第119話 #リオの欠けた九尾戦

 時は少し遡り、九尾が復活した頃。


 復活した九尾を相手に、リオを抜いたリブレイズの三人は苦戦を強いられていた。


「くっ、魂喰霊ライフバイターの追跡がしつこくて攻撃に移れないっ!」


 片手にスピカをぶら下げたフィオナが、吹雪ブリザードで子ギツネを掻き消しながら吐き捨てる。


 脱出ゲートを破壊されて復活した九尾を相手に、フィオナは盾役として攻撃を集め続けていた。


(過去に盾役を引き受けていたとはいえ、当時とは相手のレベルが違い過ぎる。迂闊に直撃を受ければ私の耐久力では……)


 リオに出会う前のフィオナは、パーティを転々とする傭兵のような冒険者だった。


 その時に盾役を任されていたこともあったので、立ち回りは理解している。だがSランクボスともなれば、その経験を活かすのは難しい。


 片腕にぶら下がった、スピカも聖光瀑布ホーリー・フォールで子ギツネを蹴散らしてくれている。


 しかし命中精度は高くないため、子ギツネは何匹も眼前まで迫ってくる。子ギツネの体当たりを喰らえば体力の最大値が削られる、そのためこれ自体はスピカを盾にして避けるわけにもいかない。


 必然的に子ギツネの対処で手一杯となり、本体への攻撃が疎かになる。……そのため歯がゆいほどの膠着状態が、延々と続いていた。


 しかも守る対象はリブレイズだけではない。


 同じくボス部屋に倒れるチームゴールド三人、そして脱出ゲートを破壊した二人の盾役もだった。


 盾役は明らかに力量不足なのだろう。自らボスを復活させにもかかわらず、戦場の隅で震えながらフィオナたちが討伐してくれるのを待っている。


 ……もちろん、フィオナにも思うところはある。


 主の命であるとはいえ、どうして彼らまで守らなければいけないのかと。


 だが余計なことを考えている余裕はない。今は少しでも九尾の隙を見つけ、一撃でも多くの攻撃を叩き込むことだ。


「ヒオナ、炎の攻撃が飛んでくるよっ! スピカを使って!」

「っ、すまないっ、スピカ殿っ!」


 フィオナは左腕を前に突き出し、『守護神の羽衣』に守られたスピカで煉獄パガトリィの攻撃を軽減。だが吹き荒ぶ業火を凌いだ先には――至近距離に迫った五匹の魂喰霊ライフバイターが待ち構えていた。


(っ、この距離では避けられない)


 一匹に噛まれるだけで、体力最大値が5%削られる。もし五匹に噛まれ25%も体力を持っていかれたら、流星ミーティアを耐える体力が確保できない。


 フィオナは差し迫る攻撃を前に……左腕を後ろに引き、スピカを魂喰霊ライフバイターの脅威から退ける。


「えっ、ヒオナ。どうしてスピカを盾にしないの!?」

「この攻撃は特殊なものだ。スピカ殿には任せられないっ!」


 流星ミーティアは多段攻撃なので、羽衣チートを持つスピカにも凌げない。……であれば。


 フィオナが覚悟を決め、子ギツネの前に自らの身を晒す。その時――


「助太刀するよ、お嬢さん方」


 やる気のない声が耳元をかすめると同時、五匹の魂喰霊ライフバイターが一斉に消滅。消滅した霊体の先には、細っこい着流しの男。ナガレが立っていた。


「……私たちに手を貸してくれるのか?」

「お宅らのリーダーに、頼まれちまったんでね」


 飄々としたナガレは気のない表情で、薄い笑みを浮かべている。腰にはリオに貸し与えられた日本刀、正宗(S)が差さっていた。


「それに嬢ちゃん方は、俺んトコのクラメンを守るために体を張ってくれてる。……それを黙って見てるほど、俺も男を捨てちゃいないんでねっ!」


 そう言ってナガレは九尾に向けて特攻。


 はやい。


 リオほどではないにしろ、普通の冒険者が目で追える速さではない。


 敵の接近を知った九尾が、魂喰霊ライフバイターを生み出してナガレを迎撃。だがナガレは軌道を読み切ったように、涼しい顔で躱していく。


 しかもナガレは子ギツネを躱しただけでなく、討伐している。躱された子ギツネは胴体を真っ二つに裂かれ、その場で消滅。


 ――侍のスキル『見切り』と『居合いあい』だ。


 見切りは『回避率上昇』と『命中率上昇』を分けたような習熟スキルだ、LVを上げることでそれぞれの数値を同時上昇させることが出来る。


 そして居合は、低級魔物を即死させる全体攻撃だ。


 魂喰霊ライフバイターは厄介な自爆技を持つものの、低級魔物であることに変わりはない。そのため居合の確殺対象だ。


 ナガレは生み出された子ギツネを一掃し、そのまま九尾にも村正で一閃。ナガレの攻撃を受けた九尾は逆上し、フィオナに背を向けた。


 隙だ。


 反射的にそう思ったフィオナは、攻撃に移ろうと考えたが……違うと思い直す。いま盾役に回れるのは自分しかいない、だったら火力役はナガレに任せるのが最善だ。


「お前の相手はそっちじゃない、この私だっ!」


 フィオナの挑発を受け、九尾の殺気がふたたびこちらへ向けられる。その隙を見てとったナガレが、即座に九尾の背に一太刀を浴びせる。


「助かるよ、騎士令嬢!」

「これでも冒険者歴は短くないのでな!」


 魔法剣士と侍は笑みを交わし、急ごしらえのチームワークで九尾を翻弄。


 先の戦闘でも脅威だった魂喰霊ライフバイターは、居合で一掃できるため戦いの安定度が一気に跳ね上がる。


 火力はフィオナの方が断然上だが、ナガレもSランク冒険者の一人だ。十分にアタッカーを張れる攻撃力を有している。


 それにダメージソースもナガレ一人だけではない。


 子ギツネ掃除の必要がなくなったため、スピカは聖光瀑布ホーリー・フォールからイクリプスに攻撃を変更。


 また煉獄パガトリィを打ち込まれた時は、ナガレがフィオナの前に出ることで炎属性を吸収回復。パーティの被ダメージが減れば、当然キサナも攻撃に回れる機会が増えてくる。


 ……突然の共闘にもかかわらず、抜群の連携が取れている。その事実にフィオナたちは、言いようのない高揚感を覚える。


 が、それはナガレも同じ。いや、それ以上に感じていた。


(俺たちトライアンフには、連携という概念がなかったからな)


 回復や防御手段は自前で用意するしかなく、クラメンからの支援がないのは当たり前だった。


 あろうことか使えないと判断されたクラメンは、ダンジョン内で結成組に処理されることさえある。


 そのためトライアンフでパーティを組んでいた時は、クラメンから逃げ出す算段さえも立てておく必要さえあった。


 だが、今はどうだろうか。


(……不思議な感覚だな。自分の力だけでなく、仲間の支援を前提に戦えるってのは)


 敵は目の前にいる九尾だけ。背後からクラメンが襲ってくることはない。そんな当たり前のことが、ナガレにとって初めての経験だった。


 その時。リオとアルフの戦っていた方向から、大光量の閃光が放たれる。


 あれはアルフの習得していたスキルではない、すると盗賊リオがやったのか。あれだけの莫大な衝撃波を浴びたのであれば、チームゴールドの大将といえど無事では済まないだろう。


 それと時を同じくして、キサナの振り回す鉄球が九尾に直撃。ラストアタックの合図を示す咆哮が、ボス部屋に響きわたる。


「みなさんっ、出来るだけ体力を最大近くまで保ってください!」


 キサナが声を張り上げながら、トライアンフの全員をも対象とした大回復ハイヒールを発動。


 天井には大岩のような光弾が浮いている、破壊の時は刻一刻と迫っていた。


 リブレイズやチームゴールドの面々であれば、流星ミーティアを耐えることができるだろう。過去に生還した実績を持っているのだから。しかし……


「お、俺たちはどうすれば……」


 涙目で震え声をあげているのは、チームブロンズから駆り出された二人の盾役タンクだった。


 彼らは脱出ゲートを塞ぐためだけに呼び出された、レベル60前後の冒険者だ。九尾と戦うことは想定されておらず、流星ミーティアを防ぎきれる装備を身に着けてない。


「ちっ、仕方ない。俺がお前らの影になってやる」

「で、でも流星ミーティアは全体攻撃魔法です! 特殊なスキルでもない限り、ダメージを軽減させることは……」

「だったらそれを取得すればいい!」


 ナガレはステータスを開き、スキル盤を起動。その中から迷わずひとつのスキルを獲得する。


「スキル『仁王におうち》を取得した。こうすれば相手の全体攻撃もすべて俺一人に回ってくる」

「なっ、死ぬ気ですか!?」

「俺の内通騒ぎでお前らにも迷惑かけたんだろ? だったらそのケジメくらいは――」

「バーカ、なにカッコつけてんのよ」


 ナガレの言葉を遮ったのは……ボロボロになった魔女服を着た、アリアンナだった。


「お嬢、目が覚めたのか?」

「こんな騒がしい場所で、何ターンも眠れるワケないでしょ。ていうかアンタ、馬鹿なの!?」


 いきなり人差し指を突き付けられたナガレは、思わず目を丸くする。


「アタシたち歯車連中に迷惑をかけといて、自分は後始末もせずにフェードアウトするつもり? そんなの絶対許せない!」

「えっと……後始末って言うと?」

「歯車をトライアンフから解放するってんなら、ちゃんと最後まで責任持ちなさいよ! ルキウスにコキ使われた生活種のヤツらなんか、言われたことしか出来ない馬鹿なのよ? そんな状態で外に放り出されたら、その辺の街道フィールドで餓死するに決まってるじゃない」

「……」

「トライアンフをブッ壊すなら、そいつらの面倒はアンタが観なさい。死んでその役目を放棄しようなんて、絶対に認めてやらないんだから!」


 アリアンナはそう言うと、両手を広げて一つの魔術を行使した。


「――幻獣技能、引用クオート。守護女神アテナの加護を譲り受け、魔術障壁マージ・シェルター、展開ッ!」


 アリアンナが詠唱を終えると同時、流星ミーティアが辺りに降り注いだ。


 先の戦闘で燃える桜都を荒野に変えた、地を抉り返すほどの破壊の雨。


 だが対魔術障壁マージ・シェルターによって、流星ミーティアの威力を軽減。


 結果。流星の威力をAランク程度まで抑え切ってしまった。


 もちろん死者はゼロ。ブロンズ盾役タンクの二人は安堵のあまり、その場で腰を抜かしていた。


「お嬢。少し見ない間にずいぶん強くなったんだな?」

「当然でしょ。私は自分の力だけで、ルキウスたちを殺すつもりだったんだから」

「そいつは知ってたけど……なんつーか意外だったからさ」

「意外?」

「だって血気盛んなお嬢が、味方をサポートするスキルなんか習得してたからさ……」

「べ、別にこれは違うわよ! これは幻獣召喚LV8で習得できる基本召喚、アテナのスキルだし!」

「なに怒ってんだよ。別に褒めただけだろ?」

「勝手に褒めんな! 死ね!」 


 なぜか急に狼狽え始めたアリアンナに、怪訝な視線を向けるナガレ。


 だが、それでも周囲を助けようと動いてくれたのは確かだ。そう思うとなんだか可笑しくなってしまい、苦笑交じりにナガレは礼を言う。


「ありがとな、お嬢」

「うっさい、黙れ。それとスキルの無駄取り、ざまーみろ」


 憎まれ口の止まらない、生意気な少女。


 その変わらない態度に、ナガレは初めて年相応の可愛らしさを見出したのだった。

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