第138話 エルドリッヂの秘密

「あなたがエルドリッヂさん……?」

「ハイッ! 今回ルキウス失脚の絵を描いた、参謀に御座います。リブレイズを勝手に計画へ組み込んだこと、改めてお詫びいたしますっ!」

「い、いえ。結果的に私たちは――」

「まったくじゃな。もしリオたちが負けたらどう責任を取るつもりだったのじゃ?」


 私は気にしなくていいと言おうとしたのだが、レファーナの糾弾でその言葉は掻き消される。


「ワタクシの計画に失敗なんて御座いません。なにせワタクシは!!!!!」

「お主が天才であることはもう知っておる。……しかし勝手に計画へ組み込んだからには、お主の誠意を見たいのう?」

「……誠意と言いますと?」

「決まっとるじゃろう、アチシが知りたいのはドラゴパシーの売れ行きじゃ。リオたちの配信が終わってもう三日も経つ、ある程度の数字は出揃った頃じゃろう?」


 レファーナは言いながらエルドリッヂの横に立ち、肘をグイグイと押し付ける。


「ハ、ハハ……左様ですね。ですが各地の売り上げを集計するためには、皆が一度集まって……」

「なにを言っておる、ここにドラゴパシーという便利な魔道具があるじゃろう。これを使って今すぐ売り上げの速報値を集計させるのじゃ!」

「…………」


 ひたすら陽気だったエルドリッヂも、レファーナの強烈な押しに引きつった笑みを浮かべている。


(そういえばそんな話もしていたなぁ……)


 思えばダンジョン配信を始めたのも、エルドリッヂの提案によるものだった。そして得られる利益を限界まで引き上げたのは、レファーナによる鬼交渉が功を奏した結果だ。


 これによって私たちは現地で販売されたドラゴパシーの利益、50%をもらえるということになっている。


 そして私たちは四十一層から五十層ボス戦、キャッスルゴーレム戦の一部始終を各地へ配信した。


 これによって食い付いた一部の貴族や資産家、そして大商会や高ランク冒険者から多数の注文が入っているという。


 そしてエルドリッヂは集計された数字を計算し、リブレイズに入ってくる分配益を算出した結果は……


「……11億クリルです」

「「「11億!?」」」


 想定より大きな数字を告げられてしまい、私達リブレイズは驚愕のあまり裏返った声を出してしまう。


 だが商売ごとに精通しているレファーナとエルドリッヂは、さも当然のような顔をしている。


「まあ、そんなもんじゃろうな」

「ハイ。商売の基本はまず、先進的顧客アーリーアダプターに定価で買ってもらうことですから」

「在庫は?」

「当然、完売しております。ですので一部の方からは前金を頂戴し、予約で抑えた分も御座います」

「その数は当然入っているのじゃろうな?」

「当然です。レファーナ様の前で数字を誤魔化すと、後が怖いですからねえ」

「ふふん。わかってきたようじゃのう?」

「ハイ。今後は是非とも、お手柔らかなお取引を……!」

「それは今後の態度次第じゃのう」


 と、大人な会話がされる中、フィオナとキサナは突然の大金に呆然。


「じゅういちおく……? 国家予算クラスの大金ではないか……」

「そんなお金があったら、遊んで暮らせるじゃないですか。もう命がけでダンジョンに潜ったりしなくても……?」

「こらこら! まだ私たちは領地どころか、クランハウスすら持ってないんだから! 早くもご隠居生活を考えないでっ!」


 11億と言う数字を聞いて物怖じしたが、領地を持つつもりならお金はもっと必要だ。


 それに現実で考えれば11億は大金だが、クラジャン廃人の基準で考えれば大したことはない。


 領地をもった暁には特注カスタムダンジョンのリセマラもするつもりだ。その時にかかる費用を考えたら、11億なんて一瞬で消し飛んでしまうだろう。


 だったら現状に満足せず、ストイックにお金も稼いでいかないとね!


 ――と、そこで私は一つ大事なことを思い出す。


「ところでひとつ、みなさんにお願いがあるんです」

「なんじゃ、藪から棒に?」


 突然、改まった態度を取った私を不思議に思い、レファーナが眉をひそめて聞いてくる。


「今からエルドリッヂさん、そしてキサナちゃんの三人だけで話をさせて欲しいんです」

「エルドリッヂに、キサナ……?」


 脈絡のない人選に、レファーナが怪訝そうな表情を見せる。が――


「ふむ、まあよい。アチシらはリビングで話が終わるのを待つことにしようか」


 と言って、あっさり踵を返してしまった。


「レ、レファーナ殿? よろしいのですか!?」


 その背中を呼び止めたのはフィオナだった。


 フィオナには私の騎士であるという自負があるため、この場に主を残すことに躊躇いがあるのだろう。


「構わんじゃろう、エルドリッヂは怪しい奴じゃが、危険ではない」

「し、しかしっ!」

「お主がリオに固執する気持ちはわかるが、リオとて大人じゃ。主の言い分を汲んでやるのも、騎士の務めであると思うぞ?」


 レファーナはそれだけを口にすると、スタスタ部屋を出て行ってしまった。


 続けてルッツも部屋を後にしたが、フィオナはどこか不服そうな表情で佇んでいる。


「大丈夫ですよ、フィオナさん。すぐに戻りますから」

「そ、その、別に心配はしていないのだが……私のいないところで、リオが二人にどんな内緒話をするのか、気になってしまって……」


 なんと。どうやらフィオナは私の心配をしていたわけではなく、内緒話に加えてもらえなかったことが不満だったらしい。


 拗ねたフィオにゃんについ萌え散らかしてしまいそうになるが、ここでおちょくると本気で機嫌を損ねてしまいそうだ。


 そこで私は大きく深呼吸をし、なるだけ言葉を選んでフィオナを諭す。


「別に内緒話ってほどの話じゃありませんよ。こうして三人に絞らせてもらったのは、いまはそれがいいって思っただけです」

「でも……それでも私はリオのことをもっと知りたい」

「そう言ってくれて嬉しいです。私もフィオナさんのことをもっと知りたいですし、話してあげたいです。でもこの話はそういうタイプの物じゃなくて、人によっては知られたくない可能性があるからです」

「……」

「ボカした言い方しかできなくてごめんなさい。でも私が話したいって思った時は改めて場を作るので、その時まで待っててもらえませんか?」


 するとフィオナは一息ついて、軽い笑みを返してくれた。


「……わかった。こちらこそみっともない真似をしてすまなかった。自ら騎士を名乗り出ておきながら、主に要求するなどと騎士失格だな」

「なに言ってるんですか。フィオナさんみたいな姫騎士におねだりされて、私はとっても嬉しかったですよっ!」

「ひ、姫騎士におねだりなど、破廉恥な言い方をするなっ! 私はそんなチャラチャラした人間ではないっ!」


 そう言ってフィオナは顔を赤らめて客間を後にした。……ふう。相変わらずフィオにゃんは最高だぜ。


 客間の扉が閉まり、辺りが少しずつ静かになっていく。


 そして私が二人に向き直ると、キサナがどこか不安げな表情で聞いてくる。


「りおりー。三人で話したいことって、もしかして……」

「うん。もちろん、私たちのの話だよ」


 その言葉を聞き、キサナは黙って息を呑む。


 傍らではエルドリッヂが客間の椅子に腰かけ、したり顔で私の話に耳を傾けている。


 私は少しばかりの緊張を身に包み、エルドリッヂへこう聞いた。


「……エルドリッヂさん。あなたはクランオブジャーニーという名前に、聞き覚えはありますか?」


 するとエルドリッヂは特に驚いた様子も、不思議そうな顔もせず――鷹揚に頷いた。


「はい、もちろんで御座います。この世界の元にもなっている、我々の愛していたゲームのお話でしょう?」

「……やっぱり!」

「ふふ、気付いていただけたようで嬉しいです。ワタクシも貴女たちと同じ、転生者で御座います」


 予想が当たっていた嬉しさと、仲間を見つけた嬉しさで頬が思わず緩んでいく。


 キサナに続いて三人目の転生者。エルドリッヂが同郷の人間であることを知り、彼への親近感は爆アガリだ。


「そりゃわかりますよ! だってドラゴパシーのデザイン、あまりにもスマホ過ぎますって!」

「最適化されたデザインを知りつつ、非合理なデザインで作る意味はありませんからね。それにデザインを似せたのには、もう一つ別の理由が御座います」

「どんな理由ですか?」

「それは私が転生者であることを、気づいてもらうためです」

「転生者であることを気づいてもらう、ですか?」

「ハイ。ワタクシもクラジャンを愛する人間なので、この世界への転生はそう悪いものではありませんでした。ですが転生者はこの世界にとって異分子。転生前の世界にはもう帰れないのだと思うと、ネガティブになる日々もありました」

「……その気持ち、とてもわかります!」


 それまで黙って話を聞いていたキサナが、瞳を潤ませながらエルドリッヂの言葉に同意する。


「ボクも元の世界へ帰れないことに悲観する毎日でした。おまけに前世の記憶が混じったせいで、牧師として生きる自信も失って酒浸りになる毎日でした。りおりーのウワサが耳に入って来なければ、きっと今も同じ生活をしていたと思います」

「それはお気の毒にっ。ワタクシもなんとかこの世界で生きる決意は出来たものの、お二人が転生者であることを知ってずいぶんと励まされました」

「……ちなみにどうしてエルドリッヂさんは、私が転生者であることに気付いたんですか?」

「昇竜王の説得に、師弟契約のルール公開。これだけのことをされて、気付かないとお思いですか?」

「そ、それもそうでしたね……」


 クラジャンプレーヤーにとっての常識も、この世界では歴史の転換点となる大イベントだ。


 その大イベントを一ヶ月に二つもこなせば、攻略知識を持つ転生者と思われても仕方ない。


「お二人が転生者と知った時から、いつかお会いしたいとは思っておりました。そして同じ秘密が共有できる仲間と知った今、ワタクシはお二人に並々ならぬ親近感を感じております」

「ボクもですっ! 貴族や魔物のいる大変な世界に来てしまいましたが……一緒に頑張っていきましょうねぇっ!」


 新しい仲間を見つけて感極まったキサナが、私を押し退けてエルドリッヂとがっしり握手を交わす。


(なんか二人のテンションが高いな……)


 私も新しい転生者と会えて嬉しくは思っているが、二人とは若干の温度差を感じる。


 その理由について思いを巡らせると、二人は私にない感情が語られていることに気が付く。それは――


『転生前の世界にはもう帰れないのだと思うと、ネガティブになる日々もありました』

『ボクも元の世界へ帰れないことに悲観する毎日でした』


 二人が口にしていたのは、転生前の世界に戻りたいという感情だ。


 だが私は異世界クラジャンに転生してからというものの、一度も現世へ帰りたいと思ったことはない。


 この世界に来れたことは朗報でしかなく、転生したことでようやく人生が真の意味でスタートしたのだと思っている。


 だが二人には現世に帰りたいという感情があり、同郷の生まれであることをあれほどまでに喜んでいる。


 ということは、つまり。


(二人は現世に居場所があったリア充で、クラジャンだけを生きがいにしていたのは……私だけだったってコト!?)


「がはっ!?」


 私はショックのあまり、その場に膝から頽れる。


「……くうぅっっっ!!! キサナちゃんだってSSSランクのクラジャン廃人だったハズなのにぃぃぃ!」


 二人が現世の仲間を見つけて喜ぶ傍ら。私はカーペットにおでこを擦りつけながら、言いようのない悔しさに身悶えするのであった。

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