってことか)


「もちろん!」


 めちゃくちゃな奴が居たもんだな。


(んで、どうするよ)


「あの狼を生け取りにしましょ。できれば気絶させたいところね」


 シェルネが狼を指差す。


(おけー)


 俺は狼に近づき、飛びかかってきたところをはたき落とした。かなり手加減して頭を叩いたつもりだ。その所為か弱ってはいるが意識を刈り取るまでは至らなかったらしい。もぞもぞと立ちあがろうとしている。


 どうしたもんかと見ていると、後ろからシェルネがやってきた。狼に意識があるとわかった瞬間、狼の尻尾を掴んで地面に叩きつけた。気絶したのを見て満足そうにしている。怖ぇよ。


(こいつなんかに使うのか?)


「魔具を取ったらどうなるか試すの」


 シェルネは俺に付けられたサドルバッグからナイフを取り出す。狼の前でしゃがむと、埋め込まれた黒い石を抉り取った。肉片のこびりついた黒い石をまじまじと見ている。


 狼の様子はどうかと見てみると。


(あ……)


 狼、死んだ。


(おい、それとったら死ぬっぽいぞ)


「なら魔物をおかしくしてるのは、これで決まりね」


(だろうな)


「でもこんな魔術陣見たことないのよね。マッドな香りがぷんぷんに匂ってくる」


 こいつが興味深々になってるってことは、碌でもねぇことなんだろうな。


 まぁ、それについて知りたいなら教えとくか。


(あっちの方からこの村を観察してるっぽい気配? みてぇなの感じっけど)


 顎で示すと、シェルネはずずいと俺に詰め寄ってきた。


「それを早く教えなさいよ! そいつひっ捕えてやるんだから!」


(へいへい)


 シェルネが跳び乗ったのを確認して、怪しい気配の発生源に全力疾走した。相手もこっちに気づいて逃げる。


「逃がすなぁ!」


(逃げんなぁ!)


 お互い全力で走ってっけど、その距離はどんどん縮まっていく。目深にフードを被ったローブ姿の野郎だ。もう見るからに怪しい。怪しい奴が怪しそうな服装すんなよ。バレるから。


 シェルネがグングニルを投げて操作しながら、雷撃も放ちまくる。怪しい奴の退路を塞ぐように撃たれた攻撃が、逃げ足を遅らせた。


(オラァッ!)


「ぐはっ」


 怪しい奴の背を前足で踏み付けた。


 シェルネが降りて、怪しい奴の首に槍を突きつける。もちろん俺も拘束は解かない。


「なんなんだお前ら!?」


 怪しい奴がシェルネを睨みつけて吠える。


「ロスカ」


(はいよ)


 少し足の力を強める。


「うっ!?」


 呻く怪しい奴を、シェルネが見下ろす。


「立場を弁えたら? 質問するのはこっち。これはなに?」


 黒い石を見せる。


「し、知らん!」


「ロスカ」


(ぬん)


「ぬおぉっ!? ほっ、ほんとに知らないんだ! 俺はただ魔物の様子を記録するだけで金が貰えるって言われただけだ!」


 今回のは相当きつかったのか、ペラペラと話し始めた。


「誰に言われたの?」


「名前は知らん! 顔も隠してたからよくわからん!」


「嘘だったら……」


 シェルネがトントン、と槍を怪しい奴の首に当てる。


「嘘じゃない!」


「……」


 シェルネが暫し考え込む。嘘だとしたら、どう情報を引き出すか。本当だとしたら、できることは何か。


「魔物の記録はどうやって渡すの?」


「……タルローの酒場で渡すことになってる」


「タルローって近くの街よね」


「ああ」


「ふーん」


 シェルネが悪い顔をした。


「餌くらいにはなるみたいね」


 言われた怪しい奴がぷるぷる震え出した。


 こいつに目を付けられたのが運の尽きだな。どんまい!

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