第117話 vs暗殺者アルフレッド③

「よくも疲れずに逃げ続けられるな、盗賊。少しは年上を気遣って欲しいものだ」

「っ! なに言ってるんですか、私よりも体力も筋力も上のくせにっ!」


 逃げ回る私は瓦屋根に着地すると、数瞬も待たずにその場から飛び退く。すると私が数秒前まで経っていた屋根は、着地したアルフによって破壊される。


 単純な跳躍からの踏付ストンピングではあるが、自分の胴体を踏みつけられたらと思うとゾッとする。


 そもそも筋力差がある時点で、アルフと長期の近接戦を行うのは得策じゃない。


 ヒットアンドアウェイに付き合ってくれていた時はまだ戦闘になっていたが、休憩を取らせない戦術に切り替えられてからは余裕がない。


 燃え盛る桜都が復活したせいで足場も制限されてしまった。回避値を極めたとしても逃げ場所がなければ、攻撃をもらってしまうことも少なくない。加えて――


 ――――クオォォォォン!


(しまった! すこし近づき過ぎたか!?)


 攻撃を避けている内に、九尾きゅうびの攻撃の射程内に入ってしまった。


 子ギツネの形をした魂喰霊ライフバイターが、私をも攻撃対象と見定めて突っ込んでくる。


 私はポーチから水遁を取り出して、子ギツネを一掃。しかしその隙を見たアルフが苦無を投擲、肩と背中に数発を打ち込まれてしまう。


「――ぐっ!」

「余所見をしているからだ」


 敵の位置を振り返っている余裕さえない。隠密に特化した敵ではあるが、殺意がダダ漏れにしたアルフの位置特定はそこまで難しくない。


 が、そこで不可解なことが起こった。なぜならアルフが追ってくるのをやめたからだ。


 罠だろうか?


 だが私が考える間もなく、耳に届いた大声がその理由を教えてくれた。


「リオ、避けろ! そこには九尾の炎が――」


 フィオナの叫びで気付く。


 私の降り立った築地塀には、まるで狙いすましたかのように九尾の煉獄パガトリィが打ち込まれていた。


 さすがに避けられない。


 アルフが追って来なかったのはこのためだ。しかも敵は相手を追い込む戦術のプロだ、この位置には誘導されたと考えるべきだろう。


 この攻撃を避け切った後、私はアルフの猛攻に耐えうる体力は残っているのだろうか。……でもまずはこの攻撃を凌ぐことを考えないと!


 両腕で頭と顔をかばい、少しでもダメージを軽減しようと試みる。


 が、付け焼刃であることは明らかだ。幸いにブーストポーションの在庫には余裕がある、それでもアルフ相手に回復する余裕は……


「悪いな、。気持ち悪いかもしれないが、勘弁してくれ」


 大人の男性が、耳元で囁いた。


 そして私はその男性に抱きすくめられる形で、高熱の煉獄から守られる。


 男性の腕の外では、ごうごうと熱風の吹き荒ぶ音。頭が一瞬に真っ白になりつつも、私は大人しく業火による攻撃が収まるのを待つ。


 そして轟音が過ぎ去った頃、私は庇ってくれた人の顔をようやく見ることが出来た。


「……ありがとうございます、ナガレさん」

「いや、こっちこそ悪かったな。庇うためとはいえオッサンに抱き着かれるなんて、いい気はしなかったろ?」


 私を煉獄から庇ってくれたのは、これまでずっと案内役として同行していたナガレだった。


 庇われた私が無傷なのはともかく、なぜかナガレにもダメージを負った後は見られない。が、私はその理由にすぐ気付いた。


「あ、そうか。ナガレさんに煉獄れんごく外套がいとう(S)を貸したのは、私たちでしたね」

「ああ。おかげさまで俺の体力は満タンだ。吸収装備ってのはたまらなく便利だねぇ」


 装備も持たされずに同行させられたナガレを案じ、私は使ってない防具・煉獄外套を貸し出していた。


 侍が装備できる最強防具としてたまたま選んだものだったが、炎属性吸収装備だったのが幸いした。おかげでここぞというタイミングで、私は外套を纏うナガレに助けられる形となった。


 思わぬ展開に少し呆けてしまったが、近くの瓦屋根を踏み抜く音で我に返る。アルフだ。


「おい、ナガレ。大将同士の戦いに水を差すんじゃねえ」

「いやいや、なに言ってんだアルフ。お前たちの戦いに水を差したのは、あっちにいるお稲荷さんだろう? 俺のせいにされても困るな」

「フ、相変わらず減らず口を。……だが、いいのか? お前の役割は旦那に映像を送る連絡係だろう? 明確な敵対行動に出たら妹に危害が及ぶんじゃねえのか?」

「ご心配、痛み入るぜ大将。だがもう大丈夫だ、地上じゃ旦那はそれどころじゃなくなっている頃だ、俺の妹と遊んでる余裕はありゃしねえよ」

「……なるほど。ずいぶんと無警戒に内通しやがると思っていたが、お前はこの状況まで読んで動いてたってわけか?」

「旦那を出し抜くための計画には複数の協力者がいる。時間はかかったが色々と根回しはさせてもらった」

「地上はどうなっている?」

「聖教騎士団の強制捜査が入っているはずだ」

「なるほど、いよいよ旦那も年貢の納め時ってわけか」

「戦意を失ってくれたかい?」

「まさか、俺は利害の一致で旦那に協力していただけだ。旦那がいなくなっても俺の行動原理は変わらない」


 アルフの鋭い眼光が私へと向けられる。……どうやらアルフは本当に私を殺すことにしか興味がないらしい。


「はあ、大将の物好きにも困ったもんだぜ。……嬢ちゃん、武器を貸してくれるか?」

「え?」

「決まってるだろ、俺も加勢する」


 ナガレが当然といった表情で告げる。


「……テメェ。水を差すなって言ってたのが聞こえなかったのか?」

「別に大将の頼みを聞くとは言ってないだろ? それに俺は嬢ちゃんたちに無報酬で動いてもらってる。こうして命を張るくらい出来なきゃ、俺も男じゃいられねぇよ」

「ナガレさん、これを」


 砕けた口調でアルフと対峙するナガレの手に、私は一本の日本刀を押し付ける。先ほどの九尾戦で盗んだ村正(S)だ。


「おっと、外套に続けてこんな名刀まで貸してくれんのかい? 旦那とは違って太っ腹だ」

「手を貸してくれるって言うんだから当然です。でもひとつだけ頼まれてくれますか」

「なんでも言ってくれ。嬢ちゃんには返せないほどの恩があるんだ、俺に断る選択肢なんてねえよ」

「ここは私に任せて、九尾戦に加わってください」

「……本気で言ってるのか?」

「はい。あっちは人数も多いですが、その分守らなければならない人も多いんです」

「守らなきゃって……まさかトライアンフのことを言ってるんじゃないだろ?」

「トライアンフの人たちも、ですよ」


 横目には九尾と戦うフィオナたちが見える。


 が、フィオナが一切火力の役割を果たせていない。なぜならフィオナは慣れない挑発で、九尾の攻撃を一身に受け続けているからだ。


 九尾にとって、敵とはすべての冒険者を指す。


 それは気を失ったチームゴールドの三人、そして脱出ゲートを守っていた盾役二人も含んでいる。



 ――私たちはトライアンフに襲撃を受けたとしても、相手の命を奪わないとの誓いを立てている。


 それは自分から命を奪わないという括りに縛られず、助けられる命を見捨てないという意味でもある。


 そのため九尾を復活させた盾役も、殺意を向けていたチームゴールドも、決して見捨てることはない。


 だが五人を守りながら戦うのは容易じゃない。


 フィオナは腕にしがみつくスピカを盾として立ち回っているが、盾役タンク経験が少ないせいか動きが良くない。


 また盾となったスピカは子ギツネを一掃するため、聖光瀑布ホーリー・フォールを打つのにかかりきりだ。


 キサナは防御力の高くないフィオナを回復させるため、ほとんど攻撃に移ることが出来ていない。つまり決定力に欠ける状況だ。


「だからナガレさんは九尾戦に加わって欲しいんです。リブレイズの三人で戦線維持はできています、後はアタッカーとして立ち回る人がいれば戦況は一気によくなるはずです」

「しかし嬢ちゃんはそれで大丈夫なのか? いくら九尾が倒せても、リーダーがくたばっちまったら……」

「作戦があるんです。だから今は私を信じて、行ってください」

「……わかった、無理はするんじゃねぇよ?」

「はい!」


 私が返事をするとナガレは困ったような笑みを浮かべ、九尾との戦場へ向かって行った。


「……嬉しいじゃねえか。まさかお前から二人きりを望んでくれるとは思わなかったぜ」

「照れちゃいますか?」

「ああ、思わず顔が火照っちまうぜ。お前の苦しむ表情が一人占め出来るかと思うと……ゾクゾクする」

「まったく、手に負えないほどの変態ですね」

「当たり前だろ。人殺しを趣味とする人間が、変態じゃないわけがない」

「なんだ、自覚くらいはあるんですね?」

「当然だ。俺は自分のことを客観視できる、人格者だからな」


 私たちは同時に不敵な笑みを浮かべ、戦闘を再開した。

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