第133話 いつでも大変なのは戦後処理

 キャッスルゴーレム討伐後、トライアンフ領は聖教騎士団に制圧された。


 それに伴い、ルキウス・アルフレッド・オーウェンの三名は即日逮捕。


 彼らにはエルドリッヂの開発した『スキル封じの手錠』が使用され、聖教騎士団の地下牢に幽閉されている。


 他にもリブレイズ襲撃に加担したと見られる、マキシマ・アリアンナ・ナガレの三名も身柄を拘束。


 だがマキシマたちは手錠による特殊拘束は行われていない。全員がおおむね捜査に協力的で、歯車組と呼ばれる特殊な立場を鑑みてのことだった。


 そしてトライアンフのスポンサー、オルコット伯爵も当然ながら逮捕。


 職権乱用と贈賄ぞうわい、また汚職に手を染めた職員も多数検挙されている。これにより中央の組織は抜本的改革を余儀なくされ、公正な運営を取り戻すためエレクシアの国力は一時停滞することとなった。


 しかし各組織のトップが改革に尽力したことから、国民から大きな反発運動を起こされることはなかった。


 だが政治的空白が生じたことによる相対的衰退は免れない。周辺国はこれに乗じて国力の増強に努め、またエレクシアからの移民を受け入れる動きが活発化した。


 後の歴史学者は『この日を境に、国家間の勢力図が変動した』と語っている。


 

 ……と、話は逸れたが私たちは今を生きる冒険者クラン。


 特に小難しいことは考えてない私達リブレイズはその日、騎士団詰所に一泊させてもらうことになった。


 さすがにこれだけの騒ぎになった以上、騎士団からの事情聴取はやむを得ない。しかし多数のケガや体力の消耗を考えて、すべてを翌日に回してもらうことになった。


 詰所の客室と聞いていたから特に期待はしてなかったけど、詰所の客室は貴族の寝室を思わせるような豪奢な造りの部屋だった。


 だがきらびやかな家具の数々に浮かれることもなく、私たちは爆睡。


 たった一週間の探索ではあったものの、あまりにも濃い日々が続いて誰もがクタクタのヘロヘロだった。


 そして翌日。体力を回復させた私たちは、聖教騎士団の事情聴取に付き合うことになった。


 呼び出されたのは稽古場が見える、聖教騎士団の会議室。中央に円卓のある部屋で、騎士団長のセドリックと向き合っていた。


「この度はトライアンフの検挙。およびルキウスの動乱を鎮めてくださり、誠に有難う御座いました」


 セドリックが頭を下げると、背後に控えていた数人の騎士も頭を下げる。


「あ、頭を上げてくださいっ!? 成り行きでたまたまそうなっただけですから!」

「しかし貴女に手を貸していただけなかったら、どれだけの被害が出ていたか想像もつかない。聖教騎士団を代表し、心より感謝申し上げます」


 大の大人たちに頭を下げられてしまい、私はタジタジ。お礼を言われているはずなのに、こっちが申し訳なくなってしまう。


 するとそんな私の動揺に気付いたのか、フィオナがわずかにほくそ笑む。そして動揺する私に代わって、フィオナが毅然とした態度で前へ出る。


「騎士団の皆様、顔を上げてください。我々の主、リオは騎士団の尋問に応じるためここへ来たのです。ですが不必要に時間を取らされるようであれば、早々に辞することも考えなければなりません」

「ちょっ!? フィオナさん、なんてこと言うんですか!?」

「……そちらの方の言う通りだ。我々のような者のために、英雄の時間を奪うのは忍びない。大変失礼いたしました」

「別に私、英雄なんかじゃありませんけど!?」

「いや、貴女は英雄だ」

「その通り、リオ様は英雄です」

「う、うす……」


 二人の同調圧力に負け、半強制的に同意させられる。こんな弱い英雄おる?


「改めまして、私はセドリック。69代目エレクシア聖教騎士団長の任を仰せつかっている者です」

「リ、リブレイズのリオです。生まれはスタンテイシア、好きな言葉はフルドロップです……」


 セドリックと軽く握手を交わし、向かい合わせに腰掛けた。


 キサナは私の隣に座り、フィオナは定位置である扉の前に立つ。ついでに騎士団の所持していたドラゴパシーは、私のすぐそばに置かれている。


 このドラゴパシーはレファーナに繋がっており、会議の様子を炎竜団ハウスで聞いてくれている。


 ちなみにスピカは連れてきていない。


 大人の話し合いなんて子供にはつまらないだろう、ということで騎士団詰所の中を探検させている。


「まずはSランクダンジョン踏破、お見事でした。私も戦闘種の才能を授かる一人の人間として、リブレイズの戦いぶりには心酔させられてしまいました」

「ホ、ホントですか? そう言われるとなんか恥ずかしいですね……」

「アルフレッドに放った必殺技もそうですが、バハムートで空を駆ける姿には思わず胸が高鳴ってしまいました」


 そう語るセドリックの言葉には熱が籠っており、目には少年のような純粋な輝きがある。どうやら彼はおべっかを口にしているのではなく、本心を語ってくれているらしい。


 それを悟った私は嬉しくなってしまい、状況や立場も忘れて素の返事をしてしまう。


「いや~わかってくれます!? 竜騎士は移動のために取った才能だったんですが、バハムートに乗れるなんて夢にも思いませんでしたよ!」

「しかもそこから繰り出される竜騎士のスキル、フォールインパクト。二刀流という特性を生かし、二つの爆風を巻き起こすなんて……この広い世界であのような芸当が出来るのは、リオさんを置いて他にはいないでしょう」

「そ、そんな持ち上げないでくださいよぉ! でも竜騎士が使える才能だってわかったので、今後は竜騎士のマスタースキルもっ――」


 ウォッホン!


 フィオナのわざとらしい咳払いが会議室に響きわたる。……っと、どうやら話がだいぶ脱線してしまったようだ。


 人前で自分語りをしてしまって恥ずかしい。が、セドリックも部下の前で醜態を見せたと恥じらっていた。


 聖教騎士団長の恥じらった表情、これは中々のズキュン案件では???


 ――と、互いに落ち着いたところで話は本題に。


 議題はもちろん、トライアンフのことだ。


「既に話には聞いているかもしれませんが、我々はエルドリッヂの映像魔道具を通し、トライアンフが凶行に及ぶ現場を目撃していました。リブレイズの皆さんも、トライアンフから襲撃を受けたことは……認められますね?」

「はい、私たちは確かに襲撃を受けました。ですが私たちは歯車組を罪に問うつもりはありません」

「実際に危害を加えられていても、ですか?」

「はい。ですよね、フィオナさん?」


 話を振られたフィオナはわずかに瞑目した後――晴れやかな表情で頷いた。


 チームゴールドから奇襲を受けた際、一番大きなケガを負ったのはフィオナだ。


 アリアンナのイクリプスによって、痛々しく肌を裂かれた光景はいまも目に焼き付いている。


 だからこそ戦闘が終わった後も、フィオナはアリアンナのことを警戒し続けていた。


 なぜならアリアンナからは反省するような態度も、謝罪の言葉もなかったから。


 トゲトゲしい態度もそれに拍車をかけている。ナガレやマキシマとは違い、アリアンナは一人でも暴れだすのではないかという危うさを覗かせていた。


 それでもフィオナは、アリアンナをゆるした。


 キサナがアリアンナに優しく接する姿を見て、憎むことしかできない境遇にあったことに気付けたから。


 もちろん謝ってもらうのが一番ではある。だが謝られなければ赦すことが出来ないわけじゃない。


 それにアリアンナの心はまだその段階にない、まずは自分が助かったと思うだけの時間が必要だ。


「歯車組に所属していた人たちは、ルキウスに従って仕方なく行動していただけです。だから私は彼らが早く解放されることを望んでいます」

「そうですか。襲撃を受けたリブレイズがそう言うのであれば、我々もそれを踏まえた判断をしなければなりませんね」

「じゃあ……?」

「我々もトライアンフというクランの異常性は理解しています。被害者であるリブレイズの方々が赦すと仰るのであれば、我々も彼らを自由にしたいと考えています」

「よ、良かった……」


 私が安堵すると同時、フィオナとキサナも大きく息を吐く。


 その様子を見たセドリックは困ったように笑い、付け加えるようにこんなことを言った。


「しかし子供の頃から意思を奪われ続けてきた歯車組が、いきなり自由を与えられても生きていくのは難しいでしょう。そのため今後のことについて、リブレイズにいただきたいのです」

「協力、と言いますと?」

「その説明をする前に、彼らにも合流してもらいましょう。――入ってくれ」


 セドリックが背後に声をかけると、ナガレを先頭にマキシマとアリアンナが入ってきた。


 三人には拘束された様子や目立った外傷はない。三人の無事な姿が見れて、ひとまずはホッとする。


「既に聞き及んでいるかもしれませんが、ナガレ氏には歯車組の人たちを社会復帰させようとする意志があります。そのため国はナガレ氏をトライアンフの臨時リーダーへ任命し、残された歯車組の監督責任を持ってもらうことにしました」


 ナガレはいままでにない真剣な表情で、セドリックの言葉を黙って聞いている。どうやらナガレたちの中では既に決着している話のようだ。


「そして国が接収したトライアンフ領は、ナガレ氏率いる歯車組に貸与すると決まりました。あの地は魔物が這い出したことにより荒れ地となったため、この地の整備を条件に滞在許可を出したのです」

「でも滞在する土地があっても、歯車組って結構な人数がいませんでしたっけ?」

「はい。我々が保護した歯車組は、二百人をゆうに超えています」

「二百人!?」


 想像していたより遥かに多い人数だ。すると当然、一つの疑問に行き当たる。


「ちなみに彼らを食べさせるためのお金は?」

「……残念ながら、そこまでは譲歩できません。あくまで彼らに土地を貸与したのも『無償で土地を整備させる』という名目ですから」


 ――ルキウスの逮捕と同時に、トライアンフの財産はすべて国に没収された。


 その財産はルキウスによって被害を受けた人たちに、補償金として割り振られることが決まっている。


 無論、歯車組も被害者だ。しかしトライアンフの一員でもあった彼らには、一般の被害者より優先させて分配するのは難しいとのことだった。


「だからと言って荒れた土地だけ与えられても……」

「はい。なのでリブレイズに協力いただきたいのです」

「……協力?」

「はい。時にリオさん、あなたはSランクダンジョン、桜都の踏破報酬として3億クリルのクエストを受注しておりましたよね?」

「確かに受けてましたけど……ルキウスの財産が没収されたなら、私たちに回ってくるお金なんてありませんよね?」

「いえ、それは優先的に支払いさせていただきます」

「えっ? いいんですか?」

「冒険者は世界の宝です。どんな状況であれ報酬が支払われなければ、冒険者業界の隆盛に水を差してしまう。だからどんな事態になっても、その約束だけは違えることがあってはなりません」


 ……ということで。セドリックが国から預かっていた3億クリルを、その場で送金してもらった。しかも――


「そして動乱を収めていただいたお礼として、国から1億クリルの報酬も出ております。どうかお受け取りください」

「ええっ!? 急にそんなこと言われましてもっ!?」

「ルキウスの検挙に協力いただき、キャッスルゴーレムの討伐にもご尽力いただいた。是非ともお受け取りいただきたい」

「えっと、それ自体は嬉しいのですが……これとトライアンフの協力に、なんの関係があるんですか?」


 先ほどまでトライアンフの話ばかりしていたのに、なぜかリブレイズが多額の報酬をもらう話にシフトしている。


 それが純粋に不可解だったので、そう聞き返したのだが……セドリックは視線をあさってのほうへ向け、どこか白々しい態度でこんなことを言った。


「もちろん直接は関係のないお話ですよ? ですがリブレイズの皆さんは襲撃にあったとはいえ、トライアンフの方々をお許しになったと伺いました。……なので、報奨金の使い道は皆様にお任せしたいと考えています」

「……あっ、なるほどっ!」


 セドリックの言わんとしたことをようやく理解し、私はポンと手を打った。


 要はこのお金で歯車組を助けてやれ、ということだ。


 歯車組はルキウスの被害者であってもトライアンフの一員だ。それなのに国から歯車組に資金援助が発生すれば、国民から批判を受けるかもしれない。


 だが被害者でもある私たちが、彼らに救いの手を差し伸べるなら構わないだろう。


「い、いやいやいや! 俺たちを抜きに話を進めないでくれよ!?」


 私とセドリックが満足そうに頷き合っていると、意図を読み取ったナガレが慌ててツッコんできた。


「俺はルキウスを出し抜くために、タダでリブレイズの手を借りちまったんだ。それなのに資金援助までされちまったら……俺はどうやって恩を返したらいいかわからねぇよ」

「なに言ってるんですか? 私はナガレさんたちに資金援助なんてしませんよ?」

「え? ……あ、ああ、それなら別に構わねえんだが」

「当たり前じゃないですか、私だって強欲な冒険者です。だからなんてしません、買うんです」

「………………ん?」

「歯車組が残ったトライアンフ。その残ったクラン経営権を、全部私に売ってください!」

「……はああああああ!?」

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