第109話 vs剣聖オーウェン①

「血に染まりつつも凛々しく立ち上がる女騎士。う~ん、いいねぇ! 旦那の獲物じゃなけりゃ、俺のペットにしてやったのによぉ?」

「黙れ、下郎」

「その冷たい目、最高にそそるぜ。ますます気に入った!」


 下卑た視線を隠さず向けてくる男、ゴールド副将の剣聖オーウェン。


 彼に対峙するフィオナは不意のイクリプスを受けてしまい、ドレスアーマーは自らの血で赤く染まっている。無論、回復魔法は受けているので傷はふさがっている。


 オーウェンの舐め回すような視線に吐き気を覚えつつ、フィオナは冷えた目で敵を睨み据える。


「しかし、その態度はいただけねぇなぁ。俺は伯爵家の息子だぜ? まさか騎士のクセして貴族に対する礼儀も知らねぇのか?」

「お前たちのような者に向ける礼儀など、存在しないだけだ」

「あ~もうダメ、その考え方がダメ。身分ってのは絶対不変の上下関係なの、そんなこともわかんねぇなら……俺様がじきじきに教育をしてやらねぇとな?」


 そう言ってオーウェンが気取った様子で剣を抜く。


「……ひとつ、聞かせてもらえるだろうか」

「お? 俺に興味持ってくれたか? なんでも聞けよ!」

「お前は貴族の息子なのだろう? それなのにどうしてルキウスの下で、冒険者なんてしているのだ?」

「……あン?」


 不機嫌そうな顔を見せたオーウェンに、フィオナが小馬鹿にした表情で言う。


「それはきっと。ルキウスの配下が貴様の天職だったから、なのであろうな?」

「てめぇッ!」


 額に青筋を立て、オーウェンが抜いた剣を振りかぶる。


「舐めたクチを聞きやがって、このアマァッ! その言葉、必ず後悔させてやる! ――食らいつくせ、ソウルイーター!」


 その言葉と共にオーウェンの剣、ソウルイーター(S+)から衝撃波が放たれる。


 横薙ぎの衝撃波は回避できそうにない。フィオナは終末剣を縦にかまえ、衝撃波の威力を相殺そうさい。極最小のダメージに抑えることができた。


 するとオーウェンもその剣が普通ではないことに気付き、眉をひそめる。


「それか。旦那が言ってたラグナレクを一撃で屠った剣ってのは」

「なぜ貴様がそれを知っている?」

「さあ~なんでだろうな? ……だが気に入らねえ。俺様の前で格上の剣を振り回されんのはよぉ?」


 剣聖としてたくさんの剣を見てきたオーウェンにも、それくらいのことはわかる。 フィオナが手にしている漆黒の剣は、ソウルイーターを越える業物であることが。


 だがオーウェンの不平を耳にしたフィオナは、なぜか笑いだした。


「……ふ、ふふ。なにを言っているんだ貴様は」

「あ? なに笑ってやがる?」


 オーウェンが凄んで見せるものの、フィオナは笑うのを止められない。


「なにがおかしいんだよ、お前ふざけてんのか!?」

「いや、すまない。まさか良い剣を持っているだけで、気を悪くする剣士がいると思わなかったものでな」

「なに?」

「だってそうだろう? 剣の良し悪しだけでは勝敗に直結しない。それなのに相手の剣を見て腹を立てるとは。……は、はははっ!」


 突然笑いだしたフィオナに、オーウェンは不気味な物を見るような目を向ける。しばし笑い続けたフィオナは落ち着くとともに、呼吸を整えて凛然と言い放つ。


「相手の剣が格上だったら、どうだというのだ? もし相手の剣が優れていたとしても、自分の剣が素晴らしければ、なんの関係もないだろう」


 剣士がいま手にしている剣は、自分が手にできる最高の物であるべきだ。


 それは価格やランクだけの話ではなく、整備を怠っていないか手に馴染む物であるか。そんな感覚的な物も含んでいる。


 自分が剣の腕を磨く中で用意できた、最高の武器。もしその剣を使い敗れたのであれば、剣士としての総合力で相手に劣っていただけの話だ。


 それがフィオナの考える、戦闘に臨む心構え。


 だから相手の武器性能の良し悪しで、感情を左右させるオーウェンが滑稽に思えて仕方がなかった。


「ランクSの剣聖と聞いて、少しは期待していたのだが……貴様から学べることは、なにひとつなさそうだ」

「てめぇ、コケにするのもいい加減にしろよ!」


 もう我慢ならないと、オーウェンはソウルイーターを構え直す。


剣心一体けんしんいったい、ソウルイーター! これでお前の体力を食らいつくしてやるっ!」


 そう言ってオーウェンは剣を振るって衝撃波を打ち放つ。


(あの衝撃波はおそらく『ブレイドショック』、おまけにソウルイーターの追加効果は与えたダメージの吸収だ)


 そしてオーウェンが言葉にした剣心一体。リオの談によれば剣心一体は、魔力を消費することで剣の追加効果を増幅させるスキルだと聞いている。


 だとすれば敵は攻撃と同時に、自らの傷を大幅に癒しながら戦うことができる。防御手段のないアタッカー同士の戦いでは、かなり有効なスキルと言えるだろう。


 加えて横薙ぎの衝撃波は、容易に回避できるものではない。終末剣を縦に構え、衝撃を和らげることしかできない。


「なんだよ張り合いねえな! 生意気なクチ叩いといて防御しかできねえのかよ?」

「そうだな。ではこちらも応戦しようか――吹雪ブリザードっ!」


 途端、ボス部屋全体に吹雪が吹き荒れる。


 効果範囲は全体のため、オーウェン以外の三人にも吹雪のダメージ。


 と、同時。吹雪と重なる形でスピカの聖光瀑布ホーリー・フォールが、ボス部屋一帯に降り注ぐ。が――


「おっ、来た来た。大聖女サマの聖光瀑布ホーリー・フォール! ようやく旦那ルキウスの用意してくれた、光吸収防具が役に立つ時が来たぜ!」


 破壊の雨を浴びたオーウェンは高笑い。直撃した破壊光線を受けても膝を折ることなく、衝撃波ブレイドショックをひたすら連打する。


(くっ、なるほど。これくらいの対策はしてきているということか!)


 フィオナは横目にトライアンフ全員の様子を眺めると、誰もが聖光瀑布ホーリー・フォールを防ごうとする仕草を見せない。おそらく全員に光吸収装備を持たせているのだろう。


「残念だったなァ? せっかく氷風コラボ魔法で俺にダメージを通せたのによォ?」

「別に構わないさ。序盤に貴様らの防具性能が見極められたのだ、終盤に発覚することがなくて良かったよ」

「……いちいち強がりやがって、マジでムカつくなお前ッ!」


 オーウェンはまだ吹雪の吹き荒れる中、自らの剣を高々と掲げてみせた。するとフィオナの放った吹雪が、ソウルイーターへみるみる吸収されていく。


「驚いたか? これは剣聖の補助スキル、誘魔針マジックアースだ。相手の魔法攻撃を受け流して無効化させる。そして――」


 気付けばソウルイーターは、吹雪ブリザード属性付与エンチャントさせていた。


「自分の力に食われろッ、吹雪ブリザード剣ッ!」


 吹雪の力を乗せた衝撃波ブレイドショックがフィオナへ襲い掛かる。


 今度の攻撃はオーウェンの力だけでなく、フィオナの魔力も上乗せされている。


 二人分の魔力を乗せた攻撃は今まで以上に火力が高く、フィオナは衝撃波を抑えきれず後方に吹き飛ばされる。


「――がっ!」


 宙に浮かされ、地面へ叩きつけられるフィオナ。それを好機と見たオーウェンは、追撃のため足を前に踏み出した。


「ヒャッハッハ! 驚いたか? 俺は剣聖だけでなく、魔法剣士の才能も持ってんだよ! 誰かさんが才能の増やし方を教えてくれたからなァ!?」


 笑い声をあげたオーウェンが、片膝で立ちあがろうとするフィオナ目がけて剣を振り下ろす。


「お前のリーダーはバカだよなァ? 黙っておけば自分だけが甘い汁を吸えたのに、わざわざ世間に公表なんてしちまってさァ? お前はそのせいで俺に食われちまうんだからよ!」


 オーウェンの体重をかけた重い斬撃。それをフィオナは鍔迫り合いで命からがら食い止める。


「褒められたかったのかどうか知らねーけど、感謝はしてるぜ? だってそのおかげで俺たちは、楽にお前らを叩きのめせるようになったんだからよォッ!」


 そう言ってオーウェンは剣の峰に片方の手を置き、鍔迫り合いで粘るフィオナへを見下ろして言った。


「ここで終わりだ、女。ギガブレイドッ!」


 オーウェンは勝ち誇った表情で、剣聖のをゼロ距離でフィオナへと叩き込んだ。




―――――


 僕らのフィオにゃんが負けてしまう~~~!?(棒読み

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