第6話 山神様の怒り
一夜明けて山の麓から近隣の村を訪れた。少々買い足しておきたいものがあるらしい。
「ま、魔物だー!」
「女、子どもを逃がせ! 俺たちで時間を稼ぐぞ!」
「山神様の
俺たちが近づくと村が賑やかになった。野外フェスくらいの熱気が伝わってくる。
(旅人を歓迎する風習でもあんのか? それとも俺の神獣オーラの為せる業か?)
「ある意味後者ね。化け物が来たって慌てふためいてるわ」
(シェルネ……人間からだとそう見えんのか)
「死にたいようね」
シェルネに憐れみを込めて言うと、背中で魔力が動くのを感じた。おいお前の腕には『迅雷の腕輪』がついてんだぞ。バチバチなってからっ!
(それは洒落になんねぇって!)
「発言には気をつけることね」
なんとか乱暴女の奇行を阻止していると、村人たちが何やらたくさん持ってきた。それらをこっちに差し出す様に跪く。
「御使い様! これが今この村で差し出せるものの全てですじゃ! 正直なところを申しますと、我々の何が不興を買ってしまったのか分かりかねます! しかしながらお伝えいただければ必ずや、今後はこの様なことがないよう、徹頭徹尾尽力する次第で御座いますれば! どうか今一度我々に御慈悲を! どうか!」
爺さんが代表して頭を下げてきた。何やら必死に言い募ってるが。
(はぁ……何したんだよ?)
「何もしてないってば! これどうしよ? 貰っちゃっていいと思う?」
こそこそと耳打ちしてくる。俺に判断を委ねるなんて意外だな。全部自分だけで決める奴だと思ってたわ。うーん、俺には爺さんが何言ってんのかわかんねぇけど……。
(……まぁいいんじゃね? くれるって言ってんだよな?)
「そうみたい……ロスカがそこまで言うなら遠慮なく貰っときましょ」
密談を終えたシェルネが村人たちを睥睨し、口を開く。こいつもしかして俺に責任をなすりつける為に聞いてきたんじゃねぇだろうな……。
「諸君らの誠意、確かに受け取った! 山神様には最大限の便宜を図って頂けるよう口添えしておこう」
おうおう、やけに偉そうだな。生意気にもちょっと声低くしやがって。しっかしこいつはふんぞり返ってんのがよく似合う。腐っても王女ってか。
「ははぁ! 我々一同、感謝の念に堪えません! ではこちらを!」
更に前に出て食糧やらなにやらをこっちに向けてくる。
「……」
しかし、シェルネのやつはそれを黙って見下ろしていた。
(降りて受け取らなくていいのかよ?)
しかも俺の上から。
「……」
この謎の空気感に、村人の何人かはぶるぶると肩を震わせていた。
沈黙を破ったのは、ハッと顔を上げた代表の爺さん。
「き、気が利かず申し訳御座いません! これ程の量をただ渡されても持ち帰る等無理な話でしたな! おい、誰か馬車を持ってこい!」
爺さんが村人に向けて声を上げると、すぐに村人が馬車を引いて現れた。それを見たシェルネが大仰に頷く。
「私共の方で供物を積ませていただきますので、少々お待ち願えますでしょうか?」
「よい」
シェルネの返事で、村人たちがテキパキと動き出す。
(マジであれ全部貰えんの?)
「ええ、ラッキーね」
(だな。今日は食いまくろうぜ!)
「王城を抜け出してこんなに早く贅沢ができるなんて思わなかった!」
俺らがヒソヒソと話している間に積み込み作業は終わったようだ。
「御使い様! こちらを!」
丁寧な案内を受け、俺は馬車に繋がれた。
「さっさとここから離れましょ」
(おっけー)
シェルネが耳打ちしてきたので、俺は馬車を引いて歩き出す。あんだけ積んでたのに全然重く感じねぇ。俺の体のスペックにビビるわ。
村人たちの土下座で見送られんのはなかなか気分が良い。恐らくシェルネもそう思ってる筈。上機嫌そうに足をぷらぷら揺らしているからな。
(で、結局何だったんだ?)
「さぁ? 誰かと間違えてるっぽかったけど」
(そか。いい奴らだったな)
「民の鑑ね」
俺らはルンルンで歩き続け、街道を進む。もう王城からの追手に追いつかれる心配もないだろうとのことだ。馬車を引くとなると流石に森の中はきつい。
(ってか意外と道路ちゃんとしてんだな)
コンクリートではないが、ここまで平らに慣らしてあるとは思わなかった。おかげで馬車がガタガタ揺れることもない。
「土魔術で固めてるって聞いたわ」
(すげぇな。俺も使いてーよ魔術)
「どんなの?」
(なんでもできる魔術!)
「どんまい」
どうやら俺が望む魔術は存在しないらしい。
駄弁っていると、辺りが暗くなってきた。今日はこの辺で休むということで、街道から少し離れたところで野営することになった。
飯の前に、昨日と同じ様に九夜の腕輪へ魔力を流してみたが。
(……なんも起きねぇな)
「やっぱね。九夜っていうくらいだし九日に一回腕輪を創れるとかなんでしょ」
(そんな感じするわ)
「でも違うかもしれないから一応毎日試した方がいいと思う」
(らしくねぇよ。まともな事言うの)
ドゴォォォォォォォォン!
いぃやぁぁぁぁァッ!
至近距離から俺の足元に雷飛ばしてきやがった!
サッと離れると再び雷が飛来する。
「コレコレェ、この破壊力よぉ!」
楽しそうに雷を飛ばしまくってくるサイコパス女から逃げ続けた。
そして命懸けで逃げている時。
俺は、空を掴んだんだ。
「うそ……」
自分でも何が起きたのかわかんねぇ。ただがむしゃらに逃げてたら、空走ってた。なんでもありだなこの世界。
呆気に取られたシェルネが撃つのをやめたので空から降りる。シェルネが駆け寄ってきて俺に触れた。
「ロスカ、飛べたの?」
(らしいね、なんか飛んでたわ)
「さすがは私の相棒ね!」
そう言って俺の尻をパシンッ、と叩いた。
「乗せなさいよ!」
(へいへい)
そして俺はシェルネを乗せて空を飛び回った。
当たり前だけど俺もシェルネも飛ぶのなんて初めてだ。こんなに自由に空を駆け回れるなんて夢にも思わなかった。
だから。
「いやっほおぉぉぉぉうっ!」
(イエェェェェェェイッ!)
多少、テンションが上がっていた。
俺は自由自在に動き回り、シェルネは地上に雷を撃ちまくった。曇り一つない夜空の下で、変幻自在の落雷が嵐の様に降り注ぐ。
「(気持っちぃぃぃぃ〜〜〜)」
そうして遊んでいると、山の方から巨大な何かが猛スピードで飛んできた。デカい影にしか見えなかったものは近づくにつれて、その輪郭がはっきり見えてくる。
蝙蝠のような巨大な翼。爬虫類のような体と縦長の瞳孔。前脚の三本の鉤爪と低い唸り声が漏れる鋭利な牙は、こいつが生態系のトップだと言われても頷かされる程の迫力を放っている。
そう。そいつは……ドラゴンだった。
「貴様らかァァァッ! 我の名を騙り、無垢の民から食糧を巻き上げたのはっ! 我は怒ってなどおらぬわァァァァァァッ!」
もうめちゃくちゃ怒ってた。
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