第132話 即死耐性のないヤツが悪い!

 リオがキャッスルゴーレムに着地した頃、地上での戦いは完全に終わっていた。


 理由は使役したルキウス本人が、戦闘不能に陥ったのが原因だ。


 調教師に使役された魔物は、術師の魔力供給バックアップによって強化・稼働する力を得ている。


 だがルキウスはもういない。術師を失った魔物は戦力を半減させ、騎士団によって瞬く間に鎮圧させられたのだった。


 しかし油断はまだできない。


 なぜなら本命の魔物であるキャッスルゴーレムは、今も無傷に近い形で立っている。


 地上での戦いを終えた聖教騎士団は、固唾を飲んでリオとゴーレムの戦いを見守っていた。のだが……


「な、なあ。あれ、なにやってるんだ?」

「……さあ? 高ランク冒険者の考えることなんて、俺にはわかんねぇよ」


 先ほどからリオはゴーレムの上をぴょんぴょんと跳ね回っている。


 一向に攻撃しようとする様子もなく、追い払おうとするゴーレムの腕を避けてばかり。リオの目的がわからない聖教騎士団の頭には、無数のクエスチョンマークが浮かんでいた。


 この場でリオの意図を理解できたのは、フィオナとキサナくらいのものであった。


「……りおりー、平常運転ですね」

「アレのおかげでリブレイズの財政が成り立ってるとはいえ……の少しは人目を考えてもらいたいものだな」


 地上での戦闘が終わったことで、聖教騎士団の全員がリオの奇行を見上げていた。


 もちろんこの場にいるのは聖教騎士団だけじゃない。


 保護されたトライアンフの生活種や歯車組、王太子にセドリック団長。ナガレとマキシマ、アリアンナも。


 全員がポカーンとした表情でリオの奇行、もといスティールアンドアウェイを眺めていた。


 そして誰もが忘れていたことだが、アリアンナの胸にはドラゴパシーが取り付けられたままである。


 しかも配信は五十層の戦いから点けっぱなし。そのためリオの奇行は、各主要都市に配信されていたのであった。


 ゴーレムの頭と両肩を、左へ右へ。リオの反復横跳びを百万人以上が眺めるという、世界規模の珍事が発生していた。


 そして……


「よーーーしっ! ようやくゲット、地母ちぼしんのローブっ!」


 地母神のローブ(S)は回復魔法と土魔法の威力を上げられる、優秀な魔導士用防具だ。


 素の防具としても十分に有能だが、錬金先も複数あるので腐ることはない。十個でも二十個でも確保しておきたい防具だ。


「ん、待てよ? だったらもう少し粘ってもいいか。地上での戦闘も終わってるみたいだし、SSランクの魔物にも簡単に会えないし」


 とりあえずレア枠を確保はできたが、もう一度逃げれば盗む枠は復活する。スティールアンドアウェイのヤバい点は、一体の魔物からアイテムを無限回収できる点にある。だったらせっかく会えたSSランクの魔物を、ここで討伐するのがもったいないような気がしてきた。


 ダンジョンに潜らずレア装備を手に入れられるなんてラッキーでしかない。それならこの出会いを限界まで生かしたほうがいいに決まってる。


「よしっ、決まりだね! ……って、みんな私のこと見過ぎじゃない!?」


 地上では口を半開きにした人たちが、呆けた表情で私のことを見上げている。どうやら私のスティールアンドアウェイが物珍しかったせいか、注目を集めてしまっていたようだ。


 そんな衆人環視に晒されていることを知った私は……


(は、はわわわわっ、たくさんの人に見られてるっ。恥ずかしいっ!!!)


 人前を苦手とする私は、みるみると自分の顔が赤くなっていくのを実感する。


 これ以上、人前に居続けるなんて恥ずかしくて無理だ。私はその場にしゃがみ込み、アサシンダガーをゴーレムの頭にサクッと突き立てる。すると……


 ―――――グオォォォォォッ!!!


 突如、キャッスルゴーレムの咆哮が周囲の山々に木霊する。


 そして一瞬の静寂の後。百メートルもある巨体が、崩落を始めた。


 胴体部であるルキウスの屋敷を巻き込む形で、大きな石くれの体がボロボロと崩れていく。


 山ほどの質量を持つ体が崩れたことで、足元に聳えていた木々がオモチャのように薙ぎ倒され、激しい土埃が舞い起こる。



 ……そして崩落が完全に収まった後。


 ガレキの山となったゴーレムの亡骸に、聖教騎士団やリブレイズ、ナガレたちがゆっくりと集まってくる。


 ゴーレムは絶命したのか、本当にこれで戦いは終わったのか。


 各々が緊迫感を身に包み、警戒しながら近づいていくと……ガレキの山から降りてくる者の姿があった。


 粉塵の先から近づいてくるシルエットは、子供と呼ぶには大きく、大人と呼ぶにはまだ小さい。


 熟練冒険者と呼ぶにはどこか頼りない背格好。だが少女の実力を疑う者は一人もいない。


 なぜなら幻獣王の背に乗って、強大な魔物に立ち向かう姿は、この場にいる誰もが目にしていたのだから。



 そして人々の注目を一身に受け、顔をススだらけにした少女リオが現れた。


 リオは一瞬、驚いた表情を見せた後。少しだけ照れくさそうに、はにかみ笑いで皆に手を振った。


 ――その瞬間。


 周囲に割れんばかりの歓声が巻き起こった。


 そして英雄へと我先に駆け寄ったのは、リブレイズ所属の三人だった。


「まったく我が主と来たらっ! 少しは緊迫感を持って戦えないのかっ!?」

「リオだけデカいの倒してずるーい! 今度はスピカにもアサシンダガー貸してよ~?」

「り、りおりー……? ちょっと注目浴び過ぎじゃありません? 早く帰りましょうよぉ……」


 リオはクラメンにもみくちゃにされながら、仲間と勝利の喜びを分かち合っている。


 それを遠巻きに眺めているのは、チームゴールドに属していた三人だった。


「……本当に仲のいいクランだよな。お嬢もそう思わねぇか?」

「ふん、所詮はただの友達ごっこでしょ。どんなに仲良く見えてもお金だけの繋がりに決まってるわ」

「別にそれでもいいんじゃねぇか? 金のために集まったクランでも、楽しくないよりは楽しいほうがいい。だったら友達ごっこでも楽しくできたモン勝ちだろう?」

「……わかんないわよ、そんなの」

「まだ、わからなくてもいい」


 無表情のマキシマが、アリアンナの方を見もせずに答える。


「マキシマたちは、普通と違う、生き方、してきた。だから意味不明も、仕方ない。でもクランで仲良くするのは、普通。アリアンナも、きっと、いつか普通と思うようになる」

「あっそ。でもそんな機会あるかしら。少なくともチームゴールドだった私たちには……そんな自由がもらえるかも、わかんないし」


 そう言ってアリアンナは、自分たちを取り囲む聖教騎士団を見回した。


 剣を抜いては来ないものの、少しでも動けば踏み込んでくるだろう。そう確信させるほど強い視線が、三人に注がれていた。


 ナガレたちに抵抗する気はない。それを見てとったのか一人の騎士が彼らに歩み寄っていく。


「私は騎士団長のセドリック、君たち三人にはルキウスの悪事に加担した嫌疑がかけられている。これより詰所までご同行願いたい」


 ……こうしてトライアンフを取り巻く数々の事件は、一先ずの終止符が打たれたのであった。

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