第114話 vs暗殺者アルフレッド①

 一方。暗殺者アルフレッドと刃を交えるリオは、いまも拮抗した戦いを続けていた。


(やっぱりSSランクの冒険者は違うな、ダメージは与え続けてるのに手ごたえが全然感じられないっ!)


 ヒットアンドアウェイをくり返し、アルフには何度もダメージを与えている。しかし決定打にはならず、掠りキズ程度しか与えられていない。


 とはいえ素早さや回避値で勝る私は、ほとんどダメージを負っていない。それでも有利とは言えない状況だ。


 実戦経験の違いもあるのだろうか。二刀流で繰り出す攻撃を、アルフは一本のアサシンダガーで上手く捌いていく。


 攻撃が決まらず、歯がゆい思いは募っていく。だが手数は必要以上に増やせない。


 もし手数を増やして鍔迫り合いになれば、有利になるのは攻撃力で勝るアルフの方だ。そのため私はヒットアンドアウェイのスタイルを崩せない。


 膠着状態に焦りを感じ、攻めっ気を出せば相手の思うツボ。


 地味な戦闘でも着実にダメージを与えられているのなら、持久戦を続けるのが最善だ。


「――ガキの癖に我慢強いじゃないか。伊達にSクランのリーダーをやってないということか」

「私は死にたくないだけです。わざわざ自分から下手を打つ必要はありませんからっ!」


 間合いを詰めた私たちは、短剣を振るいつつ言葉を交わす。


 今回は振るった疾風神雷がヒットし、追加効果の雷迅が発光。弾き飛ばされるように間合いを取ったアルフ目がけ、追撃に手裏剣を投擲。


 手裏剣は躱されたものの、回避した方角は読んでいる。あらかじめ回避地点に跳んでいた私は、二本の短剣でアルフへ追撃!


「――っ!?」


 疾風神雷が稲光を放ち、逆鱗刀の攻撃もヒット。ここに来てようやく深めの打撃を加えることができた。


 だがこれ以上の追撃はしない。乱戦になればせっかくの有利が覆されるかもしれないからね。


「……見かけの割に老獪な戦術を取りやがる。だがその方法で何日かけて俺を殺るつもりだ?」

「そんなにかけたりはしないつもりですよ。少なくとも戦局はもう私たちに傾き始めてますから」

「だろうな。あれだけ大口を叩いていたオーウェンも、あっさり倒れちまったしな」


 魔法剣士フィオナ剣聖オーウェンの戦いは、早々に決着がついていた。


 副将の剣聖がどれほど強くても、終末剣を手にしたフィオナに勝てるはずがない。


 現在フィオナはバハムートと交戦しているが、遠目に見てもかなり押している。


 あちらにはキサナとスピカもいるし、カタがつくのも時間の問題だ。もしバハムートが沈められれば、今度はアルフ一人とリブレイズの総力戦が始まる。そうなってしまえば私たちの勝利は揺るがない。


「初手で女騎士を潰せなかったのが響いたな」

「そうですね。逆に言えば私たちが怖かったのは奇襲だけです、それさえ凌げば負けるつもりはありませんでした」

「クク、早くも勝利宣言か。天下のチームゴールドも舐められたもんだ」

「お一人で逃げてくれたっていいんですよ? ここは脱出ゲートのあるボス部屋ですし」

「冗談言うな。せっかくお前みたいな強敵と殺し合えるんだ、こんな楽しみを逃すほど俺は馬鹿じゃない」

「言っておきますけど、私にあなたを殺すつもりはありませんからね」

「だろうな。気に食わないことに、お前からは殺意がまったく感じられない」

「リブレイズはホワイトなクランですから。あなたと戦ってるのも正当防衛で仕方なく、です」

「余裕ぶりやがって。だがそれでいい、そんなお前がどんな怯えた表情を見せるのか、今から楽しみだ」


 アルフはそう言って、真っ直ぐこちらへ突っ込んできた。


 腹を立てたことによる特攻――は考えづらいが、敵の意図が読めない。私はとりあえず火遁かとんで弾幕を張り、後ろへ跳んで様子を見る。


 が、アルフは火遁を防ごうともせず、勢いを殺さず眼前に迫ってきた。


「なっ!?」

「敵の直撃をもらっても、それ以上のダメージを与えればプラスだ」


 アルフの全力で振るわれたアサシンダガーを――左腕で受けつつ、同時に反撃。


 疾風神雷の効果で辺りに雷迅が迸るも、アルフは怯まず食い付くように追撃を加えてくる。


 一撃ごとに距離を取っては有利が取れないと悟り、近距離を維持する戦術に切り替えたようだ。


 素早さや回避値で上を取っているため、その後の追撃をもらってはいない。重い一撃さえもらわなければ、決して劣勢とは言えないのだが……


(左手に受けた傷が痛くて、力が入らないっ!)


 左手に力が入らず、スキル二刀流を生かせなくなってしまった。必然的に手数が減り、回避に専念せざるを得なくなる。


 幸い、アルフが早くなったわけではないので攻撃は躱せる。しかし追撃がしつこすぎて回復する隙がない。


 距離を取ろうと後方へ跳んでも、すぐさま暗器の苦無くないが跳んでくる。私も手裏剣で反撃を試みるも、アルフは回避することなく突っ込んでくる。


 体力HPと引き換えに素早さを補う、狂った戦術だ。回避や防ぐ時間を削って、私の体力を削ろうと迫ってくる。


「――女の子に距離詰めすぎですよっ、パーソナルスペースってご存知ないんですかっ?」

「聞いたことはある。だが暗殺者の俺に、関係があるとは思えないな」


 アルフが振り下ろしたアサシンダガーを、私は二対の短剣で受け止める。ついに鍔迫り合いに追い込まれてしまった。


 体格差のある相手に、この姿勢を維持するのは不可能だ。片腕に力は入らないこともあり、間違いなくこちらが押し切られる。なにか打開策を練らないとっ――!


「安心しろ。簡単には殺したりしない、それは旦那のリクエストにも反するからな」

「……こっちだって、殺されるつもりなんて、ありませんよっ! むしろ、もう勝ったつもりで、いるんですかっ!?」

「強がるならさっさとこの状況から抜けてみろ。先ほどよりずいぶんと表情に余裕がないぞ?」

「これはそういう作戦、ですからっ!」

「そうかよ」


 アルフは両手で短剣のつかを握り、一層の力を込めて押し込んでくる。


 そして眼前まで迫ったところで……ふっと力を抜き、短剣の自由落下を許す。


「っ!?」


 突如として支える力を失ったアルフは、アサシンダガーを握ったまま前のめりに倒れ込む。


 私は剣線から逃れようと体を逸らすが……この距離では避けられない。アサシンダガーの剣線が、私の右半身を切り裂いた。


「…………ッッッッゥ!」


 激痛に頭が焼き切れそうになるが、これは意図して受けた傷。備えていた分だけ多少は踏ん張れる。


 一方、全体重をかけていたアルフは派手に態勢を崩している。私はその隙を見逃さず、アルフにトリモチを投擲。


 大きく素早さを落とし、かつ隙を作ったアルフから離れてブーストポーションを使用。かなりのダメージを負ったが、回復できたこともあって左手にも力が戻ってきた。


「クソッ!!!」


 悪態をついたアルフが、苛立った表情で突っ込んでくる。


 しかしトリモチで素早さを失ったアルフに、先ほどまでのキレはない。


 もちろん私にも痛覚が残っているので、万全に動けるワケじゃない。だが素早さ弱体デバフを受けたアルフよりはマシだ。


 痛覚を消す時間稼ぎのため、私はアルフから距離を取ってキサナたちの戦況確認をする。


 フィオナはバハムート相手に善戦しており、背後ではキサナが絶え間ない回復のサポートに入っている。


 が、もう一人の姿が見当たらない。


「……あれっ、スピちゃんは?」


 スピカの姿がどこにも見えない、さっきまでキサナと一緒にいると思ったんだけど。


 私は辺りを見回し、スピカを探していると――


「リオ~~~!!!」


 まるで示し合わせでもしたように、スピカの元気な声が聞こえてくる。


 私は声のした方に視線を向け……ぎょっとする。だってスピカはバハムートの真後ろで、アリアンナの胸倉を掴んでいたのだから。


「リオ~~~!!! スピカ、アリャリャンナのこと倒したよ~~~!!!」

「だ、だからアリャリャンナじゃないって言ってるだろ!」

「んだと、ごるぁっ! アリャンナのぶんざいで、スピカ様に逆らおうってのかぁ~~~?」

「…………わ、わーーー、誰か助けてーーー」


 なにやら三文芝居をする二人の少女がいた。


「……なにあれ?」


 私が首を傾げつつ二人の姿を眺めていると、スピカがアリアンナの服についているリボンを前に突き出しながら言う。


「リオ! リャマリャンナの征服はもう少し! トドメを刺したいから、!!!」


 言われてドレスの胸元に添えられている、エンジェリックリボンをリオに見えるように突き出した。


(なるほど、そういうことか!)


 私はアリアンナの胸元についていたエンジェリックリボンを――盗むっ!


 一瞬のうちにリボンが左手に収まり、アリアンナの状態異常が無効化された。


 そして胸元のリボンが消えたのを確認すると、スピカは誘眠スリープの魔法を行使。


 魔法をかけるスピカは友達に向けるような笑みを向け、アリアンナもどこか呆れたような笑みを浮かべている。


 二人の間になにがあったのか、私はまだ知らない。


 だが眠りにつく前のアリアンナは、どこか安らかな表情をしているように見えた。




 ――こうしてアリアンナが眠りにつき、魔力の供給を失ったバハムートは自然消滅。


 チームゴールドの三人が戦闘不能となり、アルフレッド一人を残すだけとなった。

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