第4話 仏の心

 あれから逃げに逃げて逃げまくった。俺の足がめちゃくちゃ速かったおかげでなんとか追手を突き離すことができた。小学生ならモテモテだな。暫くは追いつかれないと思う。漸く腰を落ち着けて話せるってもんだ。


 俺が草の上に座ると、銀髪女子も腰を下ろし俺を背もたれにしやがった。


(お前って結構偉い人なわけ?)


「お前って言うな」


 おっと、これまでのゴタゴタで敬意が薄れてた。


(貴方様は……)


「いいってそういうの。私はシェルネ・ヴァン・ラウドフィアジュ・アルダフォール。この国の第三王女だけど、立ち場は気にしなくていいわ」


 第三王女ね。まあだいたい察してたけど。


(じゃあヴァンちゃんで)


「なんでそこ取んの、シェルネでいい」


(おっけ、教えて欲しいことあんだけど)


「どーぞ」


 城を抜けてからシェルネの言葉遣いが変わってた。お嬢様っぽくなくなってる。こっちの方が楽なのかもしれん。毎日猫被ってたんなら相当疲れたんじゃね。


 そうして詳しい事情を聞かせてもらった。


 ここがアルダフォール王国っていう国だってこと。


 シェルネは政略結婚の道具にされるのが嫌でいつか逃げ出そうと画策していたこと。


 魔術と魔術陣、魔具や高位魔術言語ーールーン文字について。


 俺が宝物庫のルーン文字が刻まれた卵から生まれた、神様がいた時代の魔獣だということ。


 魔術を起動するには適性が必要で、俺には貴重なルーン魔具を起動する適性があるということ。


 ルーン魔具と神獣の卵を探したいということ。


 ここまで聞いて思った事がある。


 城に帰った方がよくね?


 宝物庫の番をしていた兵士は状況を飲み込めずに俺に短剣を向けていた。でも事情がわかればそんな事しないはずだ。なんてったって俺は神獣。殺すどころか敬意を持って丁重に扱われるのではないだろうか。帰れば一生安泰のロイヤルライフが待っている。


 ただ、ルーン魔具と神獣を探す旅ってのも面白そうではある。


 魔術とか存在するって話だし、たぶんここは地球じゃねー。別の惑星か、実は大昔の地球かもしんないけど。だとするとここには俺の知り合いなんて一人もいない。当てにできるのは城の人間かシェルネくらい。


 そして俺は夢やらなんやらも持ち合わせてない。これからの目標も行動方針もない。そんな時に楽しそうな目的を提示されたら心が揺らぐってもんよ。


 安定をとるか、冒険をとるか。


 こう言葉にしてみると、俺の進みたい道ははっきりした。


 っぱ冒険だよなぁ!


 どうせよくわからん状況なら楽しくいきてぇ。


 そうなると考えなきゃいけねぇのは。


(ルーン魔具とか神獣の在処に心当たりあんの?)


 正直俺にはさっぱりだから。


「もちろん」


(こっから近けぇの?)


「結構遠いよ。一番近くて確実なのは帝国の城の宝物庫かな」


 なるほど帝国の城の……。


 ……はて?


 今この小娘なんて言った?


(げふんげふん。よく聞こえなかったわ、もう一回言ってくんない?)


「帝国の城の宝物庫だけど……」


 シェルネは「なんか変なこと言った?」とでも言いたげな顔で繰り返す。


 誠に残念ながら聞き間違いじゃなかったらしい。


 まさか無理矢理ってことはないよね? 


 第三王女のコネを捏ねくりまわしてなんとかすんだよね?


(一応王女だし帝国の偉いやつにも知り合いとかいんだ?)


「一応の意味を追求したいとこだけど今回は不問にしてあげるわ。で、帝国の知り合い? いないことはないけど、なに急に」


(頼んでルーン魔具譲ってもらうんじゃねーの?)


「はあ? 譲ってくれるわけないでしょ。国宝なんだから。盗むに決まってんじゃん」


 おまわりさん、こいつです。


 俺はするりと立ち上がり、優雅な足取りで王城へと踵を返した。


「待ちなさい……よ!」


 しかし尻尾を思っきし掴まれてなかなか前に進めない。


 ぬおおっ、なんて馬鹿力してやがる!


 執念の成せる技か。


(放せ! 俺は嫌だぞ!)


「何が嫌なの!?」


(犯罪じゃねーか! 一生追い回されるなんて御免だね!)


「革命ってのは法の外でこそ起こるの!」


 ぐぬぬ、と踏ん張るシェルネからは意地でも俺を共犯者に仕立て上げようとする鉄の意志が感じられる。


 まずい。


 シェルネのやつ社会不適合者どころか社会の破壊者やんけ。付き合い切れるか。


 いつまでも続くかと思われた長い引き合いでシェルネの息が上がってきた頃、やつは急に嘲るような憎たらしい視線を向けてきやがった。


「あ、わかった! 貴方、ビビってるんだ?」


 あ゛?


「怖いんでしょう? 神代の魔獣が聞いて呆れるわ! 卵に戻ってビクビク生きてればいいんじゃない? 『ぼ、ぼくは殻の中なら最強なんだぞ』ってちっさい世界で威張ってれば!? 殻の中ならずぅっと安心でちゅねー! いよっ! 神獣界の面汚しっ!」


 まるで定型分を読み上げているかの様な澱みない煽りの詠唱。その一言一言が重しの様に俺の足を地に縫い付けた。仏の心を持つ俺でもさすがに限界がきた。


 カッチーン。


 ……シェルネ・ヴァン・ラウドフィアジュ・アルダフォール。


 てめーは俺を怒らせた……!


(……やってやるよ)


「んー? なんて? 小さくて聞こえなーい」


 シェルネがむかつく顔で、耳に手を回してこちらへ強調してくる。


(ルーン魔具だか神獣の卵だか知んねーけどよぉ! んなもん俺が全部集めててめぇをルーン漬けにしてやるっつったんだよ!!)


 そのむかつく顔を、ルーンに囲まれた幸せの渦でぐにょんぐにょんに歪めてやる!


 俺が決意とともに言い放つとパシン、とケツを平手打ちされた。


「それでこそ私の相棒に相応しいわ!」


 その勝気な表情ができるのも今の内だ。


 待ってろよ皇帝!


 てめぇが大事そうに仕舞ってるもん全部盗んでやっからな!

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