第136話 押しつけがましい人は、えんがちょです!
「あ、あのフェルナンディさん……? 頭を上げてもらえませんか?」
「いや、僕にはこうして頭を下げ続けることしかできない。君が僕をもらってくれるまでは!」
そうじゃなくて、愛人もペットも奴隷もいらないだけなんだけど……
私が引きつった表情でフェルナンディを見下ろしていると、スピカが笑いながらフェルナンディの頭を撫で始める。
「あはは! にーちゃん、リオのペットになるの? スピカがたまに散歩に連れて行ってもい~い?」
「もちろん。リオさん――いやご主人様からの許可がもらえればだけど」
「んーでもよく考えたら人間のお世話は大変そうだなぁ。だってにーちゃんがペットになったら、スピカがうんちやおしっこの世話しなきゃいけないんでしょ? やっぱりいらないなぁ」
「スピちゃんは相変わらず無敵だねぇ……」
フェルナンディはいまも縋るような視線で、私の方を見上げてくる。
顔はいいだけに子犬のような表情で見上げられると、少しばかり譲歩したい気持ちにさせられてしまう。くっ、これだから顔のいい男はっ!
私がそんな事を考えていると、席を外していたマキシマとアリアンナが戻ってくる。
が、土下座をするフェルナンディを見てドン引き。
――アンタ、なにやらせてんの? という視線が私に向かって飛んでくる。うぅ、別に私のせいじゃないんだけど……
早いとこあきらめてくれればいいのだが、フェルナンディは譲ることなく食い下がってくる。
「僕はいらなかったかい? それなら別の男性を紹介してもいい、君のタイプを教えてくれっ!」
「い、いや。別に殿下のことが気に入らなかったわけじゃなくて……」
「本当かい? では少しは僕のことを気に入ってくれたのかな? 君の役に立てるなら、僕はどんなことだってしてみせる!」
「ぐうぅっ……!?」
子犬のような表情で迫られると、なぜか拒絶の言葉が抑え込まれてしまう。
だがフェルナンディの要望を受け入れるわけにはいかない。
一国の王子をペットになんてしたら、エレクシアに住む人たちから顰蹙を買うに決まってる。
転生前の私は現代インターネッツに揉まれて生きてきた。
だから私にはわかるのだ。こんな顔のいい王太子をペット扱いしてるのが知られたら、大炎上するに違いないと。
だがフェルナンディに引く様子はない。
傍で見てるセドリックも、王太子の奇行を止める様子はない。難しい表情で視線を落とし、事の成り行きを静観している。
つまり私の判断ですべてが決まる。
フェルナンディはいらないが、何らかの思惑があってしつこく食い下がっている。
その理由を問おうにも、子犬のような表情を直視したら押し切られてしまいそうな気がする。
周囲の人たちも私がどんな決断をするのか、固唾を飲んで見守っている。ついでに言えば多くの人に注目されるのも苦手だ。
そんな状況に追いつめられ……私の脳はオーバーフローを起こした。
防衛本能がこの場にいてはいけないと判断する。だったらもう……逃げるっきゃない!
「みんな逃げるよ! エンカウントなしっ!!」
瞬間、リブレイズのメンバー全員がその場から姿を消す。
私にフィオナ、そしてキサナとスピカ。それに新しく傘下に入った歯車組の三人も。
突然姿を消したことに驚き、フェルナンディや聖教騎士団は目を白黒させている。
私は唇の前で人差し指を立て、会議室の外へみんなを誘導。十倍速ダッシュで騎士団詰所から一目散に逃げだした。
「りおりーっ、良かったんですかっ!? 殿下との話し合いを抜け出しちゃって!?」
「あの場にいたら頷くまで逃がしてくれなかったでしょ!? それに王子様のお願いを聞いてたら、私のやりたいことが出来なくなっちゃうよ!」
「でもお妃さんになっても良かったんじゃないか? あの様子じゃあ結婚したとしても、結構自由にやらせてくれた気がするぞ?」
「だからといって結婚するメリットもありません! それに断れない状況に追い込んで、自分の頼みを聞かせようなんて……ちょっとムカつきます!」
「ははっ、そりゃ違いねえ! だが王子のプロポーズを断っちまうなんて、おそろしく気持ちのいいリーダーの下に入っちまったぜ!」
「安心しろ、ナガレ殿。リブレイズに入った以上、これからは何度もそのような経験が出来るぞ。なにせリオはどんな状況にも縛られない、真の意味で自由な冒険者なのだからな!」
するとマキシマの肩に乗るアリアンナが、フィオナにジト目を向けながら言う。
「……なんで女騎士が得意げにしゃべってんのよ?」
「そんなの決まってますよ! フィオにゃんは私のことが大好きなんですからっ!」
「っ~~~! ああ、そうさ! 私はリオを敬愛しているっ、素晴らしい主が持てたことを、誇らしく思ってなにが悪いっ!」
顔を赤くしたフィオナが叫ぶと、みんなの顔に笑みが浮かぶ。
そして街道を駆ける私たちに、並走する大きな影が現れる。思わず空を見上げるとそこには、巨大な飛竜の姿があった。
「リオ、遅いから迎えに来たぞ!」
「ノボリュ君っ!」
ノボリュは地面スレスレまで降りてくると、駆ける私たちが飛び乗れるよう片方の翼を伸ばしてくる。
まずは
「次に乗るのはアリアンナ」
「え、ええっ? 本当に乗れんの?」
「大丈夫だよ、ほらっ!」
マキシマの肩に乗るアリアンナへ手を伸ばす。
するとアリアンナは不服そうな顔をしつつも、私の手を取りノボリュの翼へ飛び移った。
さて、残ったのは歯車男性二人組だが――
「……俺たちは乗らねぇよ」
「えっ、なんでよ?」
「マキシマたち、歯車組のみんなと、トライアンフ領を耕す。リブレイズと行くの、アリアンナだけ」
「で、でもっ!」
「アリアンナ、リブレイズと一緒に、ダンジョンや世界、冒険する。アリアンナは歳の近いリブレイズと、冒険するのが一番」
「か、勝手に決めんな!」
「……マキシマも、アリアンナと別れるの寂しい」
「私は寂しいなんて言ってない!」
「アリアンナがいて、うれしかった。……アリアンナ、娘の代わりになってくれたから」
「――っ!」
「マキシマといると、アリアンナ自由になれない。だからマキシマ、アリアンナと別れるべき」
「だから。勝手に決めるなって……!」
「勝手に決める、マキシマのこと、嫌いになっていい。でもアリアンナ、自分のこと、好きにならないとダメ」
「…………なれるかよ」
「なれる。なったら、マキシマはまたアリアンナに会う。その時はアリアンナ、マキシマに会いたくないかもしれないけど」
翼の先で背を向けるアリアンナは、わずかに肩を震わせていた。
二人がこれまでどのように助け合って来たかはわからない。だがこの別れが、二人にとって大きなものあることは間違いないだろう。私たちは事の成り行きを黙って見守ることしかできない。
すると口を閉ざしていたアリアンナは顔を拭い、声を張り上げて言った。
「は……最後の最後で、なに説教クサいこと言ってんのよ。なーにが自分のこと好きになれよ、鳥肌が立つっての」
およそ最後の会話にはふさわしくない言葉。
だがマキシマは憎まれ口を叩かれたことで、逆に安堵したかのような表情を見せた。
「自分の説教で人の生き方変えられるとか思ってんじゃないわよ。……ま、マキシマに言われなくたって私は変わってやるわよ。せっかく自由になれたんだしね」
「……そうか」
「そうよ、だからマキシマは畑仕事にでも精を出しておきなさい。マズい作物なんて作ったら、私が
「わかった。必ず美味しいの、作れるようになる」
「それと……」
アリアンナは一呼吸置くと翼の上で立ち上がり、マキシマに中指を立てて言った。
「誰が父さんのこと嫌いになってやるもんか、バーカっ!」
叫ぶと同時。
ノボリュが大きく翼をはためかせ、空へと巨体を押し上げる。
地上から離れ、どんどん小さくなっていくマキシマとナガレ。
アリアンナは長い髪をたなびかせ、いつまでも地上に立つ二人を眺め続けるのであった。
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