第10話 ディフェサ

 かなり大きめの街が見えてきた。


「おー見えてきた見えてきた。ディフェサってあんな感じかー」


 ディフェサは、アルダフォール王国の端っこにある辺境伯領で、ここを越えれば割とすぐに帝国入りできるらしい。


 めちゃくちゃ歩いたもんなー。


「ねぇ、折角だからカッコよく登場してみない?」


(いいね〜。どうする?)


 俺とシェルネで軽い打ち合わせを済ませた。


 俺は上に向かって走り、どんどん高度を上げる。地上から視認できるくらいの高さで、ディフェサへ向かって全速力で疾走する。


「みてるみてる」


 シェルネは、ディフェサの人々が動揺してる様をみて満足気だ。


 それを確認して、魔物から街を守る為に作られた街壁の前、街への出入りを監視する門番たちがいる辺りに、シェルネが雷を落とす。俺はその稲妻の軌跡を追いかけて地上にガンダッシュ。


 こうして俺とシェルネは、雷鳴と共にディフェサへと降り立った。シェルネはグングニルを持ってポージングすることも忘れない。


((くぅ〜! 決まったァッ!))


 会心の出来だ。


 あまりのカッコ良さに門番が腰を抜かし、街の中からは騒めきが聞こえてくる。


「何事だっ!?」


 門の中からおっさんが現れた。兵士をぞろぞろと引き連れている。おっさんがこの場で一番偉いんだろう。兵士たちの体は感動で震えている。


「た、助けてくだざいッ!」


 腰を抜かしている兵士がおっさんの元まで這いずり、そのズボンを掴んで懇願する。


「お前は下がっていろ」


 おっさんは泣きじゃくる兵士の背を摩り、他の兵士たちに任せていた。


 そしておっさんは意を決した様に歩いてくる。


「私の部下が取り乱した様ですまない。して、貴女方はディフェサに何の用ですか?」


 礼節をもって接してくれてはいるが、おっさんの眼光は猛禽類の様に鋭い。人間ってこんな怖ぇ目できんだ。


「通り道だったから買い物しようと思って!」


 元気に答えたシェルネ。おっさんは毒気を抜かれた様に瞬きする。まあ中学生くらいの女子に向ける警戒ではないわな。


「そ、そうですか……少々お待ちいただいても?」


「構わないわ! 判断が難しいというのなら、教育が足りていない様だから、ディフェサ辺境伯を呼んできなさい!」


「それは私の一存ではなんとも……」


「だから教育が足りていないと言ったのよ。さっさとしなさい!」


 腐っても王女のシェルネ。王族モードを発動してふんぞり返ってる。


 シェルネの物言いに、おっさんは若干ながらムッとしていた。しかし何も言わず門の奥へ下がっていった。


(一応俺たちって国から追われてんだよな? 身分明かしていいのか?)


「私の家出は内緒にするだろうし、ここに報告が来るとしてももっと先だから大丈夫でしょ。すぐ帝国に入るし」


 インターネットとかねぇんだもんな。追手より先にここまで来たんだから、情報が伝わってる筈ねぇのか。


 少しすると血相を変えた偉そうなおっさんが出てきた。羽織ってる服のゴージャス感が異常だ。これで偉くなかったら大道芸人かなんかだろ。


「や、やはりシェルネ王女殿下で御座いましたか! こちらの兵士が大変失礼な態度をとってしまった様で、誠に申し訳ございません! 突然のご訪問でしたものですから。ささっ、よくぞディフェサへお越しくださりました! ご予定の方はどの様にお考えで?」


 偉そうなおっさんの発言を聞いた奴らがザワザワしだす。


「お、王女殿下だってよ……」


「マジか、何しにきたんだ?」


「帝国に用でもあんじゃねぇのか?」


「あんな強そうな魔物連れてきたんだからエリアス殿下の助っ人にきたのかもな」


 広がる喧騒。しかしシェルネには気にした様子もない。偉そうなおっさんに案内されながら話を進めていく。


「必要なものを買ったら直ぐに出て行くから、この子を街に入れる許可だけお願い。案内も結構よ」


 シェルネが俺の頭をポンポンと叩く。おいこら、この子だと……。


「畏まりました。ですが殿下の身に何かあったら一大事ですので、お邪魔にならない程度に信のおける者をつけさせていただきます」


「そう。それくらいなら構わないわ。ご苦労だったわね」


 シェルネが手をヒラッとさせて歩み出す。


 野次馬たちが左右に割れた。偉そうなおっさんが手配した兵士たちを付き従えて、その真ん中を偉っそうに進む。こいつが王女なの世界のバグだろ。もっと相応しい奴いくらでもいるぞ。


 周囲からの視線を感じ続ける気持ち悪ぃ雰囲気の中、シェルネは涼しい顔で凱旋する。いくつかの店を見て周り、ゲロ吐きそうなくらい緊張してる店主と一言二言交わして必要なものを買っていく。 


「ふぅ、これくらいでいいわ」


(宝物庫からちょろまかした宝石は売らねぇの?)


「今換金したら帝国通貨に換える時に手数料をとられるからあっちで換金しようと思って」


 小賢しい。


 てか王国の財産を帝国で売るのって普通にヤバくね?


 ……ああ、こいつヤバいんだった。


 それから俺たちはディフェサの最高級宿に宿泊した。俺だけ厩舎に連れて行かれそうになったから、めちゃくちゃゴネて特別に部屋に入れてもらった。あの時のシェルネの顔を思い出すとムカつき過ぎてどうにかなりそうだ。


 玉座の間の入り口かよってくらいデカい扉の部屋があったおかげで俺も入れたのは助かった。ただ、飯が良くなかった。うめぇんだけどさ。デカい皿に飯がちょこんって乗ってんのあれなんなん? ナメてんのかと思ったわ。


「これでよしっ」


 翌朝、シェルネが俺にサドルバッグを付けやがった。俺の両サイドに鞄が掛かってる感じになるやつ。んで自分の鞄は邪魔だから置いてくそうだ。今はポーチみたいなの腰につけてる。前より身軽になってた。


「はあー、これで肩が楽になるわー」


 気持ち良さそうに伸びをしてる。その気持ち良さの犠牲になってる俺の身も知らずに。要は全部俺に持たせただけだ。


「最近肩凝ってて大変だったんだから」


(うっせぇ、巨乳ぶんな! 大してねぇだろぉ!)


 同級生の女子にしちゃある方かもしれんが。


 笑顔を引くつかせたシェルネ。腕輪からはバチバチと弾ける音が聞こえていた。


 さらばっ!


 数瞬前まで俺がいたところに雷撃が走っている。シェルネの気が収まるまで俺はひたすら逃げ続けた。


「お、お客様ぁッ! 困りますっ! それ以上は! お客様ァァァッ!」


 その朝。ディフェサには雷鳴と宿の主人の悲鳴が響いていた。

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