第13話 閑話 近衛騎士

 私、ファナ・グスタフドッテルは代々王家に仕える騎士の家系に生まれた。隙間時間に礼儀作法を学び、それ以外はもっぱら武芸の鍛練に明け暮れる日々。時には魔物の住まう魔境に投げ込まれることもあった。


 当然ながら、侯爵家として貴族同士のお茶会に参加することもあった。当時の私もおめかしはしていた。初めはそれが嬉しくて、たくさんの人に見てもらいたいと胸を高鳴らせて会場へ向かったものだ。だが、他家のご令嬢と自身を見比べて愕然とすることになる。


 そこで目にするのは、線が細くしなやかなで、透き通るような儚さを持つご令嬢たち。きめ細やかな傷一つない肌と女性特有の柔らかな印象を受ける体。


 対して私はどうだ。擦り傷とタコだらけの手。脂肪の少ない、筋肉質の体。あざだらけの体。毎日のように泥だらけになって煤けた肌。剣を振るのに適応するかのように大きくなる体。


 とても、同じ女の子とは思えなかった。


 露出の少ないドレスも、両親が私の醜さを隠すために用意したのだと思った。


 そう思ってからは、他所の家族と面会するのが恥ずかしくなった。


 もう稽古はしたくないと泣いても、剣を握らされる。その剣を振るう度に、私がどんどん醜くなっていく気がした。


 毎日それだけ鍛練を積めば、剣の腕は嫌でも上がっていく。自然、私は王国騎士団に所属する運びとなった。


 騎士の男女比は男性に偏っているが、僅かながら女性もいる。私と同じ境遇の者がいると思うと少しだけ心が楽になる気がした。


 しかし、それは間違っていた。


 同僚の女性は皆、どんな服装であろうと一目で貴族子女であることがわかる程に可憐で、華奢で、美しかった。


 特別剣の才に秀でているという訳でもなかった。


 にもかかわらず入団できたのは、単に女性であるから。王侯貴族の女性を護衛する場合、何かと同性であった方が都合が良い。中には意図して若い男性騎士を近くに置きたがる特殊な方もいるようだが。


 結局、貴族として生まれながら、美しさを捨てさせられたのは私だけだったのだ。


 そんな私だから、兎に角目立った。その所為か、功績を上げると過大に評価された。あれよあれよという間に昇進し、遂には第三王女、シェルネ様の近衛騎士に任命された。


 正直、勘弁願いたかった。


 蝶よ花よと美しく育てられる少女を見守るなど。


 着任して分かったことは、シェルネ様が想像以上のお転婆姫だったこと。しかし末っ子のシェルネ様は何をしても身近な者から愛され、甘やかされる。


 私の最も厭う人種だ。


 そう思っていた。


 ある時、シェルネ様が強くして欲しいと言ってきた。ふざけるなと頬を引っ叩いてやりたくなったのを今でも覚えている。私の知る強さへの道は、常に自身より強い者、異なった強さを持つ者と戦い続けることだ。そんなものをシェルネ様に強いることなど許される筈がない。


 何故強くなりたいのか問うと、「ルーン魔具を探す旅に出るの!」だそうだ。何をバカなことを。王家に生まれた者がそのようなことを出来るはずがない。その時はまた戯言かと一蹴したものだ。


 とりあえず私がお相手するのでよければ、と稽古だけはつけてやることにした。王族の頼みでもあるし、それで少しでも気が済むのならいい。飽きるまでは適当に相手してやろう。


 そうして始めた稽古だったが、シェルネ様は諦めるということを知らなかった。武器を選ばせた際、これにする、と即決した槍を持って、私に一撃浴びせてやろうと必死に向かってくる。


 槍は、武器は、呪いだ。


 振れば振るだけ醜くなる。


 強制されている訳でもないというのに、何故シェルネ様はこんなことをするのだろうか……。


 シェルネ様と同じ時を過ごすうちに分かってきたことがある。


 シェルネ様は我儘娘なのだ。


 自分の思い通りにならないと不貞腐れる。だがそこで終わらない方だった。


 自分の思い通りにする為に、愚直なまでの努力を惜しまない方だった。


 私はそれを、シェルネ様の振るう槍から感じていた。まだまだ甘いが、よくこの期間でこれだけ洗練されたものだ、と素直に感心する。シェルネ様は稽古ばかりしている訳ではないというのに。


 槍が研ぎ澄まされていく度、私のシェルネ様への不敬な思いは削ぎ落とされていった。


 そんな日々を過ごしていたある時のことだ。


 いつものように稽古終わりのシェルネ様へ水を手渡そうとした。


「シェルネ様?」


 シェルネ様がじっと、ご自身の手のひらを見つめていたのだ。槍を握ってタコができた手のひらを。


「……今後は稽古、控えましょうか?」


 心中を察してそう言ったのだが。


「あ、見てこれ! 手が硬くなってきた!」


 何故だか嬉しそうに見せてきた。


「何故それほど嬉しそうになさっているのですか?」


「だって、一番硬いやつが最強なんだから!」


 理由を聞いても、よくわからなかった。最強というのは、シェルネ様の綺麗な手と引き換えにするほど、欲しいものなのだろうか。


 だが不思議と心が温かくなった。


「そうなのですか」


 そして私は。


「私はそこまでして強くなる意味が、よくわかりません」


 シェルネ様に、自分より年若い女の子に、身の上を語っていた。


「技は、それに適した肉体があってこそ、真価を発揮します。剣や槍を極めようとすれば肉体もそれについてこようとする。必然、体は美しさを失っていきます。私にはそこまでする価値が、意味がわからないのです……」


 こんなことを言われても困るだけだろう。自分でも何故言ってしまったのかわからない。


 けれど。


 シェルネ様が立ち上がり、腰に手を当てふんぞり返る。


「ファナ! 貴女が強くなったのは、私を強くする為に決まってるじゃない!」


 ……そうだ。この方の中では、自分を中心に世界が動いているのだ。


「……ふふふっ、そうですね」


 思わず笑ってしまった。


 私が長年答えの出せなかった問い。その答えを一瞬で決めつけてくる。自分の都合の良いように。これでは悩んでいたことがバカらしくなる。


「今日は私がお体をお流ししますね」


 もう少しシェルネ様と共に居たくて、提案した。そうして浴場で私の体を見るなり「最強ね!」と言ってペタペタ触ってきた。


 この方は、私の体を見ても醜いと思わない。


 この方といる間は、悩みもバカらしくなる。


 この時私は、シェルネ様に生涯この身を捧げようと決めた。真の意味で心からシェルネ様の近衛騎士となったのだ。


 今後シェルネ様を、シェルネ様の大切なものをお守りすると己に誓った。


 だから、シェルネ様の奏でられたフルートも私が大切に保管してお守りしている。当然、使わなくなったブランケットや衣類、洗濯前のタオルもお守りしている。


 そして先日、城をお抜けあそばせられたシェルネ様を追いかけるのは私の役目であり、使命。


 シェルネ様とお会いできた際、お喜びになるかと思い、騎士団長の私室から『神剣グラム』も拝借してきた次第。


 馬上で風を受けながら、シェルネ様のお下着を顔面で堪能する。


 すぅーっ。


 待っていてくださいシェルネ様。


 貴女の近衛騎士ファナ・グスタフドッテルが、今参ります。

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