第8話 竜の血
「違ーーーーう!」
急に叫び声が聞こえたと思ったら、ドラゴンが慌てた様子で戻ってきた。今日もヒステリーですか?
「なに? うっさいなぁ」
耳にキたのかシェルネが不機嫌そうに応じる。昨日の敗北の所為か、ドラゴンは肩を縮こめて申し訳なそうに切り出す。
「そ、その馬車と積荷を村人たちに返してやってはくれぬか?」
「なんで? あの人たちからくれたんだよ?」
白々しい!
「そ、その様だが奴らにとってはそれがなければギリギリなのだ。子どももおる。腹一杯食わせてやりたいとは思わんか……」
「そう思って子どもの私にくれたんじゃないの?」
うわー。
「……何が望みだ」
「なんの話?」
「貴様らなら食糧の問題などどうとでもなるであろう! 持っていきたい落とし所があるが故に食い下がっているのではないのか!」
「え、私の言うこと聞きたいの!? じゃあ」
「待て小娘。貴様は会話している様で会話しとらんぞ」
「アースメギンについて知ってること教えて欲しいのと珍しい物が欲しいかな」
「……」
何やらドラゴンがジトっとした目をシェルネに向けている。わかる。わかるわー。こいつと話すとその目になるよな。こっちの話聞かねえんだもん。
「ゴホンッ。まずアースメギンだが、昔いた神たちがその身に宿す力をそう呼んでいた。アースメギンでなければ扱えぬ不思議な道具をよく使っていたな。ちょうど貴様らの持つ槍の様な」
「そんなに昔から生きてるの!?」
「まあな、ただ長きを生きるだけの老骨よ」
「確かに」
「おい」
「ルーン適性魔力は正式にはアースメギンって言うのね。なるほど。じゃあその不思議な道具っての持ってたりしない?」
「……ないな」
再びドラゴンの目が胡散臭いものを見る目になる。正しいぞ。何故ならそいつは胡散臭いからな!
「ええー、それだけでこの食糧あげるのはちょっと……」
お、ゴネてんな。
「あげるではなく、返すだと思うのだが……」
今度はドラゴンが信じられないものを見る様な目をした。
「で、では我の血ではどうだ?」
「いらない。病気になったらどうすんの」
「貴様らの血と同じにするでない! 竜族のことを知らんのか!」
「知らない。興味なかったし。ドラゴンって全然出てこないじゃん。もう絶滅してるのかと思ってた」
「そ、そうか」
ドラゴンがしょんぼりしてしまった。
「竜族の血は、一滴飲めば他の種族の言葉がわかる様になると言われている」
「言われている?」
「で、伝聞でしか知らぬのだ。我は元々その力を持っていたが故に」
「なるほどね。じゃあロスカで試して大丈夫そうなら私ももらおうかな」
おい。なんか俺を生贄にでもしようとしてねえか。
「ではさっそく……待て。その槍は持たんでいい。自分でやる」
ドラゴンはグングニルを持ったシェルネに何か言って、自分の腕を鉤爪で引っ掻いた。
「ロスカ、飲んで」
(飲んでって何を)
「ドラゴンの血」
(……マジで言ってる?)
「マジ」
(なぜに)
「他種族の言葉がわかるようになるって」
(適当言ってんじゃね?)
「それを確かめるんじゃん」
俺で?
(わーったよ)
雷に撃たれてもなんとかなったんだ。たかが血一滴飲んだくれーで死にはしねえだろ。
俺は重い足取りでトボトボと歩き、ドラゴンの血を前脚につける。
……。
思わず生唾を飲み込んだ。これ病気になったりしないよね?
暫く見つめた後、一息に舐めとった。
……!?
「なに!? どこか痛む!?」
思わず肩を跳ねさせた俺をみて、シェルネが声を上げていた。
(シェルネ)
「なに!」
(竜の血うめ〜)
「……」
ドラゴンを見ているとついつい涎が溢れる。シェルネとドラゴンにちょっと距離をとられた。
「ロスカー」
(なんだよ)
呼ばれたので返事をしたが、シェルネは俺に触れていなかった。シェルネのネックレスなしに理解できたってことは、竜の血の効果はマジだったってことになる。
改めてシェルネが俺に触れる。
「聞こえた?」
(ああ、俺の名前呼んでたろ)
「マジだったんだ」
俺で毒味を終えたシェルネはドラゴンの血を指先につけてぺろっと舐めた。
「……うまぁ!」
だよなー。
(シェルネー)
俺が呼びかけるが、シェルネはきょとんとしている。そして俺に触れてきた。
「名前呼んでた?」
(ああ、上手くいったんだな)
「いや、意味は理解できなかった。どーせさっきの私の後だから名前呼んでるんだろーなって思っただけ」
うぜぇ〜!
「どうだ?」
ドラゴンが聞いてくる。おお、ドラゴンの言葉もわかる!
(ドラゴンの言葉もわかるな)
「ロスカには効果があって、私には無かったみたい」
「なに? そんなはずは……。ああ、そやつの言葉が理解できぬということだな?」
ドラゴンが俺を指差す。
「ええ」
「そやつの言葉は我にもわからん。恐らくだがそやつも太古の魔物なのだろう? であれば無理だな。竜族と同格かそれ以上の相手の言葉を理解することはできぬのだろう」
そういうこともあんのか。
「ええー、なんか損した気分」
「待て待て! そやつ以外なら大抵はわかる! とてつもなく便利な力であるぞ!」
「……仕方ないなー」
あー、ずっとこういう感じで話してたのか。ドラゴンの今の気持ちが痛いほどわかる。こいつマジでめちゃくちゃだからな。
ふとシェルネの様子がおかしいことに気づいて顔を見ると、ドラゴンを見て涎を流していた。
「わ、我は失礼する! ではなっ!」
それに気づいたドラゴンがそそくさと馬車を抱えて飛んでいった。
結局俺だけ触れてなくてもわかる様になって、シェルネは触れてなきゃわかんねーままかぁ。
ぽけーっとドラゴンを見送るシェルネの背中。
……。
(おい乱暴女! いつも俺の体を危険物処理に使いやがってよぉ! 好き勝手言いやがって! 俺じゃなきゃとっくに愛想尽かされてんだからな! バカ! アホ! まぬけ! って言っても伝わんねーんだもんな)
するとシェルネがギギギ、と振り返る。表情は笑顔だが瞳の奥が笑ってない。ちょいちょい、とシェルネが下の方を指差す。
シェルネの踵が、俺のつま先に当たってた。
……まっずい。
(シェルネは今日も可愛いな。あ、やべ。これもしかして聞こえてた? 恥っずー。もう顔見て話せねーよ!)
「死ね」
俺は雷撃から逃げ続けた。
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