第113話 スピカとアリアンナ

 キサナに飛ばされたスピカは、アリアンナの近くに顔面着地。それでもぴんぴんとしているスピカに、アリアンナはドン引きした表情で問いかける。


「……アンタ大聖女でしょ? なのにクラメンからの扱い、悪すぎない?」

「そうかなぁ? でもこれくらいの方がエキサイティングで楽しくない?」

「舐められすぎでしょ。さっきは女騎士の盾にもされてたし。……実はアンタのクラン、トライアンフよりヤバいんじゃない?」

「ヤバくないよ! クラメン全員が仲よしの、アットホームなクラン!」

「それ超ヤバイやつ」


 思わずツッコミを入れるアリアンナに、スピカはただ笑顔を向け続ける。


 と、アリアンナは自分の立場を思い出したのか、またもや厳しい表情でスピカを睨みつける。


「……フン、どちらにしろ私の負けか。殺すならさっさと殺しなさいよね」

「えーなに言ってんの? 殺すわけないじゃん」

「ハァ? 大聖女だからって偽善者ぶらないでくれる? こっちは本気で殺すつもりだったんだから、やり返されても文句ないっての」


 アリアンナが自嘲気味に吐き捨てると、スピカはきょとんとした表情で首を傾げる。


「でも不思議だねー。自分でころされるとか思ってるのに、どーして逃げたり抵抗したりしないの?」

「出来ないのよ。召喚中はそれ以外の行動できないし、バハムートに攻撃させようとしても自分も巻き添えを食らうだけだし」


 スピカたちに背を向けるバハムートは、十メートルを超える召喚獣だ。昇竜王ノボリュほどの大きさはなくとも、スピカを攻撃させようとすれば間違いなくアリアンナも巻き添えを食うだろう。


「真っ向からバハムートと戦っても勝てそうだったってのに、同時に刺客を送り込んでくるなんて考えてなかった。アンタたちの作戦勝ちよ」

「ふーん? じゃぁキサナの作戦は正しかったんだ?」

「……まぁ、間違ってはないんじゃない。もしバハムートを倒されたら、私はもう一度バハムートを召喚し直すつもりだったし」

「そんなことできるの?」

「普通はできないけど、これを使えばね」


 アリアンナが手に持っているのは『禁忌の願い』と呼ばれる、召喚士専用のアイテムだった。これを使えば戦闘中に一度斃された召喚獣を再召喚することができる。――その際、召喚士が身代わりになるデメリットを伴って。


 もちろんスピカはそんなこと知る由もない。ただアリアンナの手に持つアイテムを「へー」と感心した表情で眺めるだけだった。


「っていうか、いつまでモタモタしてんのよ。アンタは私を殺しに来たんでしょ。殺るならさっさと殺りなさい」

「? スピカはブン投げられるのが楽しそうだったから、バビューンって飛んできただけだよ?」

「意味わかんないんだけど」

「意味わかるよー。だってダンジョン探索も戦いも、楽しいもんでしょ? 目の前に楽しそうなことがあったら、優先するのは当然だよー」

「は、マジで大聖女サマは道楽で戦ってたんだ。ホント、信じらんない」


 アリアンナの憎まれ口も、戦闘前のような憎悪感情は込められていない。


 戦闘によるダメージとバハムート召喚によって魔力の大半は使い切った。煉獄パガトリィを発現させる装備も失い、いまのアリアンナは牙を抜かれた獣も同然だった。


 スピカもそれに気付いて、なのだろうか。敵意を向け続けるアリアンナに臆することなく、スピカは肩を並べて隣に腰かけた。


「なに隣に座ってんのよ」

「別にいいじゃん、っていうか魔女っ子って何歳?」

「なんでそんなこと教えなきゃなんないのよ」

「だって多分、同い年くらいでしょ? スピカ、年の近い冒険者に会ったの初めてなんだー!」

「…………」


 先ほどまで本気で殺そうとしていた大聖女が、肩を寄せて能天気な質問を投げかけてくる。


 アリアンナは敵意を向けた視線で睨みつけても、スピカの笑顔は揺るがない。


 それも当然だろうな、とは思う。だってこいつらは抵抗できない術者の首根っこを抑えたんだ。既に勝敗は決している。


 俎上の鯉を恐れるヤツはいない。質問に答えてやるのもバカバカしいが、目の前の大聖女は想像を絶するほどのバカだ。


(だったらどうでもいいか)


 どうせなにを話したところで、自分のいなくなった後の世界なんてどうでもいい。そう考えたアリアンナは肩の力を抜き、スピカの雑談に答えてやる。


「……今年で十三よ、確か」

「あちゃー、スピカより一個上だったかー。お姉さんぶれると思ってたのにー!」


 アリアンナが妹になることを期待していたスピカが、頭を抱えて残念がる。


「でもすごいね! スピカとそんな変わらないのに、たくさん強い魔法が使えて!」

「別に。強くなっておかないとルキウスにブン殴られるから」

「ええ!? 魔女っ子のクランって弱いと殴られるの!?」

「殴られるってか、殺されるわね」

「やばー!!! でも魔女っ娘くらい強かったらさぁ、ルキウスってヤツを返り討ちににできるんじゃない?」

「言うほど楽じゃないわよ、アルフ達の監視も厳しいし。てかルキウスを攻撃なんかしたら、報復でアニキが殺されちまう」

「んんん? よくわかんない、どうして急にお兄さんの話が出てきたの?」

「……なによアンタ、トライアンフのこと聞いてないの? ナガレが秘密を洩らしに行ったんじゃないの?」

「スピカは難しいことよくわかんない。戦うって決めたのはリオとレハーナで、スピカは楽しそうだから着いてきただけだし」

「あっそ」


 どうやら大聖女は想像を絶するバカだったらしい。同時に自分はこんなバカにキレていたのか、と拍子抜けした気持ちにもなる。


 アリアンナはトライアンフの歯車にされて以降、ずっと苛立ちを抱えながら生きてきた。


 自分を道具のように使うルキウスや結成組。そして同じ歯車組でありながら、すべてをあきらめて粛々と従うバカで無気力な連中。


 綺麗事ばかりのエレクシア教に本聖堂。憐れむような目を向けるクセに、助けようとはしないルキウスの側仕えや私兵。


 そして、大聖女。


 自分と同じ頃の生まれにして、恵まれた地位と能力をすべて手に入れた少女。


 その大聖女が本聖堂で民の祈りを願い続ける限り、すべてのエレクシア国民には慈愛の光が降り注ぐらしい。


 それはすべてのエレクシア国民の常識で、子供の頃に誰もが触れる神話の一説だった。


 ――だがアリアンナや歯車組は、その恵みを受けることはできなかった。


 それはきっと、大聖女がサボっているからに違いない。もしくはニセモノだったり、私たちを差別しているからに違いない。そう信じ込んでいた。


 事実、大聖女はサボっていた。本聖堂で民のために祈るという役目を放棄し、冒険者クランに入って世界各国を漫遊しているらしい。


 だから大聖女は自分を不幸に追い込んだ、ルキウスと同じくらい憎い存在だった。だが――


「でも良かったね! リオたちはルキウスに悪いことをやめさせるために戦ってるみたい! だからスピカたちが勝てば、きっと魔女っ子も自由になれると思うよ!」

「んなワケないでしょ。そもそも私はアンタたちを殺そうとしたんだし、他に悪いこともいっぱいしてきた。ルキウスが捕まれば私たちも騎士団に捕まって……死刑にでもされるんじゃない?」

「えええ!? そうなの!?」

「そうだよ、だから私は別にいま殺されても構わないの」

「そんなのイヤだ! スピカが大聖女けんげんをこうしして、死刑を中止にさせる!」


 目の前の大聖女は、自分の想像していたモノとは別物だった。


 自分が救われなかった境遇を押し付けるのも、バカらしくなってしまうほどに。……だが、それで許してやれるほどアリアンナの根は浅くない。


「意味わかんない。今日まで私たちを助けようとしなかったくせに、どうして今更助けようとするの?」

「んー?」

「アンタ、大聖女なんでしょ? 本聖堂で祈りを捧げることで民を救うんじゃないの? 私が助かってないのは、お前らが遊び惚けていたせいなんじゃないの!?」


 理不尽なことを言っている気がするが、口火を切ってしまえば止まらない。


 だがスピカは事もなげな表情で、信じられないことを口にした。


「あー、あれは本聖堂のプロパガンダだよ?」

「…………は?」

「都合のいいお話のことだよー、あれはエレクシア教がけんりょくをこじするために考えた作り話。本聖堂はそれだけ価値がある場所って思い込ませるための、いめーじ戦略」

「で、でも初代大聖女は死ぬまで聖堂で祈り続けたって歴史が……」

「だけど当時も貧困や大災害、大侵攻スタンピードは起きてたよ? だったらスピカが本聖堂にいてもいなくても、関係なくない?」

「え、あ、まあ……それは、そうかも……?」

「だったらスピカだって外に出たいよ。大聖女って戦っても強いんだし、本聖堂みたいな肥溜めに閉じ込めておくのはもったいない!」

「……じゃあエレクシア教とか、本聖堂ってなんのためにあるの?」

「なくせないからあるんじゃないかなぁ。みんなの信じる神さまが急にいなくなったら、心のよりどころを失う人もいるからねー?」

「な、なんでそんな他人事なのよ?」

「だってスピカはただのスピカだもん、大聖女の才能は覚醒の儀でもらっただけ。エレクシア教を頭ごなしに信じていれば、誰でも助かるなんて都合のいいことあるわけないでしょー?」


 アリアンナの常識が破壊された瞬間だった。


 ここ最近のアリアンナは、大聖女率いるリブレイズを全滅させるために生きてきた。自分が恵まれない環境にある理由を、自分勝手な大聖女のせいにしてきたからだ。


 だが大聖女自身からエレクシア教を否定するような話を聞かされ、アリアンナの頭の中がすごいことになっている。


 自分が報われない責任を大聖女に押しつけたかったのに、自分はノータッチですと言い切られてしまった。もはやなにも口にできなくなったアリアンナは、押し黙る他ない。すると――


「でも死刑はよくないよね! だからスピカは魔女っ子も助けられるように、騎士団にお願いしてみる!」

「……どうやって?」

「これから考える! でもまずはスピカたちが勝たないとダメだから、まずはあのドラゴンを仕舞ってよ?」

「それは、できない」

「どうして?」

「ルキウスはこの戦いを見てる。もし私が自分から攻撃をやめたりしたら、すぐアニキへの制裁が始まってもおかしくない」

「じゃあアリャリャンナがスピカに負けたことにすればいいんだ!」

「……ありゃりゃんな?」

「あれ? 魔女っ子ってそんな名前じゃなかったっけ?」

「アリアンナだよ、バカ! って、負けたことにするってどういう意味よ?」

「とりあえずスピカの言うことにしたがって!」


 自信満々に言い切るスピカの言葉に、アリアンナは困惑した表情をしつつも耳を傾けるのであった。

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