第118話 vs暗殺者アルフレッド④

 ナガレが九尾戦に向かった後。私はひたすら逃げに徹する戦術を取り続けていた。


「大見得を切った割には臆病なことだな、盗賊。まさかとは思うが奴らの戦闘が終わるのを待っているのか?」

「そうかも、しれませんねっ! あっちが九尾を倒してくれれば、あなたとは四対一で戦えますから!」

「だとしたら無駄なことだ。九尾が倒されれば俺はまた脱出ゲートを破壊する、お前たちがゲートで逃げるよりも先に、な」

「素早さで私に負けてるくせに、そんなことできますか?」

「煽るじゃねぇか!」


 アルフの投げた苦無に手裏剣を当て、軌道を逸らす。


 多めに投げた手裏剣はアルフの胴体を掠めるが、アルフは怯むことなくこちらへ突っ込んでくる。さっきからその戦術は変わらない。


 アルフはおよそ痛みに対して、恐怖や忌避感をまったく感じていない。


 燃える瓦屋根に着地しても、手裏剣や火遁をぶつけられても気にせず突っ込んでくる。頭のネジを数本飛ばしてない限り、人間には取れない行動だ。


「盗賊。俺がなぜルキウスに従っているかわかるか?」

「……ゲスい仕事が多いからじゃないですか?」

「そうだ、俺が旦那に従うのは、アイツが殺しの仕事をたくさん持ってくるからだ。俺の楽しみは生きる人間の命を摘み取ること。与えられた痛みに半狂乱になり、みっともなく命乞いをした奴の体を、短剣で切り刻んでいくためだ」

「人の苦しむ様を見て、あなたはなにも思わないんですか?」

「思うさ。もし俺が殺される時、自分も同じように命乞いをするのかってな。抗えない死を前にした俺が、どんな感情を持つのか。それが楽しみで仕方ない! だから俺は殺しを楽しむのと同時に、俺を殺せる誰かを探している」


 ……アルフがダメージを意に介さず突っ込んでくる理由がようやく分かった。


 この人は自分が苦痛を味わうことすら楽しんでいる、もはや会話や説得が通じるような相手ではない。


 そういう意味ではアルフは、本当の意味で救いようのない人間なのだろう。


 だが、それでも私は彼を殺さない。


 彼が自分の望みを人に押し付けるように、私も殺さないという自分の望みを押し付ける。ただそれだけのことだ。


「さて、そろそろお前との追いかけっこにも飽きてきた。そろそろ戦術を変えるとしよう」

「私以下の素早さで戦いの主導権を握れますか? あなたがどんな戦術をとっても、私はそれを上回る手数で動けるんですよ?」

「だがこれまでの時間で、仕込みが終わっているとなれば話は別だろう?」

「……?」

「すぐにわからせてやるさ。待機罠スタンバイトラップ、解放。トラバサミ」

「っ!?」


 いつの間にか私の片足には、魔物用のトラバサミが噛みついていた。


 ――暗殺者やレンジャーが習得できるスキル、トラップだ。


 発動条件は様々。攻撃や魔法に反応して作動するものもあれば、回避や回復で発動するトラップもある。


 条件は設置時に使用者が指定できるため、相手の行動パターンを把握していれば、複数のトラップを同時作動させることさえ可能だ。


 私の足に食い付いたトラバサミは、待機罠スタンバイトラップ。一定時間の待機で発動する物だ。


「っ! ずっと前からトラップを仕込み続けていたんですか!?」

「そうだ。お前に素早さや回避で敵わないことはわかっていたからな。俺だって追いかけっこをし続けるほど酔狂じゃない。獲物は狩ってこそ、だからな!」


 突っ込んでくるアルフを回避するため、私はトラバサミを脚にぶら下げたまま跳躍。


 着地点に燃えてない屋根を見つけるが……私は言いようのない不安に襲われる。


 私はここに誘導されたのではないか、と。


 だが重力に逆らえない。私は仕方なくそこに着地すると……トラップ、地雷が発動。足元が爆発して砕け散る。


 私は飛ばされつつ態勢を立て直し、両足で着地出来たが――頭上からはアルフが降ってくる。


 たまらず短剣を抜き、振り降ろされるアサシンダガーを食い止める。


 ……マズイ、鍔迫り合いに持ち込まれた!


「お前が逃げ回っていたのは、仲間の加勢に期待していたからだろう。だがお前の逃げる先にはもうトラップしかない。そろそろ正面から俺の相手をしてくれないか?」

「っ…………」

「もう軽口を叩く余裕もないか、そろそろ仕上げに入ろう」


 構えていた短剣がさらに強く、深く押し込まれる。


 このままでは押し切られるっ! 敗北を目前にした私は、そこでようやく盗むを使用。――アルフの手からアサシンダガーを奪い取った。


「っ!?」


 鍔迫り合いに使っていた短剣を失ったことで、アルフが前のめりに倒れてくる。


 私は倒れてくるアルフを袈裟切りにしつつ後方へ回避。疾風神雷の追加効果で雷迅も発動し、アルフが痺れている隙を見て、出来る限り遠くに逃げる。


 そしてアルフへ距離を取りつつ、私は左手に収まっていたアルフのアサシンダガーを投げ捨てる。


 奪い取った武器は自分の物にはできない。だから相手の手元に戻ることがわかっていても、奪い取った武器は放棄せざるを得ない。


「フ、やはり盗んだ武器は自分の物にはできないようだな。今回は運よく逃れたつもりかもしれない、だが辺りは既にトラップだらけだ、もうお前に逃げ場はない」


 その言葉が真実であることを示すように、私の着地した場所でまたトラバサミが発動。両足をトラバサミに噛みつかれ、私はついに跳躍する脚の力を失ってしまう。


 その間にアルフは捨てられたアサシンダガーを回収。……が、とあることに気付き、呆れたような笑みを見せる。


「おいおい、なんだこれは? まさか俺へのプレゼントか?」


 アルフのアサシンダガーには、とあるアクセサリーが巻き付いていた。


 それは食い縛りの効果を持つアクセサリー、ソウル・オブ・テナシティ(A)だった。


 九尾戦の途中で緊急装備していた、ラストアタックに備えた保険として装備した物だ。本来は首にかける装備ではあるが、戦闘中だったので左手首に巻きつけたままにしておいた。


 ……だがアサシンダガーを捨てる際、絡みついたまま一緒に飛ばされてしまったらしい。


「九尾が倒れればまた流星ミーティアが飛んでくる。これは有難く使わせてもらおうか」


 アルフは手に入ったアクセサリーを手首に巻きつけ、こちらへゆっくり歩み寄ってくる。


 両足をトラバサミに嚙みつかれた私は、その場から一歩も動くことはできない。出来ることと言えば疾風神雷を構え、アルフに一矢報いてやろうと足掻くことだけ。


「アサシンダガーを抜け、盗賊。今ならまだ逆転のチャンスがある」

「お断りします、暗殺者。私は私の信念をもって、あなたを殺さないと決めています」

「……俺を上回るスピード、殺せるだけの実力を備えておきながら、殺意を向けてくれず残念だ」

「そんな残念な私を殺しても、楽しくはないんじゃないですか?」

「それとこれとは話が別だ。お前が生きた人間である以上、どんな形であっても俺はお前で楽しめる」

「キモっ!」

「命乞い前の強がりも、好物だ」


 アルフがアサシンダガーを振り下ろし、私がそれを疾風迅雷で受け止める。


 これまでにない、全力で。


「――かかりましたね?」

「なに?」


 私が笑みを浮かべたのを見て、アルフがわずかに眉を歪ませる。


 そしてその表情は次第に困惑へと変わっていく。なぜならずっと押し負け続けていた鍔迫り合いで、私はアルフを押し返し始めたのだから。


「な、なんだ? このような状況で、どこからそんな力が……?」

「これまでずっと隠し続けてきましたからね」

「そんな筈はない! 本当にそのような力があったのなら、最初から全力で立ち向かってくる筈だ!」

「それはできなかったんですよ。だって私が全力で攻撃すれば、あなたはきっと一撃で死んでしまいますから」

「であれば……尚更だろう!」

「だから何度も言ってるじゃないですか、私はあなたを殺さないって。だからあなたにをプレゼントしたんですよ!」

「!?」


 ソウル・オブ・テナシティを装備したアルフは、死ねない。


 どんなに強力な攻撃を受けたとしても、ギリギリでその命を繋ぎ止めることが出来る。


 だから私はなんとしてもアルフに、テナシティを装備させる必要があった。だって私のを喰らった冒険者が、死なないはずがないのだから。


 つまりテナシティをアサシンダガーに巻きつけたのは、わざとだ。


 追い込まれた私がミスをしたと思わせるため、あえてギリギリの状態でテナシティをことにした。


 きっとこれ見よがしにテナシティを手放しても、アルフは警戒してこれを手に取らなかっただろう。


 だから私は苦戦した。


 トラップのスキルを張り続けるアルフを見逃し続けた、相手のフィールドに追い込まれたと思い込ませた。


 痛いのは当然嫌いだ。だが人を殺しをしてしまえば、私はきっと罪悪感から逃げられない。


 私は逃走率100%の盗賊だ。そんな私から逃げられないものなんてあってたまるか!



「――脱兎だっと反転はんてん!」


 淡い光を放っていた短剣から、強烈な光がほとばしる。


 最後にラスト・イブリースを倒してから、溜め続けてきた”逃げ”の力がこの一撃に集約されていく!


 スピカと初めての共闘をした大侵攻スタンピードから三ヶ月。


 私はそれからもずっとずっと逃げて、回避し続けてきた。


 転生後一ヶ月でもSランクボスを一撃で葬れるほどの威力だった。


 であれば今の脱兎反転が持つ攻撃力は、以前の比じゃない。


 暗殺者から逃げ回っていたウサギは、別に弱かったから逃げていたわけじゃない。




「私はずっと……本気を出してなかっただけなんだーーーっ!!!」


「ぐ、ぐわああああぁぁぁぁーーーーっ!?!?」




 いつぞやと同じセリフを吐き、私はねちっこい暗殺者をアサシンダガーごと両断。


 短剣から放ったとは思えない分厚い衝撃波が、大火の古都を吹き飛ばしながら突き進んでいく。


 大光量を放つ衝撃波は、見えなくなるまで地を奔り続けた。


 そして後に残されたのは、防具をズタズタに割かれた半裸の男だけ。


 脱兎反転の直撃を受けたアルフに意識はない。


 最高MAX体力HPの十倍を超えるダメージを叩き出したはずだ。それほどの痛覚を浴びて意識を保てるほど、人間は強くできていない。


 テナシティのおかげで生きてはいるのだろうが、口を半開きにしたまま白目をむいて倒れていた。


 黒頭巾でずっと顔は見えなかったが、防具が吹き飛んだことでアルフがお爺ちゃんレベルの年寄りなのだと初めて知った。


 ていうかこの人、その歳で「殺されるのも楽しみで仕方ない!」とか言ってたの?


 キッツ! 時期にお迎えが来るでしょ!



「……ふうっ、疲れたぁっ!」


 私は戦闘を終えた疲れから、その場にへたり込みながら両足を伸ばす。


 すると足元がガシャガシャと騒がしい。見れば私の両足にはトラバサミが噛みついており、血をピューーーッと噴き出していた。


「って、痛たたたたたぁっ!?!?」


 ゾーンに入っていて痛覚がマヒしていた私は、ようやく自分がそこそこの重傷を負っていることを思い出す。


 すぐさまトラバサミを外してブーストポーションを使用。残り二割まで削られていた体力HPをようやく回復させたのだった。


「……さて痛いのは嫌いだけど、これからまた痛い目に遭うのかぁ」


 私がボス部屋の天井を見上げると、空に昇った光が肥大化していくのが見えた。


 九尾のラストアタック、流星ミーティアの発動演出だ。おそらく九尾との戦闘も終わりを迎えたのだろう。


「お疲れ様、リブレイズ。お疲れ様、私……」


 私は悟りを開いた心持ちで立ち上がり、両手を広げて降り注ぐ流星を受け止めるのであった――




―――――


 ※(架空の)絵師さんへ。

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