第140話 リブレイズの新たな目標

「……ということで、ロブさんのお力を借りたいのですがっ!」

「ここまで牧場を発展させられたのはリオさんのおかげだからね。農地開発ということであれば、僕たちが全力でサポートさせてもらうよ」

「ありがとうございますっ!」


 ということでナガレ率いる旧トライアンフ領は、ネオ・あたたか牧場から手厚いサポートを受けられることになった。


 なんでも明日中には百名の農夫と大工が現地に到着。ついでに複数の領地開拓の経験をした、三名の専門家まで派遣してくれるとのことだ。


 サングラスにダブルスーツの成金スタイルには驚いたが、内面は変わらぬ優しいロブのままでホッとした。


 私はロブに最大限の感謝を伝え、通話を終了した。


「これでナガレさんたちの方は大丈夫そうですかね?」

「ああ、そんな大勢の専門家まで来てくれるってなら、文字通り百人力だ。……なにからなにまで頼っちまって、本当にすまねえな」

「なに言ってるんですか、ナガレさんたちだってリブレイズの一員です! これからも遠慮なく頼ってください!」

「恩に着るよ。……ところでこれは相談なんだが、俺たち歯車組の領地に名前を付けてくれねえか?」

「名前、ですか?」

「ああ。リオがスタンテイシアに本拠地を構えるなら、俺たちの土地には別の名前が必要だろ? いつまでもここを旧トライアンフ領と呼ぶわけにもいかねえし」


 それは確かにそうかも。


 領地を構えれば名前を付けるのは当然だ。だが私がゲームで使っていた領地名は、スタンテイシアの本拠地に付けるつもりだ。


 であれば旧トライアンフ領には、なにか別の名前を付けてあげる必要がある。


「う~ん。でも急に名付けてって言われましてもね……」

「スピカにいい考えがあるよ! エレクシア教・撲滅軍とかどう?」

「明らかにテロ組織じゃん!? 明日にはエレクシアとの全面戦争になってるよ!」

「望むところ!」

「却下!」

「え~! 超いい考えだと思ったのにぃ!」


 スピカが一案を出して見せたことにより、フィオナも続けて意見を出してくれた。


「いっそのこと”リブレイズ”の文字を領地に加えてはどうだろう? 今回の騒ぎでリブレイズは英雄視されている。彼らにリブレイズの名を与えれば、旧トライアンフの彼らでも蔑視されることはなくなるのではないか」

「あっ、それはいい考えかもしれません!」


 リブレイズの名が売れたのと反対に、トライアンフはエレクシアを騒がせた悪しきクランと国民に知られてしまっている。


 ならばこそ被害者である歯車組を、リブレイズの名で守ってあげられるかもしれない。


 だが、この意見にはレファーナが反対した。


「考え自体は悪くないが、リブレイズの名を与えるのは反対じゃ」

「えっ、どうしてですか?」

「順序の問題じゃな。エレクシアにリブレイズの名を持つ領地ができれば、そちらが本拠地と思うのが普通じゃ。いずれスタンテイシアに本拠地を構えるなら、リブレイズの名は与えるべきではない。余計な混乱を生む」

「リブレイズの名前を付けただけで、混乱なんか起こります?」

「間違いなく起こる。名を挙げたリブレイズが領地を持てば、商人や貴族が連日のように擦り寄ってくるじゃろう。復興作業中のナガレたちに、そやつらの相手をさせるべきではない」


 レファーナの明晰とした意見に、ナガレが感謝を口にする。


「……そこまで考えてくれて嬉しいぜ、レファーナ嬢。どっちにしろ俺もリブレイズの名を引っ提げるには、ちっとばかし抵抗もあるしな」

「なんで!?」

「俺たちがリブレイズを名乗るには名前負けが過ぎる。これだけ施しを受けちまったからには、傘下に加わったって考えたほうが気が楽だ。対等に扱おうとしてくれてんのはわかるけどよ」

「そんなこと別に気にしなくていいのに」

「こっちの気持ち、いやケジメの問題だ。俺が真の意味でリオたちと対等になれるなら、それは受けた施しを十分に返した後だろう」

「はっ、ナガレ。お主も根は充分に男じゃのう?」

「これでも侍やってる東国男児だ。恩を受けたままじゃ、俺は自分を許せねえよ」

「……で、結局どうすんの。トライアンフ領に別の名前、つけるんじゃなかったの?」


 話が脱線したのを見兼ね、アリアンナがぴしゃりと言い放つ。


「ここはやっぱり、りおりーに決めてもらったほうがいいんじゃないですかね?」

「そういうことじゃな。ナガレたちの人生を背負うと決めたのはリオじゃ、自分の子には自分で名前を付けてやれ」

「自分の子とか言われると、複雑な気分なんですけどっ!?」


 とは言いつつ、指摘はごもっとも。


 私は腕を組み、改めて領地名を考える。


(なにかそれっぽい地名。新しさを感じられて、ナガレさんたちに関係するような名前っ!)


 トライアンフ、ナガレ、チームゴールド……そして歯車組。色々なキーワードが頭の中に浮かんでは消えていく。


 すると少しばかり国名っぽい名前をした、前世の流行語ミームを思い出した。


「my new gear...」

「えっ? りおりー、今なんて言いました?」

「my new gear……うん。ナガレさんたちの領地は、マイニューギアに決定です!」


 私が自信満々に発表すると、転生者二人キサナとエルドリッヂが吹き出した。


 が、なにも知らないナガレやレファーナたちは「おおお」と目を丸くして驚いている。


「良いではないか、マイニューギア。なにやら口にすると、誇らしげな気持ちになるようじゃ!」

「ああ……! 俺たちもこの名前と共に、新しい人生を歩んで行けるような気がするぜ。ありがとな、リオの旦那!」

「いえいえっ!」


 みんなに気に入ってもらえてなによりだ。だがキサナとエルドリッヂは、マイニューギアに喜ぶみんなにツボっている。


「口にすると誇らしげな気持ちになるって……くくくっ!」

「リ、リオ様ッ。なぜにその言葉を、今この場で思いつかれるのですかっ! 流石に反則でしょうっ……!」


 二人からウケも取れたようで私はご満悦だ。


 マイニューギアとなったナガレたちも、今後の指針が見えたことで表情は明るい。


 だが唯一、この中で顔色ひとつ変えない者がいる。


 アリアンナだ。


「そろそろ仲良しごっこは終わりにして。作戦会議って聞いたから参加してるのに、ダンジョンやクエストの話が一つも出ないじゃない」


 アリアンナは私へ詰め寄る様に近づき、睨みつけるように見上げてくる。


「私がリブレイズに入ったのは、高難度ダンジョンに潜るため。それなのにさっきからずっと土地や金の話ばかり。まさか稼ぎが十分に出たからって、もうダンジョンには潜らないとか言い出さないでしょうね?」

「そんなことは言わないけど、まずは色々と確認したいことがあって……」

「なによ確認って!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて?」

「さっきまではずっと落ち着いてた!」


 今にも噛みつかん勢いで詰め寄るアリアンナ。


「適当なこと言って、はぐらかすつもりじゃないでしょうね? そのつもりなら私はッ……!」

「ち、ちがっ! 確認っていうのは……SSクランへの昇格条件だよっ!」


 その言葉を聞いたアリアンナは、途端に静かになった。


 するとそれに釣られるように、みんなも途端に真面目な表情に切り替わる。


(……うん、こういう雰囲気も悪くないよね)


 全員からの注目が集まったことを確認し、私はみんなに聞こえる声で今後の方針を口にした。


「数日後。私は東部の領主、エルスター辺境伯と会う予定です。そこで話がまとまれば領地を借りられることになりますが……同時にSSクランの昇格も目指します。その理由は――」

特注カスタムダンジョンのランクを、SSで作りたいから。じゃな?」

「イエスっ! 正解です、レファーナさん!」


 ドヤ顔で答えるレファーナの傍らで、フィオナが得心した様子で頷いた。


「なるほど。そういえば特注ダンジョンのランクは、経営クランのランクに依存するのだったな」

「はい! だからまずはSSクランの昇格条件を確認しておきたいんです」

「確かにSSクランは誕生事例が少ないため、冒険者協会も明確な基準を公表していなかったな」

「ですよね? だからまずは条件を確認して、計画的にクエストやダンジョンを攻略したいと思ってます。だからアリアンナも、少しだけ待っててくれないかな?」

「……わかった。そういうことなら待つ。ただあまりモタモタしないでよね、変にダラけて戦いの勘を鈍らせたくないから」

「もちろん!」


 私がそう応えると、アリアンナは背を向けて部屋を後にした。


 う~ん、なんとも戦いにストイックな女の子だ。私としてはもうちょっと年相応に遊んだり、コロコロ笑って欲しいんだけど。


 とは言え、向上心の高い冒険者は大歓迎。


 やる気自体は既存メンバーよりも高いし、アリアンナのモチベーションを挫くことがないプランを練っていきたい。


「ま、とりあえずはエルスター卿とのあいさつが先じゃろう。近日中には決まるじゃろうし、それまではお主らも体を休めるがよい」

「はいっ!」


 こうして私たちはこれからの目標を定めつつ、束の間の休息に入るのであった。

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