第135話 フェルナンディの栄光と凋落
「君がウワサに聞く、女盗賊のリオだね。うん、実物は映像で見るよりも格別に可愛らしい」
「え、あ、はぁ、どうも」
突然現れた美男子の賞賛に私はタジタジ。
だが当のフェルナンディは笑顔を崩すことなく、私に向かって美辞麗句を並べ立て続ける。
「君は雷撃のようにエレクシアに現れ、
「え、えへへ。いやぁ、それほどでもないような……あるような?」
しかし美男子耐性スキルのない私。ラブコメチョロインのごとく、ついつい持ち上げられて気持ちよくなってしまう。
「五十層ボスやキャッスルゴーレムに怯むことなく、リーダー自ら敵地へと飛び込むその勇気! どのような英雄譚よりも君の活躍には到底及ばない」
「あ、あっはっはぁ……やめてくださいよぉ、そんな褒められると照れちゃうじゃないですかぁ」
「なるほど、それが君の照れた顔か。もっと近くで見せておくれよ」
「え、えぇっ……?」
いつの間にかフェルナンディの顔が目と鼻の先にあった。
女殴ってそうな男、が第一印象だったとはいえ顔の造形は優れている。
自尊心をくすぐられたこともあり、私はフェルナンディの目を思わず見つめ返してしまう。
そして間近に迫ったフェルナンディが、続く言葉を口にしようとした瞬間――スピカの大声が響きわたった。
「あーーーっ! おんな殴ってそうなにーちゃんだ!」
「ブーーーーーーッ!!!」
先ほど同じことを考えていた私は、思わずその場で吹き出した。
すると必然。フェルナンディの顔に私のおつゆが満遍なく散布される。目の前の美男子は、笑顔のまま硬直してしまった。
(―――はっ!? 私はいままでなにを!?)
夢見心地な気分は吹き飛び、先ほどまで自分を見失っていたことを自覚する。
だが、もう大丈夫。
私は しょうきに もどった!
そうして正気を自覚すると、会議室の空気が冷え切っていることに気付く。
セドリックや騎士団は顔面蒼白、フェルナンディはいまも ( ◜◡◝ )な顔で硬直中だ。どうやら私のおつゆには
「す、すいませんっ! ついスピちゃんの言うことが面白……じゃなく、斬新な発想に満ちあふれていたので」
「……ああ、僕は気にしてないよ。それとスピカ様、お久しぶりですね」
「よっ、にーちゃん! 元気してた? 相変わらずおんな殴ってんの?」
「殴ってませんよ。これまでもこれからも、性別問わず人に手を上げることはありません」
「そっかぁ、にーちゃんも成長したんだねぇ」
「 ( ◜◡◝ )」
スピカの投げやりな返事に、フェルナンディは変わらない笑顔を向け続ける。表情は変わらないものの、なにか言いたげなオーラを放つようになったと感じるのは気のせいだろうか?
「っていうかスピちゃん、この人と知り合いなの?」
「知ってるよー! 本聖堂の祭典とか、初代大聖女の生誕祭によく来てたからね!」
「へえ。そんなにたくさんの祭典に参加されるなんて……ずいぶん敬虔な信徒さんなんですね?」
「はは、そうだね。まあ僕の場合は立場上、参加せざるを得ないところもあるけど」
「立場上?」
「ええ。さすがにエレクシア王室に名を連ねる者が、祭典をないがしろには出来ませんから」
「……王室?」
「にーちゃんはおんな殴ってても、おうたいしだからね!」
「殴ってませんよ、スピカ様」
またもテンプレスマイルで応えるフェルナンディ。
だが私は王太子という言葉を聞いて、先ほど聞いた彼の本名を思い出す。
名前は確か、フェルナンディ・フォン・エレクシア。
姓がエレクシア、ということはつまり――
「え、ええええええっ!? フェルナンディさんって、王子様だったんですかぁ!?」
私は驚きのあまり大声で聞き返す。
「えっ? ああ、うん。というか今、気付いたんだね……」
笑顔で答える彼の表情にも、少しばかり困ったような変化が生まれていた。明らかに残念な人のことを見る表情だ。
(いやいやいや! っていうか思いっきし王子様の顔に、ツバ吹きかけちゃったんだけど!?)
ようやく私は自分のした大失態に気付かされる。
「ご、ごごごごめんなさい!? さっきからずっと失礼なことばかりしちゃって!? さっきのってやっぱり不敬罪ですよね!? おつゆ飛ばしは暴行罪!? となれば確実に死刑!?」
「……いや、気にしなくていいよ。僕もあれくらいで怒ってたら、周囲に示しがつかないからね」
やや引きつった表情をしつつも、フェルナンディは笑って私を許してくれた。
王太子直々のお許しが出たことで、周囲の聖教騎士団が一斉に安堵する。彼らが顔を青くしてた理由にすら気付かないポンコツですみません……
「だが、その代わりと言ってはなんだけど……さっきの提案は前向きに考えてもらえるかな?」
「さっきの提案って言いますと?」
「決まってるだろう。僕と結婚しようって話さ」
「あ~なるほど。結婚ね。はいはい……って、はいぃ!?」
先ほどからオーバーリアクションの止まらない私。だがフェルナンディの提案に驚いたのはもちろん私だけじゃない。
「り、りおりーが王子様と結婚!?」
「……ひゅう。まさか新オーナーがお
「ええええっ!? リオ、結婚するの!? にーちゃんに家庭内暴力振るわれるの!?」
「結婚しないよ! 殴られないよ! っていうかスピちゃん、さすがにライン越えてない!?」
いくら相手がニコニコ王太子とはいえ、DVキャラ扱いし過ぎである。ちなみにフィオナは突然の縁談に、アゴが外れたように大口を開いていた。
「っていうか、どうしていきなり結婚なんて話になるんですっ!?」
「そんなの簡単だよ、僕が君に一目惚れをしてしまった。それだけの話さ」
「いやいやいや! 私たち今日会ったばかりじゃないですか!?」
「ドラゴパシーや
「……か、仮にそうだったとしても! 平民盗賊の私と王子様じゃ、全然釣り合ってないですよ!」
「そうかな? たった半年ほどでSランクダンジョンを踏破した君となら、釣り合わないことはないんじゃないかな?」
「い、いや。それでも……」
「もし立場の違いが気になるなら爵位を授けよう。今や君は国民的ヒーローだ、反対する人なんて誰もいないだろうね」
結婚に爵位。なんだか現実味のない話が次々に飛び込んでくる。おかしいな、私はただクラジャンをプレーしていただけのはずなのに……
とりあえず、一度冷静になろう。
私は久しぶりに真面目リオちゃんの知恵を総動員し、現在の状況について知恵を振り絞る。
――まず確実に言えるのは、この結婚は政治的な判断によるものだろう。
図らずとも有名になった私を、婚姻でエレクシアに縛り付けるのが目的に違いない。
人に行動を縛られるつもりはない、それに領地もニコル周辺に構える心つもりだ。
エレクシア王子と結婚なんてしたら、他国に領地を持つ許可なんて下りるはずがない。他人の都合で望みを変えられるなんて、まっぴらごめんだ。
それに私はお妃様になりたいと願うほど乙女じゃない。薄暗いダンジョンで十数時間、スティールアンドアウェイを楽しめる根暗である。
そんな私がお妃様として、エレクシア国民に笑顔で手を振ったりできるだろうか? そんなのムリムリ、考えるまでもない。
ついでに爵位についても考えてみる。
爵位をもらえば楽に領地経営を進められるかもしれない。が、爵位なんてシステムはクラジャンに存在しなかった。
それすなわちチートである。つまり爵位をもらってしまうと、領地経営の楽しみが損なわれるかもしれない。
考えれば考えるほど結婚のメリットが薄れていく。う~ん、やっぱり結婚はないな。
ということで断った。
「ごめんなさいっ! すごく嬉しいご提案ですが、私にはお受けできません!」
「……えっ?」
フェルナンディの笑みに、初めて明確な動揺が広がった。
その動揺は周囲で見ていた人たちにも伝播し、またも会議室の空気は冷えていく。
それもそうだろう。
なぜなら私は人前でプロポーズを断ったのだ。――つまり一国の王太子に恥をかかせたことになる。
だがフェルナンディは出来る限りの平静を装い、こう聞き返してきた。
「ど……どうしてだい? 君にとっても悪い提案じゃないと思ったんだが……」
「もちろん提案自体は身に余るほど魅力的です。でも私にはどうしても譲れないことがあったので……」
「一応、聞かせてくれないかい? もし僕が飲めるような条件であれば、聞いてあげられるかもしれないし」
「私はスタンテイシアに領地を持ちたいんです。だからエレクシアを代表する殿下と縁を結ぶことは……できません」
その言葉を聞いた瞬間。フェルナンディとセドリックの表情が驚愕に彩られる。
――なぜならそれは、リブレイズという戦略級クランが他国に根付くことを意味するからだ。
先の映像でリオはバハムートを乗りこなし、フォールインパクトで
空をも支配する力を持つクランが他国に流れる。それは国家間の力関係を逆転させかねない、超重要な戦略情報だった。
「……そ、そうだったんだね。ちなみに場所はスタンテイシアの、どのあたりに?」
「国境近くのニコル周辺を考えてますね。リブレイズのルーツはニコルにありますし、エレクシアにも近くて便利ですから」
――またもフェルナンディとセドリックに衝撃が奔る。
国境のすぐ側に戦略級のクランが拠点を築くということは、他国の軍事施設が目と鼻の先に建設されるようなものである。
しかもスタンテイシア国境と隣接した町・サンキスティモールは、
もしリブレイズがサンキスティモールの併合を打診すれば、きっと二つ返事でその土地を明け渡してしまうだろう。
またサンキスティモールの北にあるクラン領地・あたたか牧場も、リブレイズと縁の深いクランだ。
特注ダンジョンの効果的な運用で大きな収益を出しており、領地はここ数ヶ月で三倍にまで膨れ上がっている。しかもその運用アドバイスはリブレイズが出していたという話ではないか。
これほどの影響力を持つリブレイズが、国境沿いに領地を持てば……これらの地はリブレイズ属する、スタンテイシアとの繋がりを強固にするだろう。
その上、フェルナンディたちはまたも信じられないことを耳にする。
「スピカもさんせー! エレクシアは飽きちゃったし、肥溜めみたいな本聖堂とは永遠に距離おきたーい!」
――もはや目まいでブッ倒れてしまいそうだった。
このままでは国の英雄どころか、大聖女まで他国に持っていかれてしまう。大聖女に背を向けられた聖教国が、一体どうやって国民の信頼を勝ち得ればいいのだろう?
ただでさえトライアンフと繋がっていた中央の汚職により、エレクシアの政治基盤は危ぶまれている。もはや戦略的優位などという話ではなく、いまが国家崩壊の瀬戸際ともいえる状況だ。
……ここまで来たら、なりふり構っていられない。
婚姻や爵位でリブレイズを引き止められないのであれば、こちらが下に出るしかない。
切れるカードをすべて切ってでも、リブレイズとの関係を断ち切ってはならない。
そう考えたフェルナンディは――床に膝をついて頭を下げ始めた。
「た、度重なる一方的な提案をしてすまなかった! ようやく窮地に陥っていたのは、こちらだということに気が付いた。だから……頼むっ、僕たちを見捨てないで欲しい!」
「……はい?」
なんかずいぶんと話が飛躍したな。
こちらが失礼を働いたつもりだったのに、なぜか勝手に窮地に陥ったことを自覚し始めてしまった。
「僕が君の婚約者になるだなんて、とんでもない! ……そうだ、僕は君の愛人になろう、いやペット、もしくは奴隷でもいい!」
「お、お気を確かに……?」
「だから頼むっ! 僕らを、エレクシアを見捨てないでくれぇっ……!」
突如、ご乱心されたフェルナンディの土下座を、私たちは困惑の表情で見下ろすのだった。
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