第129話 #見放されたルキウス

 時は少しだけ遡り――リオがアルフに脱兎反転をお見舞いした頃。


「ほんぎゃあああああああ!?!?!?!?」


 屋敷でリオvsアルフの観戦をしていたルキウスは、ふたたび吹出スプラッシュしていた。


「お、お気を確かにルキウス様っ!」


 鼻を摘まんだアーロンが、部屋の隅から呼びかけるが返事はない。ルキウスはビクンビクンと体を震わせながら、エグめのディープトリップをキメている。


「もう逃げましょう、ルキウス様! いずれこの屋敷にも聖教騎士団が押し寄せてきますよ!?」


 ルキウスの私兵も、圧倒的人数の騎士団を前にあっさりと降伏。


 領内の建物もほとんどが制圧されており、ルキウスの屋敷に踏み込んでくるのは時間の問題だった。


「逃げないんですか? 逃げないんですね!? でしたら私は先に投降して来ますからねっ!」


 そういってルキウスの護衛についていたアーロンも、部屋から飛び出して行ってしまった。


「うびゅ、うびゅびゅびゅびゅ……アルフが負けりゅなんて、ありえん……」


 先ほど小娘リオが見せた特大火力の脱兎反転。


 なんだ、あれは。


 盗賊があんな技を使えるなんて聞いたことがない。ましてやSS冒険者に任命されたアルフが、一撃で倒されてしまうなど。


「……いや、でも落ち着け。オイラにはまだ、チームシルバーがいりゅっ!」


 トリップから復帰したルキウスが、ドラゴパシーでシルバーの大将モルグルに連絡を取る。幸い、コールは一回目でつながった。


「お、おい! 状況は把握していりゅかっ?」

「見ておりますよ。此度の敗北、誠に残念です」

「敗北、残念です。……じゃにゃいっ! オイラがピンチなんだ、いましゅぐ屋敷に戻ってこいっ!」

「なにを仰いますか。我々はルキウス様の命でニコルに滞在しているのですよ? 飛竜タクシ-を借りても、戻るのに五~六時間はかかるでしょう」

「いいかりゃ早く戻ってこいっ! っていうか、生活種の二人は確保したのかっ!?」

「はて? 我々が確保に動くのは、リブレイズの戦闘種を負かした後だったはずです。ゴールドが負けてしまったのでは、その任を果たすことになんの意味もないかと」

「だとしても人質くらいにはできるだりょっ、いますぐ聖火炎竜団の屋敷を襲えぇっ!!!」

「今日までお世話になりました、ルキウス様」

「……は?」

「我々も今日までトライアンフの恩恵にあずかってきました。しかし国の強制捜査ともなれば、もはや言い逃れは出来ますまい。ちょうど我々は外国に来ていることですし、このまま高飛びを決めさせていただきます」

「ちょ、ちょっと待てモルグル。まさかオイラを見捨てる気じゃ……」

「はっはっは、なにを仰られますかルキウス様。これまでたくさんの人を見捨ててきたのですから、自分が人に見捨てられるのも必定に御座いましょう」

「ぷ、ぷじゃけりゅなぁっ!?」

「ふざけてなどおりませんよ。我々シルバーはチーム仲も良好ですので、このまま西の魔道公国で新しいクランでも立ち上げるつもりです」

「な、ななななにを言って……」

「それではルキウス様、お元気で」


 そう言ってモルグルは爽やかな声で、これまでの雇用主に別れを告げた。


 モルグルへかけ直しても繋がる様子はない。持たせたドラゴパシーはおそらく壊されてしまったのだろう。


「グギギギギ……どいつもこいつも、オイラをコケにしやがってぇ……っ!」


 怒りに体を震わせていると、絶望に震えていたルキウスにも活力が戻ってくる。なぜなら――


「オイラは人に舐められりゅのが、なにより嫌いなんだぁっ!」


 ルキウスがリブレイズにちょっかいをかけようと考えたのも、大聖女を横取りされたのが発端だ。


 ――人のシマを荒らすクランには制裁を。だが気づけば制裁を加えられているの自分のクランだった。……このような屈辱、認められるはずがない。


 怒りによって奮起したルキウスは体を起こし、窓の外を眺める。


 眼下では聖教騎士団の連中が、歯車組を次々と建物の外へ逃がしている。どうやら騎士団のキャンプへ避難させているらしい。


 せっかく時間をかけて飼いならした従順な奴隷を、ヤツらは勝手に逃がしている。


 これまで積み上げたものが、とてつもない早さで奪われている。ルキウスは頭の血管が切れ過ぎて、もう理性的に物事を考えることなど出来なくなっていた。


「……おみゃーら。オイラが戦えること、忘れてるんじゃないだろうにゃー?」


 ルキウスはこれでも、Sランク冒険者だった。


 しかし屋敷を構えて経営を始めてから、自分の足でダンジョンに潜ったことは一度もなかった。そのため戦うとしても相当に腕がなまっていて、領地に群がる騎士団を相手できるはずもない。


 だがルキウスの才能は、そのブランクに影響されるものではない。なぜなら実際に戦うのは、自分ではないからだ。


「出でよっ! 人間よりよっっっっぽど従順な、可愛い魔物ちゃん! ポンポコポンな騎士団を……一人残らず食いつくしちまえぇっ!」


 ルキウスが魔力を解き放つと――トライアンフ領の地中から、無数の魔物が姿を現した。


「うわっ、なんだ!?」

「魔物だ! しかもこのあたりには生息しない強力な……うわああああ!?」


 中に潜んでいたのはゴーレムやアンデッドといった、日常的な生命維持を必要としない魔物ばかりだった。


 数十年もの間、貯めに貯め続けた。それをついに解放したのだった。


「ギュッフッフ、いまさら後悔しても遅いんだじょ! しかもっ!」


 ルキウスがそう言って指を鳴らすと……屋敷がゆっくりと宙に浮き、いや立ち上がり始めた。


「これぞオイラが調教テイムした最強の魔物、キャッスルゴーレムッッッ!!! こいつでおみゃーら聖教騎士団を、プチプチと踏みつぶしてやるんだぎゃーーーっ!!!」



―――――


 名前:キャッスルゴーレム(ルキウスの屋敷バージョン)

 魔物ランク:SS

 ドロップ:花壇用レンガ

 レアドロップ:城ダンジョンのタネ

 盗めるアイテム:万能薬

 盗めるレアアイテム:地母神のローブ(S)

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