第120話 ようやく一段落? そして……?

「みんな無事!? 生きてる!?」

「大丈夫だよー! リオもがんばったね!」


 戦闘を終えた私たちは、軽いハグを交わしながら互いの健闘をたたえ合う。


 ――ようやく、終わった。


 トライアンフの襲撃に備え、一ヶ月前から入念な準備を整えてきた。


 その戦いがこうして無事に終えられたと思うと、解放感と達成感で胸がいっぱいになる。


「トライアンフの人たちも全員、無事みたいですね?」

「ああ、もちろんだ。リオの……主の、厳命だったからな」


 キリッとした表情で、フィオナが誇らしげな顔で私に報告する。


 それを見て私は察する。


 フィオナとの付き合いはもう短くない。こんな澄ました表情をしつつ、フィオナは褒められたくて仕方ないのだ。だから私はそんなフィオナの愛らしさも含めて、精一杯褒めてあげることにする。


「もぉーーーっ、フィオナさん最高ですっ! フィオナさんみたいな素敵な騎士に出会えて、ホントーーーに私は幸せ者ですっ!」

「そ、そこまで思ってくれるなら……嬉しい。そのような言葉は私にもったいないくらいだ」

「ええい、なにを言うか馬鹿者ぉっ! フィオにゃんは最強最カワの姫騎士様だぞっ? もう少し自己肯定感、アゲていきなさーーーいっ!」

「そ、そうは言われてもな……って、おい! 抱きかかえようとするな、頭を撫でまわすなぁっ!?」

「じゃあ露出した肩をペロペロする!」

「な、なにを言って……って、うひゃあ!? 本当に舐めるヤツがいるかぁっ!?」


 動転したフィオナの平手打ちを喰らい、私の頬に赤いモミジが色づいた。この世界でモミジとか言うて伝わるのか知らんけど。


「あっ、そういえばひとつ聞きたかったんですけど。なんか飛んでくる流星ミーティア、弱くなかったですか?」

「それはアリアンナさんが対魔術障壁マージ・シェルターを張ってくれたからですよ」

「あのコそんな魔法持ってたの!?」

「はい、幻獣技能の引用クオートを使って。スキルポイント節約に持ってこいの手段ですよね」


 幻獣技能の引用とは、使役可能な召喚獣のスキルを借りることのできるスキルだ。


 そもそも召喚士の基本戦闘スタイルは、呼び出した召喚獣を自分の代わりに戦わせることにある。


 一度召喚獣を呼び出すと、術師は召喚獣に命令を下すことしかできなくなる。つまり他の行動を取れなくなってしまうのだ。


 だが『幻獣技能・引用』を使えばその限りではない。


 召喚士は『引用』を使えばその場に召喚獣を呼び出さず、持っているスキルだけを借りることが出来る。


 瞬間的な消費魔力量は三倍になるが、召喚獣そのものを呼び出す必要はない。魔力燃費は悪いが適材適所で動けるようになるというワケだ。


 しかも引用さえ取得しておけば、召喚獣のストックを増やすだけで使えるスキルは山のように増える。


 結果的にスキルポイント効率も良く、使えるスキルを増やすことが出来るというワケだ。


「すごいじゃん! ちょっとお話したいかも!」

「それならあっちの方に。スピカ様がお話しようと、頑張っています」

「私も行ってくる!」


 言われた方に向かうと、アリアンナと肩をくっつけて喋るスピカの姿が見えた。


(ていうか、すごいなスピちゃん。敵として戦った相手なのに、もう雑談するくらい仲良くなったんだ!)


 私もそれにあやかってゴシック衣装の魔女っ子とおしゃべりしたい! そう考えた私はアリアンナの隣に腰を降ろし、出来る限りフレンドリーに話しかけた。


「こんにちは! あなたがアリアンナちゃんかな?」

「は? なに気安く話しかけてんの? 死ね!」

「し、死ね……?」


 突然のウルトラディスを食らい、私の思考回路は一瞬でショート。しかも弱体化した私を畳みかけるように、アリアンナの毒舌は止まらない。


「相手が自分より下に見えるからって、なに上から目線で話しかけてんの? そう言うのホント腹立つんだけど。大聖女もそうだけど、アンタたち人との距離感バグってんじゃない? アンタみたいな常識のない女がリーダーをやってるから、大聖女も真似すんじゃないの?」

「え……あ、すいません……」

「いままでは馴れ馴れしい態度で、人といい関係築いて来たのか知んないけど。相手が土足で踏み込むアンタを許してただけだから。間違っても素の自分が受け入れられたとか、思うんじゃないわよ」

「ア……ア……」


 私は体を痙攣させながら、アリアンナに背を向ける。そして二体目の九尾が落とした、宝箱を開けるキサナたちの元へゆっくり歩いていく。


「あ、りおりー。戻るの早かったですね?」

「ア……ア……」

「どうした、リオ? なんか様子が変だぞ?」


 不思議そうな顔をする二人に向け、私は直角に頭を下げる。


「フィオナサン、キサナサン。イツモナカヨクシテクレテ、アリガトウ。オワコンナリーダーヲ、イツモウケイレテクレテアリガトウ……」

「ど、どうしたんですか、りおりー!? 一体なにがあったんですか!?」

「トクニフィオナサン。イツモキヤスクフレテシマイ、モウシワケゴザイマセン。ワタシニムカツクコトガアッタラ、コレカラハイッテクダサイ。チャントナオシマスカラ……」

「べ、別に私は気にしてないぞ? というかこのままの方が気持ち悪いから、早く元に戻ってくれっ!?」


 それから紆余曲折あって、私は正気を取り戻した。


「ハァ……ハァ……、なんかとてつもない恐ろしい経験をした気がする……!」

「とりあえずそのことは一度忘れましょう。それより――」

「これからのことを、相談してもいいか?」


 私たちに歩み寄ってきたのはナガレと、狂戦士バーサーカーのマキシマだった。


 マキシマは両肩に、気絶したアルフとオーウェンを抱えていた。


 ナガレに付き従うマキシマに戦意は見られない。戦いを強要する結成組の二人が倒れたことで、マキシマにも戦う理由はなくなったようだ。


「ちなみに外はどうなっているんです?」

「正確なところはわからないが、聖教騎士団がルキウス確保に動き出しているはずだ。俺が胸に下げてる魔道具は、地上に映像を送ることが出来るシロモノだからな」

「ああ、だと思いました」

「リオは知ってるのか、この魔道具を?」

「知ってるというか……ねえ?」

「はい。どう見ても……」


 現実世界に存在していた、タブレット端末である。


 しかも私たちに向け続けていたのは、背面についている小型のレンズ部分。これを通して撮影をしていたことくらいは、転生者なら誰でもわかる。


 と、同時に。


 これを開発したのも、転生者である可能性が高い。


 だってコレは明らかに元を知っている人が作ったデザインだ。同じ機能を持ったものをゼロから発明したのだとしても、デザインがここまで似通うとは思えない。


「でもそれってルキウスに持たされた物ですよね? どうして聖教騎士団にその映像が流れてるんです?」

「俺に詳しい仕組みはわからないが……エルドリッヂは同じ物を複数作り、そのすべてに映像を飛ばしてるらしい」


 すると二台の端末だけで送受信をしていたのではなく、既にネットワークのようなものまで構築しているのだろう。


 有線電話さえない世界なのに、無線のネット環境が先に作られた世界。普通に考えて結構ホラーである。


「ちなみにエルドリッヂって人は、何者なんですか?」

「少し変わった錬金術師の青年さ。俺たちとは脳の構造が違うんじゃないかと思うくらい、頭がいい。そしてトライアンフ崩壊計画を立てたのもやっこさんだ」

「ではナガレさんは、ずっとエルドリッヂの指示を受けていたんですか?」

「ああ、頭の良さで敵わないのは明らかだったからな。俺は黙って彼の手駒になると決めたのさ」

「ずいぶんと信頼してるんですね?」

「魔法のように未来を言い当てちまうから、さすがにな。リブレイズなら無償で協力すると言われた時は疑ったが、本当に受けてもらえた時は鳥肌が立っちまった」


 ……それが本当なら、確かに見え過ぎている。


 エルドリッヂとは会ったこともないのに、こちらの考えまで見透かされていると思うと不気味だ。


「と、話は逸れたが俺たちはここで脱出させてもらおうと思ってる。もちろんリオの嬢ちゃんの許可がもらえれば、だが」

「反対はしませんが……大丈夫ですか? 一応ナガレさんたちもトライアンフの一員です、戻れば聖教騎士団に捕縛されちゃうんじゃ?」

「そればかりは仕方ないさ。俺たちは旦那に従って、色々な悪事に加担してきた。罪に問われるのは仕方な――」

『って、思うじゃないですかぁ~~~?』


 突然、ナガレの持っていた端末から珍妙な声。


『普通だったらその通りですねぇ~! しかぁし、ワタクシは天才錬金術師エルドリッヂ! その辺は抜かりありません。歯車の皆々サマについては、ワタクシが良きに計らってみせましょう!』

「……ようやくお出ましか」


 ナガレが呆れた表情で溜息をつくと、魔道具ドラゴパシーの画面を見えるように差し出してくる。すると――


『お主らっ、ケガは大丈夫かっ!?』

「えっ、レファーナさん?」


 映し出された画面の先には、片眼鏡モノクルをつけた男と……顔をどアップに近づけたレファーナが映っていた。


『映像は見ていたぞっ! 勝ったのはいいが、ケガは!? 全員ちゃんと無事かっ!?』

「……ふふ、大丈夫ですよ。みんな無事です」

『そ、そうか……良かった……』


 へなへなと腰を抜かすレファーナと、それを支えるガーネット。そして画面の後ろには目を丸くする炎竜団の四人が映っていた。


「あれ? そこって炎竜団ハウス!」

『ハイ、その通りでございます! ワタクシはとある商談があって、天才縫製師レファーナ殿を訪ねていたのです!』

「商談?」


 私が頭にクエスチョンマークを浮かべながら聞き返すと、エルドリッヂは誇らしげな顔でこう言った。


『ダンジョン! そして撮影器具! と来ればやることはひとつ! ダンジョン配信に決まってるじゃないですかぁっ!』




 ――どうやら私たちの桜都探索には、まだまだ続きがありそうだった。

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