第15話 処世術
俺たちに注目していた村人たちは、アイアンベアーの接近に気づくのが遅れた。普段ならもっと早く逃げてたんだろう。いつもより近づかれてた所為かパニックに陥ってる奴もいる。周りの人を押し除けて我先にと逃げてった。熊よりパニック状態の人間の方が怖ぇよ。
「あ……や、奴じゃ! 彼奴めがこの村を……!」
爺さんが腰を抜かしながらも、俺たちに説明する。
熊の方を見ると、一心不乱に畑を荒らしまわっていた。掘り起こされた作物を美味そうに食ってやがる。見事な食いっぷりだ。そうとう腹減ってたんだな。
「あれで戦闘の練習したら?」
シェルネがぶっきらぼうに言ってくる。
(あれってドラゴンより強ぇか?)
「弱いでしょ。力加減して戦わないとすぐ死ぬと思うから気をつけなよ」
シェルネが俺から降りて、適当な段差に腰掛ける。
(へーい)
戦闘の経験、この体で出来ることの把握。なんなら旅に出る前に終わらせたかったくらいだ。
俺が熊の元へ近づく。食事に夢中だった熊も流石に此方に気づいたらしい。ビクッと一瞬硬直して作物を落とす。そしてギギギっと壊れたおもちゃみてぇに振り向いた。
俺と熊の目が合う。
熊はガクガクブルブルと震えながら、落とした作物を食べた。
どんだけ腹減ってんだよ。
俺が更に近づくと、熊は平伏して作物を差し出してきた。震え過ぎてケツが揺れてる。
これじゃ戦闘の練習になんてなんねぇぞ?
どうしたもんかね、と熊から貰った作物を食べながら考える。何も言われなくても飯を差し出す熊と、シェルネに言われてから飯を差し出した爺さん。そう考えるとこの巨大熊がお利口さんに見えてきた。
(ど、どうしようどうしよう……お腹空き過ぎて気づかなかった。僕、殺されちゃうのかな?)
ん?
熊が唸り出したと思ったらなんか聞こえてきたな。竜の血って、魔物の言葉もわかるとかそういう感じ?
「グルゥ」
(おい熊、俺の言葉わかるか?)
(な、なに!? 怒らせちゃった……?)
呼んでみたがあっちは俺の言葉がわかんねぇらしい。そりゃそうか。俺の言葉は竜の血でもわかんねぇって話だしな。
(ど、どうにかしてご機嫌を取らないと。えーと、はい、これあげます)
ビクビクと怯えながら作物を差し出してくる。ちなみにだけど、それお前のもんじゃねぇ。まぁもらうけども。
次々と差し出される作物を食ってると、様子を窺っていた村人たちが愕然としていた。
シェルネが詰め寄られている。
「まさかアイアンベアーは貴女の手先か!」
「突然人里に降りてきたアイアンベアーと、見たことのない強大な魔獣を従える怪しい女。これが同時期に現れて関係ない、ってことはないよな!」
すると二人の騎士が、ものすごい剣幕でシェルネに近づいていた。シェルネは鬱陶しそうに睨み返している。あー、あれ結構頭にキてんな。
「どうなんだ!?」
「さっさと答えろ!」
なんかさっきまでと態度違くねぇか?
もしかして、シェルネの側に俺がいねぇからか?
あの騎士共、女子中学生相手なら強気にでるとか素敵な性格してんな。
「違うって言ってんでしょ!」
「誤魔化す気か!」
そして騎士の一人がシェルネの腕を掴もうとした。
しかしシェルネは立ち上がりながら、払い除ける様に裏拳で騎士の顎を打ち抜いた。不意打ちで脳を揺らされた騎士が倒れる。
「おい、だいじょ……」
仲間を心配している騎士。だが言い終えることはなかった。シェルネが倒れた騎士の脚を掴み、武器の代わりにして殴りつけたからだ。鉄の鎧を着た大人は凶器になるらしい。初めて知った。
心配していた騎士が仰向けに倒れる。
「話聞けクソ騎士ぃ!」
その騎士を、シェルネは武器にした騎士で何度も叩きつけた。
……あいつを本気で怒らせんのだけはマジでやめとこう。こう思うのも何度目かわからねぇ。反復して本能に刻め。生存本能に訴えかけろ。
その残虐性を目にした村人たちがどんどん離れていく。
シェルネは武器にしていた騎士をゴミの様に捨てて、こっちにくる。
「ロスカー、もう行きましょ。この村やな感じ!」
プリプリと怒りながら歩いて来た。
そんなシェルネに熊が気づいたようだ。
(なにこのヒトカス。これじゃ僕がヒトカスに頭下げてるみたいじゃん)
おや? 熊の様子が。
こいつもか?
こいつも格上にはペコペコ頭下げて、自分より弱そうなのには調子に乗るタイプか?
騎士共と変わらんぞ。醜いねぇ。ついでに俺もそのタイプだ。肩組もうぜ!
(この方を怒らせたらどうすんのさ!)
熊がシェルネに襲いかかる。強靭な腕を力任せに振り下ろした。シェルネは背中の槍を抜き、熊の腕の力を後押しする様に弾いた。熊の腕が地面を捉え、土煙が舞う。
シェルネが跳躍し、右手で熊の顔面を掴む。そして星縛の腕輪を起動。
「私にも聞こえてるっての、このクマカスぅ!」
熊にかかる重力を底上げし、その後頭部を地に叩きつけた。死んだのか気絶したのか、動かなくなってしまった。
お、お利口だった熊さんが……。
ま、いっか。
「もう踏んだり蹴ったりね!」
(さっさと行こうぜー)
踏んだのも蹴ったのもお前だけどね!
シェルネが俺の上に乗り、村を後にする。
(槍以外でも喧嘩できんだな)
「よくしてたもの」
相手が心配だよ俺は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます