第5話 もろもろの確認

 アドレナリンフルマックスの俺は、シェルネを乗せて走り続けた。


 落ち着きを取り戻した頃には陽も沈みきり、ここは人里離れた山の麓の森の中。月と星のみが樹冠の隙間から優しく世界を照らしていた。


 俺が立ち止まると、シェルネが俺から降りる。


「太めの木と岩、あと枝とか集めてきて」


(なんに使うんだよ)


「焚き火すんの」


(へいへい)


 俺はサバイバルの知識なんぞ皆無なので素直に手伝う。王女のシェルネがそんなことを知っているのも意外っちゃ意外だ。けどまあいつか城から抜け出そうとしてたらしいし、こんな時の為に教わっていたのかもしんねぇな。


 今の神獣の体は感覚が鋭敏に研ぎ澄まされてて、夜目もきくし多少なら匂いで物の位置も判別できる。木の枝ならそこら中にあんだけど……。


 咥えて運ぶつもりだったが、火ぃつけんなら湿んのはよくねぇよな。


 グングニルを動かす時の青い光も今は動かせねぇ。どうやら青い光自体は俺の力だけど、自在に動かせるのはグングニルの力のおかげっぽい。


 代わりに八本ある内の一番前の二本足で挟んで持つことにした。バランスが崩れるこたぁねぇけど、ちょい気ぃ緩めただけで枯草や木の枝を落としちまいそうだ。腕ってマジ便利だったんだな。とはいえ普通の馬よりだいぶデカい俺が持ってっから十分な量だ。


 俺が戻ると、シェルネがどっか行ってた。


 とりあえず木の枝を置いて、再び岩と太めの木を取りにいく。何度も往復したくなかったので一番前の足の膝裏に木と岩をそれぞれ挟んで戻った。


 すると、既に戻っていたシェルネが俺の格好を見て吹き出した。相変わらず舐め腐った態度だがまぁいい。これもルーン漬けにしてやるまでの辛抱だ。


 シェルネは太めの木で枝を挟み、岩で固定していた。そして、シェルネが取ってきたであろう枝の表面をむしる。


 俺はシェルネの後ろに回って座り、シェルネの背に体を密着させた。触れてねぇと何言ってんのかわかんねえから。


(なにしてんの)


「この枝は火が起きやすいから着火材にすんの。貴方に言ってもわからなそうだから私が取ってきた」


(なるへそ)


 一言余計だ。


 そして何やら短い赤色の棒を取り出した。シェルネの体からピンクの光が赤色の棒に伝い、棒の先端で小さな火が灯る。


(それが魔具ってやつ?)


「そ」


 着火材と言っていた枝に火をつけ、並べていた木の枝の上に放る。パチパチと音を鳴らしながら、火が少しずつ大きくなる。


 次に斜めに刺した木の枝の先に針金? かなんかを吊り下げ、焚き火の上に鍋を吊るして湯を沸かしていた。焚き火に釣り竿で鍋を垂らしているような感じだ。


 後は待つだけなのか、シェルネが俺に寄りかかった。


「貴方、って呼び続けるのもなんかあれね。相棒なんだし。名前付けてあげる」


(変なんじゃなきゃ好きにしてくれ)


 それからどちらも焚き火をぼーっと見つめていた。俺は自ら命を絶った筈が神獣とやらになって知らない国にいたし、シェルネもこれまで十何年か過ごしてきた日常をぶっ壊して飛び出してきた。


 疲れてんだと思う。何も考えない時間も必要なんかも。


「ロスカ」


 ぽつり、とシェルネが呟いた。


「貴方の名前」


(どーゆー意味)


「教えない」


 シェルネが悪戯っぽく笑う。


(あっそ)


 別に無理に聞きたいとも思わない。あと聞いたら「そんなに知りたいの?」とか言って調子に乗ってきそうだから聞かない。


 それから、沸かした湯に固形のなんかを入れて混ぜた良い匂いのスープを飲んでいた。俺にもくれるというので口を開けていたら、器から直接流し込まれてクソ熱かった。許さん。また笑いやがって。


「ねぇロスカ、この腕輪にどんな力が秘められてるかわかる?」


 シェルネが見せるのは宝物庫からちょろまかしてきた金色の腕輪。


(ん? さあ。グングニルん時はほとんど勝手に動き出したからな。見ただけじゃさっぱりわからん)


「使えない」


(うっせーな、お前……シェルネもわかんねぇんだろーが)


 お前と言いかけるととんでもなく睨まれた。そんなに嫌なもんか?


「『九夜ここのよの腕輪』っていうらしいんだけど名称くらいしか伝わってなくてさー」


(あー、なら一回適当に魔力ぶち込んでみれば?)


「そーね、やってみましょ。私でも触れていればロスカの魔力を動かせるけど、多量に注ぐならロスカ自身が注いだ方がいいと思うから、お願い」


 シェルネが九夜の腕輪を外して俺の前に置き、少し離れて距離をとる。


 ……なんで距離とった?


 お前、適当なこと言って俺に危険なことを押し付けようとしてねぇか?


 少々訝しみながらも俺は九夜の腕輪にそっと手を乗せて、魔力だかをできるだけ送り込む。青い光の波が九夜の腕輪に吸い込まれる様に流れていき、九夜の腕輪が唐突に輝きを放った。


「なに! 何が起こるんだろ!」


 子どもみたいにはしゃぐシェルネ。まぁ子どもか。ワクワクキラキラとした眼差しで何が起こるのかじっと見つめている。


 光は収まったが、特に何も起きていない様に見えた。しかし、よく見ると九夜の腕輪の内側に重なる様にして金色の腕輪がもう一つ現れていた。


「すご! 腕輪が増えた!」


 いつの間にか近づいていたシェルネも気づいた様で新たに出現した腕輪を手に取り角度を変えながら見ている。


「全く同じもの……ではない様ね。構成してるルーン文字が変わってるし」


 目を細めて腕輪に刻まれた文字を見ながらうーん、と唸っている。


「これにも魔力流してみて!」


(はいよー)


 俺も気になるしサクッと試してみますかね。またしてもシェルネがしっかり距離をとっているのが解せんが。


 そいやっさ、と。


 さっきと同じ様に地面に置いた腕輪に魔力を注ぐ。


 九夜の腕輪の時は必要な魔力が多かったのか、ちょい時間がかかった。だが新たな腕輪はそうではなかったのかすぐに効果が現れた。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォン!


 激しい発光と共に思わず身を竦ませたくなるような轟音が響いた。


「グルアァァァァァッ!?」


 痛ってぇぇぇぇーーっ!?


 突如として地面から熱が伝わりビリビリと体中を駆け巡る。まるで内側を手当たり次第に灼かれているような激痛。更に衝撃を浴び、痛みで踏ん張るどころじゃなかった俺は吹き飛ばされた。木に体を打ち付けてドサッと地に落ちる。


「だ、大丈夫……じゃなさそうね」


 ピクピクと痙攣する俺の体に触れながらシェルネが何か言っている。一応生存を確認できて安心してるっぽい。


 暫くシェルネに体を摩られていたが、なんとか体を動かせるくらいにはなったので問題の発生源たる新たな腕輪を確認しにいく。


 腕輪の置かれていた大地が穿たれ、草は焼けて煙と焦げた臭いが漂っていた。


 そして肝心の腕輪はクレーターの中心部にあった。あれほどの衝撃だったにもかかわらず傷一つ付いている様子がない。


「え! 壊れてないの!?」


 シェルネがクレーターに向かって行って腕輪を手に取るとはしゃぎだした。俺の無事を確認した時より嬉しそうなのはおかしくねぇか?


 きゃぴきゃぴと小躍りしてるが全く何言ってんのかわからん。スキップしながら戻ってきて俺に触れる。


「この腕輪ヤッバイ! 見たことないくらい強力な雷の魔術を撃てるっぽい! こんなの見つかったらすぐ国に取り上げられるわ! 国の管理外での運用なんか絶対禁止ね! うひゃ〜テンション上がるぅ〜! さっきは地面に向かって雷が出てたから雷の向きは腕輪の向きか流し込む魔力の向きで……」


 もう止まんない。


 そのヤバい目をやめろ。あとよだれも。


 それから検証とかいってまた何回か魔力を流し込まされた。抗議したが聞く耳も持たず、「死ぬわけじゃないんだからいいじゃん」とのことだ。


 俺は神獣だぞ?


 そろそろ特定の団体が黙ってねぇぞ。


 ……。


(ヒャッハーーーー!)


 最初は嫌々だった思ったものの、俺に危害さえなけりゃ雷を撃ちまくるのは超楽しかった。シェルネの足元に撃ってやったらビビって睨んできた。気ぃ持てぃ〜!


 そして何度も俺が動作確認をさせられた腕輪は、シェルネの魔力でも起動できることがわかった。よって今はシェルネの腕に付けられ、『迅雷の腕輪』と命名された。

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