第108話 トライアンフ戦開始、一方レファーナたちは……?

はやいな。俺の攻撃について来れるとは思わなかったぜ」

「っ、これでもSランク冒険者をやってるんでねっ!」


 四十層のボス部屋で、私は暗殺者のアルフと短剣を打ちあっていた。


 互いに素早さと回避を活かした、ヒットアンドアウェイの戦闘スタイル。互いに近距離を嫌うため、打ち終えた後はまた大きく距離を取る。


(素早さは私の方が上だけど、力はあっちの方が上だな……)


 私は素早さと回避を極限まで上げているので、相手の速度に翻弄されることはない。だがアルフは事前情報で『武闘家』の才能を持つこともわかっている。


 男女の違いや体重もあるので鍔迫り合いでは押し切れない。そのため私は手数で細かくダメージを蓄積し、いずれ体力を枯らすというのが有効な戦術になるだろう。


 それに私は二刀流だ、手数だけは絶対に負けない。事実、こちらの攻撃は何度か当たっている。いずれもかすり傷程度だが、根気よく続けていけばいつか負けることはないだろう。


 何度か打ちあいつつ、私は周囲の状況を確認する。


 一番最初に目に入ったのは脱出ゲート。なぜならゲートの前には、ガチガチに防具を固めた二人が立っていたからだ。


 役割はおそらく盾役タンク。私たちの脱出を阻止するためだけに、ゴールド四人とは別のメンバーも呼んでいたらしい。


(デュランダルの三人組はブロンズって言ってたし、二人はその残りかな……?)


 チームシルバーは姿を見せてないものの、そう考えるのが妥当な気がする。サポートを持たないトライアンフに盾役は居なかったはずだが、それも古い情報だ。


 才能継承が一般化した以上、第二才能で盾役タンクが増えていてもおかしくはない。同様に回復やサポートがないという前情報も、忘れた上で戦うべきだ。



 そんなことを考えていると、ゴールド四人に『天罰』の演出エフェクトが飛んできた。どうやら持ち直したスピカが弱体効果デバフを付与してくれたようだ。


 するとアルフはスピカに向かって苦無くないを投擲。私は同時に忍具『手裏剣しゅりけん』を投げ、苦無の軌道を逸らす。


「邪魔をするなッ!」


 こちらへ突っ込んできたアルフが、勢いを乗せてアサシンダガーを振りかぶってくる。が、打ちあいに付き合う必要はない。


 特攻してくるアルフを躱し、距離をとって忍具を投げようとしたところ――逆に武器が飛んでくるのが見える。アサシンダガーだ。


 躱せないと判断した私は、持っていた短剣でそれを払い落とす。が、うまく軌道が逸らせず手にかすり傷を負ってしまう。


 アサシンダガーのかすり傷。


 それを確認したアルフは笑みを浮かべるが、私はノータイムで手裏剣を投げ返す。油断していたアルフは被弾、互いにかすり傷を負う痛み分けとなる。


「……アサシンダガーの傷にも動じない。さすがに即死対策くらいはしてきたか」

「そっちも状態異常対策はされてるみたいですね」


 スピカの天罰は「混乱+猛毒+魅了+麻痺」という山盛りの状態異常を付与するスキルだ。


 それを受けてピンピンしているということは、相手もそれなりの対策はしているようだ。


 もちろん私たちも『セーフティジェム』という即死無効アクセを装備している。リーダーは暗殺者で黒いウワサも多い、これくらいの対策は当然だ。


「だが即死対策をして、本当に良かったのか?」

「……どういうことです?」

「だってそうだろう。即死とは苦しまずに逝けるということだ、それなのにお前らは対策をしてしまった。つまりお前は俺にいたぶられ、命乞いをしながら殺されるということだ」


 アルフが酷薄な笑みを浮かべ、陶酔するような声音で言う。だが……


「それを聞いて安心しました」

「あ?」

「見ず知らずの冒険者と傷つけあうなんて、本当はイヤだったんですが。あなたが相手なら罪悪感を持たずに戦えそうです」

「そうか、それはよかった。俺も手ごころを加えられるのは好きじゃない」


 私は暗殺者と冷たい笑みを交わし、ふたたび刃を交えるのだった。




***




 ――話は変わり、これはリオたちが三十層を出発したばかりの頃。


 レファーナとガーネットが待つ炎竜団ハウスに、奇妙な来客が訪れていた。


「なんだお前は? どうしてレファーナたちがここにいることを知っている?」


 護衛を任されるルッツと、炎竜団の三人は緊迫した表情で武器を身構えている。


 だが当の来客は彼らの警戒を意に介さず、自分の言いたいことだけを口にする。


「そんな些細なことはどーでもいいじゃないですかぁ! ワタクシはこの魔道具を、みなさんと一緒に鑑賞したいだけなんですから!」


 片眼鏡モノクルをかけた陽気な男が、持っていた魔道具ドラゴパシーを誇らしげに見せびらかしてくる。なんの魔道具かわからない炎竜団は、ますます警戒を強めるばかりだ。


「それをこちらに向けるのをやめろ! まずは名前くらい名乗ったらどうだ!」

「おや、これは失敬。あまり人里には出てこないもので、その辺の常識を失念しておりました」


 男は魔道具をマジックポーチへ仕舞うと、優雅な立ち振る舞いで頭を下げる。


「ワタクシはエルドリッヂ。エレクシアからはるばるやって来た、天才錬金術師です!」

「……その天才錬金術師サマが、一体なんの用じゃ?」


 ルッツたちの背後に隠れていた、レファーナが怪しい者を見る目で顔を出す。


「おお、あなたが天才縫製術師のレファーナ様ですか! ウワサはかねがね聞いております。が、まさかこんな童女だったとは」

「アチシは成人じゃっ!」

「おや、そうでしたか。あまりにも若く見えてしまったので、つい」

「見た目や年齢の話はやめい。……で?」

「先ほども申しあげたとおりです。この魔道具を一緒にご鑑賞できればなと」

「生憎、アチシらもヒマではない。素性もわからぬ天才錬金術師サマと、遊んでるヒマはないのじゃ」

「ほほう? この魔道具でリブレイズの主、リオ様たちの状況がわかるとしても?」

「…………リオたちの状況?」

「イエスッ! これは遠くの映像を観ることのできる魔道具、これを使えばダンジョン内部の映像でさえ地上で観ることができるのです!」


 若干、というか相当の胡散臭さを感じつつも、レファーナたちはエルドリッヂを客間へ案内。魔道具を起動させることに。


 するとエルドリッヂの申告通り。魔道具は桜都四十層へ向かう、リオたちの映像を画面上に浮かび上がらせた。


「な……本当に映りおった!? これはいつの映像じゃ!?」

「もちろんリアルタイムの映像ですよ」

「す、すごいっ! ダンジョンの中って本当に別世界が広がってるんですね!」


 ダンジョン内の構造を初めて見たガーネットは、二重の意味で感動して目を輝かせている。その反応を見てエルドリッヂも誇らしげだ。だがレファーナは眉間にシワを寄せ、鋭い眼差しをエルドリッヂに向ける。


「……確かにこれは常識を覆す魔道具じゃ。しかし言い換えれば、これはリオたちを監視する映像。お主はどうやってこれをセッティングしたのじゃ?」

「さすがは天才縫製師サマ、いいところに気が付かれますね! この映像はルキウスが部下に命じて記録させている、リブレイズの動向を監視させるための映像です」

「なんじゃと? すると貴様、ルキウスの手の者か!?」

「そうですねぇ、つい数日前までは」

「……どういう意味じゃ」

「はい。実はワタクシもルキウスのことは好きではないのでねぇ、彼には潰れてもらうことにしたのですよ」


 そう言ってエルドリッヂは、ルキウス失脚計画の一部始終を話し始めた。


 事の発端はエルドリッヂと付き合いのあったクランが、トライアンフによって解散させられたことが始まりであった。


 そのクランは錬金術に必要な素材収集をしてくれていたクランだった。だが解散されてしまっては必要な素材が集まらない、そのため新しい取引先を探そうとしていたところ……真っ先に声をかけてきたのがルキウスであった。


 どうやらルキウスはエルドリッヂとの独占契約を求めていたがために、以前の取引先を解散させるように動いていたらしい。エルドリッヂは感情で動く人間ではないものの、余計な手間を取らせた連中に利することはしたくはない。


 ので、派手に裏切ってやることにした。


 トライアンフは調べれば調べるほど、危ういクランであることが判明した。中でも奴隷のように扱われている、歯車組と呼ばれる連中はルキウスを簡単に裏切ってくれるだろう。トライアンフ領に出向いた時にナガレと接触を持ち、切り崩せそうな情報を次々に入手。ルキウスには新型魔道具の独占的使用を条件に、ドラゴパシーの製造資金を全額負担してもらった。


 だが完成したドラゴパシーは現在、聖教騎士団の元へも届けられている。聖教騎士団はルキウス検挙に燃える最先鋒だ。王太子へも情報をリークしているため、きっと国を挙げてルキウス確保に動き出してくれることだろう。


 ――つまりルキウスは金を出して作らせた魔道具により、自ら破滅の道を歩まされていたのだった。


「……ふん、なるほど。要はリブレイズは証拠現場を抑えるダシにされたというワケか」

「はい、その通りでございます!」

「少しは悪びれる様子くらい見せんか、たわけが」

「はっはっは、これは面目ない!」


 笑いながらもまったく悪びれる様子を見せないエルドリッヂ。


「しかしそのお詫びといってはなんですが、ご用意させていただいたモノがございます」

「なんじゃ、金か?」

「はい、金です」

「遠慮なくもらおう」

「正確には商談、では御座いますが」

「なんじゃ。もったいぶらんで、さっさと話せ」

「はい、実はですね……」


 ――こうしてリオたちのあずかり知らぬところで、また別の話が動き始めていたのだった。



―――――


 色々と仕込みを入れましたが、次回より本格的なトライアンフ戦となります。


 まずはフィオナvs剣聖オーウェンから!

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