第134話 歯車組のこれから

 ――歯車組が残ったトライアンフを買収する。


 そんな私の提案を聞いたナガレは、信じられないといった表情で捲し立てる。


「お、おいおいおい!? 俺たちみたいな先の見えないクラン、買い取ってなんの意味があるんだよ!?」

「意味なんかありまくりですよ。だって最初からSランク冒険者が三人と、二百人近い生活種の人がついてくるんですよ? 結構な優良物件だと思いますけど」

「……考え方によってはそうかもしれねぇが、立て直すには十分な金と時間がいる。それに立て直せたとしてもリオが期待してるような、立派な領地になるって保証はどこにもないだろ!?」

「投資に成功の保証なんてあるわけないじゃないですか。っていうか、これからみんなを引っ張っていこうって人が、そんなマイナス思考でどうするんですか?」


 指摘を受けたナガレは、冷や汗をかいて黙り込む。その怯んだ隙を見逃すまいと、私はナガレに追い打ちをかける。


「それに私達にはトライアンフを見捨てられません。だって私たち同盟クランの間には、手を貸さなければいけない義務がありますから」

「……手を貸さなければいけない義務? って、まさか!」


 聡いナガレは気づき、思い出す。


 同盟を交わす際に仕込んだ、罠のような条項の一節を。


 飛竜タクシーの経営権を奪い取るため、ルキウスが悪意を持って盛り込んだその文言は――


「……どちらかのクランが存亡の危機に陥った際。同盟クランは善意を以って、相手方の仕事を引き受ける義務を要す」

「はいっ! すなわち存亡危機に陥ったトライアンフを、リブレイズが仕方なーーーーーく助けてあげます! ですが私に善意はないので、ドサクサに紛れて買収します! トライアンフは今後、リブレイズ傘下のクランとして健全な活動をしてくださいねっ?」


 私が人差し指を突き付けながら言うと、ナガレは観念したような表情で静かに笑い始めた。


「……ははっ、そこまで言われちまったら仕方ねえな。新しいオーナーの期待に応えるため、いっちょ気合い入れて立て直してやるか!」

「期待してますよっ!」


 私はトライアンフの新リーダーと視線を交わした後、円卓に乗せられていたドラゴパシーを手に取った。


「ということでトライアンフを買収することにしました! いいですよねっ、レファーナさん?」

「……はぁ、黙って聞いておればトントン拍子に話を進めおって」


 ドラゴパシーの画面にはため息をつくレファーナの姿が映っていた。その横にいるガーネットはニコニコ嬉しそうに笑っている。


「アチシが反対したところで、心変わりするつもりはないんじゃろう? であれば好きにするが良い、リブレイズのリーダーはリオなんじゃから」

「やった! レファーナさん大好きっ!」

「……お主の大好きは安いのう」

「そんなこと言って~、嬉しいくせに~~~?」


 私がウザ絡み気味に言うと、レファーナは呆れた顔で画面からフェードアウト。するとニコニコ笑顔のガーネットが、弾んだ声でこんなことを言ってくれた。


「リオさんのしようとしてること、とっても素晴らしいと思います! 私、リオさんの仲間になれて良かったなぁ、って思っちゃいました!」

「もぉー、ガーネットさんはいつも嬉しいことばかり言ってぇ! 本当に大好き! 食べちゃいたいくらい!」

「た、食べるなんて恐ろしいこと言わないでくださいよぉーっ!」


 相変わらずの><フェイスでガーネットが困っている。


 うーん、やっぱりガーネットさんとの会話は癒される。早くニコルに帰って現物と触れ合いたい!


 私がメロメロ気分でドラゴパシーを眺めていると、詰所の探索に飽きたスピカが会議室へとやって来た。


「もーっ、リオー? いつまで会議室で遊んでるのー? じけんは会議室じゃなくて現場で起きてるんだよ~?」

「ごめんね、スピちゃん。でもいいニュースがあるよ!」

「いいニュースってなに? 本聖堂が地盤沈下で崩落コラプスった?」

「なんと! アリアンナが今日から私たちの仲間になりましたー!」

「え~!? ホント、アリャリャンナと一緒に冒険できるの~!?」

「ハ、ハァ!? 私はアンタたちの仲間になるなんて言ってないだろ!」

「わーいわーい! アリャリャンナ~!」

「ええい、くっつくな、まとわりつくな! ぶっ殺すぞ!」

「イキがってるリャンナ、かわい~」

「絶対に殺す!!!」


 アリアンナは物騒な言葉を叫び続けるも、スピカの言う通りイキっているようにしか見えない。


 とはいえ周囲に控える騎士や衛兵は、気が気ではなさそうだ。


 子供のじゃれ合いにも見えるが、アリアンナはチームゴールドの戦闘種だ。取り押さえるため動くべきか、じゃれ合いと見過ごすべきかの判断で表情がバグっている。


 とはいえ本気で取り押さえようとしたところで、騎士団にアリアンナが抑えられるかは微妙だけど。


 するとスピカを引き剥がしたアリアンナが、ナガレに向かって鋭い声で聞く。


「っていうかさ! 本気でリブレイズの傘下に加わるつもりなの!?」

「俺たちが自活できるなら世話になる必要もねえが、ここまで言われて引き下がる理由もないわな」

「本気!? 私たちはずっと人にコキ使われて生きてきたのよ。また別のリーダーの下に入って、良いように使われるとか考えたりしないの!?」

「少なくともリオはそういう人間じゃないだろう」

「どうしてそんなことが言い切れるのよ!」

「信じられるに足ると、そう思えたからだ。それはお嬢だって同じだろ?」

「ハァ!? 私がいつ盗賊を信じたのよ!」

「だって地上に戻ってきた時、お嬢はバハムートでリオと共闘してたじゃねえか。好き嫌いの強いお嬢が、信じられない相手に力を貸したりしねぇだろ?」

「あっ、あれはルキウスのクソを倒すため仕方なく……」

「でもリオならルキウスをヤれると信じたから手を組んだ。そうだろう?」

「……くっ!」


 アリアンナが奥歯を噛み、悔しそうな表情で背を向ける。するとナガレがバツの悪そうな表情をしながら、間延びした声で聞いてくる。


「お嬢も心配してるから一応聞いとくが、リオは俺たちにどんな活動を期待してるんだ?」

「え? 好きにやってもらって構いませんけど?」

「……いやいや。せっかく金を出してクランを傘下に加えるんだ、自分の意思を反映させたいもんだろ。たくさんの冒険者を輩出したいとか、鍛冶師や錬金術師を集めて工業領地を作りたいとか」

「確かに役割を持たせるのも楽しそうですが、私は純粋にナガレさんたちの作るクランを見たいんです」

「俺たちが作るクラン?」

「はい。ナガレさんたちはこれまで抑圧された環境の中で生きてきました。でしたら今度は自分のやりたいことを、やりたいようにやって欲しいって思うんです。ちなみにナガレさんにはやってみたかったことって、ないんですか?」


 するとナガレは顎に手を当てて、じっくりと考え込む。そして――


「だったら俺は……農業をやってみたい。持ってる才能はさむらいだが、戦いのヒリついた空気はもう十分に経験した。しばらくは地上でのんびり、自然の中で生きてみたい」

「いいじゃないですかっ! それに農夫の才能くらいなら、誰かがお安く継承してくれますよ!」

「だがこれはあくまで俺だけの意見だ。これから歯車連中のアタマをやるんなら、他の連中の意見も聞かねえと……」

「マキシマはナガレの提案に賛成する」

「……いいのか?」

「マキシマも、しばらくは戦いと無縁で、過ごしたい。それに、荒れた土地を耕すなら、マキシマの力、きっと役に立つ」

「――国としてもトライアンフ領が農園になるのは歓迎だな」


 しばらく話を静観していたセドリックも、ナガレたちの話に賛同する。


「魔族領と隣接する北部には農地が少なく、兵糧の輸送コストがたびたび問題になっている。エレクシア北東に位置するトライアンフ領が農地になれば、今後は国との取引が発生する可能性さえあるだろう」

「……思いのほか、話がまとまってきたじゃねえか」

「いいじゃないですか。やっちゃいましょうよ、農業!」

「ここまで来たら前向きに考える価値はありそうだな。……お嬢はどうする?」

「別に。なにをするにしてもルキウスの下よりはマシでしょ。他に行くとこなんてないし、ナガレがそうしたいなら好きにすればいい」

「でもなあ。お嬢にゃ農業は退屈かもしれねえぞ?」

「そうね、だったら私は一人でダンジョンにでも潜ろうかしら。別に農業クランを作るからって、全員が農業をやる必要はないでしょ? 私はアンタたちと違って戦いに飽きてないし」

「だからって一人でダンジョンに潜らせるワケにも行かないだろ」

「は? 余計なお世話だし。いまの私なら一人でもSランクダンジョンくらい……!」

「だったらマキシマに、いい考えがある。アリアンナ、ダンジョンに潜りたいなら、リブレイズと、旅すればいい」

「ハ、ハァ!? ありえないんだけど!」

「いや名案だろ」


 アリアンナが裏返った声で否定するものの、ナガレは腑に落ちたといった顔で肯定する。


「リブレイズは俺たちより遥かに格上だ。お嬢が冒険者を続けるつもりなら、これ以上ない相手だと思うが?」

「だからって……こいつらじゃなくてもいいでしょ!? それに私はリブレイズを本気で殺すつもりだった。こいつらだって、きっと――」

「私は、構わないぞ」


 真っ先に返事をしたのは、扉の前に立ち続けるフィオナだった。


「私のドレスアーマーは魔法防御に優れた最高の防具だ。しかしアリアンナ殿の放つ攻撃魔法は強力で、それでも致命傷を負わされてしまうほどであった。そんな強力な冒険者が仲間になるのなら、私は賛成だ」

「ど、どうしてアンタが賛成するのよっ! 私は不意打ちでアンタのことをっ!」

「それはもう過ぎた話だ。今のアリアンナ殿は私を、リブレイズを害さない。それがわかっているからこそ、私はアリアンナ殿を歓迎する」


 フィオナが柔らかく目を細めると、アリアンナは信じられないと言った表情で目を泳がせる。


 呆然とフィオナの顔を眺め、後ろずさろうとした足をよろめかせたところを――マキシマに抱きとめられる。


 どこか焦燥した表情のアリアンナは、マキシマの腕に黙って縋りつく。感情の整理が追いついていない、そんな様子だった。



 ……アリアンナは感情表現の強い女の子だ。


 だからこそ自分も同じ感情をぶつけられるのが、当然と思っていたのかもしれない。


 もしそうだとしたら、アリアンナは怖かったはずだ。自分がリブレイズにどんな感情を向けられているのか。


「……私たちはアリアンナのこと恨んだりしてないよ? もし私たちと旅をしたいって思ってくれるなら、ちゃんと歓迎するからね?」


 そう声をかけると、アリアンナはくしゃりと顔を歪めて背を向けた。小さな肩を抱くマキシマは一言「席、外す」と言って、アリアンナと会議室を後にした。


「……色々と気を遣わせちまって悪いな」

「いえ、無理もないことですから」

「本当になにからなにまで世話になってばかりだ。もうリオを年下の嬢ちゃんだとは思えねえよ」

「ふふっ! 仮にも私はトライアンフを購入した、オーナーですからねっ!」

「そうだな。すると呼び方も考え直さなきゃなんねえな……旦那?」

「ちょっと!? レディに向かって旦那はないんじゃないですか?」

「じゃあ奥様?」

「結婚もしてませんけど!」

「――じゃあ僕と結婚するかい?」

「えっ?」


 いつからいたのだろうか。


 栗色の長い前髪の男性が、にこやかな表情で円卓の一席に腰かけていた。


 端正な顔立ちに、白を基調としたエレガントな軍装。アイドルのようなキラキラを放つ姿は、とてもじゃないが一般人だとは思えない。


「ようやく会うことが出来たね、リブレイズのリオ。僕はフェルナンディ・フォン・エレクシア。君の活躍に惚れこんだ、通りすがりのファンだよ」


 まるで絵画の中から飛び出したような美男子を前に、私はこんなことを思ってしまった。


 女殴ってそうな顔だなあ、と。

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