第9話 見学

 今日も今日とて街道を走る。途中、何度か行商人や旅人とすれ違った。奴らは毎度毎度、俺を魔物と間違えて警戒してきやがった。用事もねぇから無視して横を駆け抜けたが、シェルネは元気に挨拶していた。「こんにちは、ルーン女王です! よろしくぅ!」とのことだ。俺ら国から追われてるってわかってんのか?


 そして現在、前方にて何やら争っている様子が窺える。馬車が止まり、それを複数人が包囲していた。


(何してんだ、あれ?)


「野盗よ! きっとっ!」


 シェルネが目を輝かせている。


(あんな道路のど真ん中で? 邪魔ってレベルじゃねぇぞ)


「あいつらにはそんなこと関係ないんだって! なんてったて生粋のアウトローなんだもん!」


 はは〜ん。


 こいつが目をキラキラさせてる理由がなんとなく分かってきたぞ。あれだ、類は友を呼ぶ的な。イかれた奴らの共鳴だ。


(邪魔だから避けてくぞ)


「だめ! 折角なんだから見ていきましょ!」


(なんでだよ……)


「こんな機会滅多にないかもじゃん! いいからあそこら辺に行って!」


(……はぁ)


 これは何を言ってもダメだな。


 諦めた俺は、争いの一部始終をしっかり観戦できるベストポジションで急停止した。


「な、なんだてめぇら!」


「なに? 族共の増援ではないのか?」


 野盗らしき奴らは声を荒げて睨みつけてくる。襲われている馬車の護衛らしき奴らは動揺してんな。


「私たちのことは気にしないで! 通りがかっただけだから!」


 そう言いながらガサゴソと鞄を漁り、干し肉を食い出した。食べカスが俺の上に落ちんだろうが。


(俺にもくれ)


「えー、まあいいけどさ。ほいっ」


 シェルネがめんどくさそうに、俺の口に干し肉を運ぶ。俺たちはムシャムシャと干し肉を齧りながら、戦いを観戦する。


「あぁ!? 何見てんだ舐めてんのか!」


「隙ありっ!」


 俺らに突っかかってこようとした野盗らしき……めんどくせぇから野盗でいいか。野盗が背中を斬られて倒れた。


 うっわグロ……。


 すげぇ迫力だ。


「っち、調子のってんじゃねぇぞ!」


 野盗が一人斬られたのを皮切りに、戦闘が激化する。互いに牽制し合っていたさっきまでとは比べものにならない。命を欠けて戦う者たちの覚悟と気迫。飛び交う怒号と血飛沫。


 しかも両陣営は戦い方がまるで違う。恐らく喧嘩等の実戦で培われた技術と、訓練を積み重ねて得たであろう技術。命を燃やして対照的な技術をぶつけ合う真のエンターテイメントがそこにはあった。


「頑張れぇぇ! アウトロー!」


(負けんなぁ! 兵士たちぃ!)


 気づけば干し肉を食うのも忘れて、俺たちは声を張り上げていた。


 数的有利は野盗たちにあった。しかしながら個人の技量や装備の質では兵士たちに軍配が上がる。どちらの陣営が勝ってもおかしくない手に汗握るバトル!


 ……の筈だったんだけど。


 突然、野盗と兵士それぞれのリーダー格以外が泡を吹いて気絶してしまった。リーダーズも膝をおり額からは汗が吐き出していた。呼吸も荒く、意識を保ってるのが限界みてぇだ。


「ど、どうしたのみんな! これからがいいとこだったじゃん! 立って! また熱い戦いを見せてよ!」


(こんなんじゃ不完全燃焼だ! お願いだから立ち上がってくれぇ! お前らの勇姿を! 滾るパトスを! もう一度でいいから見せてくれぇ!)


 しかしそんな俺たちの叫びも虚しく。


「なんだってんだよその魔獣はよぉ……」


「くっ、これほどの威圧、神話の怪物だとでも言うのか……」


 バタリ、とリーダーズも志半ばで倒れてしまった。


「なんなの!? もういいこんな情けない奴らがアウトローなんて認めない! 行きましょ!」


(全くだ。兵士なら死ぬまで戦って見せろってんだよ!)


 あまりの野盗と兵士の体たらくに興醒めした俺たちは、ぶつくさと文句を言い合いながら先に進むことにした。


「あの兵士は踏み込みが浅すぎ! きっと実践経験がなかったんでしょうけど。あとあの時の野盗は左から攻めたけど、なんで右手に剣持ってる相手に態々そっちから攻めんの! もっと考えながら……」


 あれこれくどくど。


 思い返せば、奴らの戦いには未熟な部分が多くヤキモキしてたらしい。武術経験者ぶってんのか?


(ってか喧嘩とかしたことあんの?)


「喧嘩? ないない。私の近衛騎士に頼んで稽古つけてもらってたの。彼女は剣を使っていたけど槍術にも心得があって、槍術を熱心に教えてくれた。彼女も疲れてるだろうに稽古終わりには汗を拭いたり体流したり、侍女の仕事までしてくれて。なんか最近のことなのに昔のことみたい」


(ほーん)


 そういえばこいつ王女なんだっけか。近衛騎士ってこたあ国でも相当強え人なんだろうし、そんな人から教わったんなら実はこいつも結構強えのか? グングニルやら迅雷の腕輪の所為でまともな戦いなんてしねぇからわかんなかったけど。


「そいえば、ちょうど彼女が近衛騎士になったくらいから物を失くすことが増えたんだよねー。よく侍女に怒られたな〜」


(ホームシックか?)


「なわけー」


 ◇


 兵士と野盗が一人残らず戦闘不能になり、不機嫌そうに街道を進みだしたシェルネとロスカ。その背中を、少女は馬車の中から覗いていた。


「あ、あの御方は……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る