第106話 追撃隊到着、そしてお疲れ様でした!
「はあ、はあ……助かりました! このご恩は一生ッ、忘れません!」
「い、いえ。おかまいなく」
三十層でブッ倒れた三人組は、私が差し出した皮水筒を、またたく間に飲み干してしまった。
どうやら三人はここまで休まず走ってきたようで、いまも息を切らせてボス部屋の床に横たわっている。
(この人たち、なにしに来たんだろう……?)
ついにトライアンフの襲撃かと思いきや、死にそうなほどに疲れ切っている。ちらりと横目でナガレを見ると、笑いを噛み殺しながら横たわる三人に魔道具のレンズを向けていた。
なにやら不可解な状況に困惑していると、鼻をつまんだスピカが三人を笑い飛ばす。
「ははーおっちゃんたち、めちゃめちゃ汗クサーい! ちゃんとお風呂に入らないとダメだよー?」
「こ、これは失敬! 三日前から寝ずに走ってきたもので、とはいえ我々も旦那様の意向に従うしかなくっ……」
「ふーん?
「いやはや、本当にそうなんですよ! 結果重視の管理者は、現場の苦労をまるでわかってくれやしない!」
「えーなにそれ、よくわかんなーい」
「ああ、失礼しました。私としたことが、うっかり自分語りを始めてしまいました」
そう言ってリーダー格の男は立ち上がり、一礼をして名乗り出る。
「助かりました、旅の人。私はトライアンフのインフェルノ・ゴッド・デュランダル。チームブロンズのリーダーを務める盗賊紳士です」
「あっ、どうも」
やっぱりトライアンフなのかと思いつつ、握手を求められたので応えてはおく。っていうか盗賊紳士って新しいな、私もマネして盗賊淑女とでも名乗ってみようかな?
「本来であれば厚く御礼を差し上げたいところですが、私も忙しい身の上。実はリブレイズと言うクランを追っている最中なのでございます」
「はあ」
「次にご縁があれば、このご恩は倍にしてお返しいたします」
デュランダルは汗まみれの顔で笑みを作ると、スマホのような魔道具を取り出し、どこかに話し始めた。
「えー、こちらデュランダル。ルキウス様、ただいま三十層に到着いたしました」
『そんなことはわかっていりゅっ! きしゃま、気でも狂ったか!?』
「い、いえ。脳は正常に御座います」
『だったら目ン玉かっぽじって、目の前の冒険者を見てみやがりぇっ!』
魔道具ごしに怒鳴られたデュランダルは、やや苦い顔をしつつも私たちを思案顔で眺め始める。
するとようやく理解が及んだのか、表情を引きつらせながら後ずさり。そして部下の二人を叩き起こした後――開き直ったように邪悪な声で笑い始めた。
「ハ、ハァッハッハッ! ついに追いつきましたよ、リブレイズの皆々様方! 私はチームブロンズのリーダー! インフェルノ・ゴッド・デュランダル様であるっ!」
デュランダルがそう名乗ると、部下たちがこちらにも聞こえる声でひそひそ話を始めた。
(デュランダル様、我々の目的は闇討ちです。わざわざ名乗り出てしまってよろしかったのでしょうか?)
(しかもヤツらの背後には脱出ゲートがあります。いま仕掛けて逃げられてはすべての策が台無しになるのでは?)
(ええいっ、うるさいですよ二人とも! 彼らを仕留めずに帰れば、ルキウス様にどのような罰を受けるか、わかったものではないでしょうっ!)
敵を前に堂々と内輪揉めを始めるデュランダルたち。まるで魔法少女の変身シーンを待つ、怪人にでもなった気分だ。
しばらく待っていると話はついたのか、中断されていた前口上の続きを述べ始める。
「貴女達もSランクダンジョンに挑戦できるほどの精鋭とお見受けします。しかぁし残念、このインフェルノ・ゴッド・デュランダル様と出会ったのが運の尽き。貴女たちにはここでダンジョンの染みとなっていただきましょう!」
するといつぞやのように、インフェルノ・ゴッド・デュランダル様のお声をさえぎる者が現れた。
「やあやあやあ、私はスピカ・ハルシオン! エレクシア教の転覆を目論む、キュートでダークな大聖女である!」
恐れ多くもインフェルノ・ゴッド・デュランダル様に対抗する形で、スピカが声を張り上げ前に出る。
「ほほぉう! これはこれは大聖女様、なんと深遠なる野望を持った御子にあらせられますか!」
「スピカはいまも覇道をまいしんするさなか。それを呼び止めようとは、なんと不届き千万なやからたち!」
「これは失敬、しかしその夢潰えたり。なぜなら貴女様の命は今日この日、デュランダル率いる追撃隊にて摘み取られたりっ!」
「でも眠そう?」
「それは……三日も寝てないので」
「じゃあ
「ぐう」
スピカが人差し指をくるくる回すと、デュランダルたち三人は気絶するように眠りこけてしまった。
「あ、スピちゃん終わった?」
「うん。みんな眠かったのか一瞬でグッスリだったよ!」
「そっか、じゃあ三人とも脱出ゲートから追い出しちゃおうか!」
私たちは寝入った三人を脱出ゲートまで引きずっていき、一人ずつゲートに投げ込んでいく。
ここまで来るのは大変だったと思うが、戦っている時間ももったいない。三人には地上でゆっくり眠っておいてもらおう。
こうして三人を地上へと投げ返した後、その場でランチ休憩を取って四十層に向けた歩き出したのだった。
***
『む、無能があぁーーーーっ!!!』
ルキウスの絶叫がドラゴパシーを通して響きわたる。
その映像を見ていた聖教騎士団、およびセドリックはなんとも言えない表情でその様子を見守っていた。
「……団長、どうでしょうか。一応トライアンフがリブレイズを襲おうとした映像ではありましたが」
「さすがに今の内容では強制捜査には踏み切れないな……」
映像を眺めていたセドリックたちは、トライアンフが現れたことで騎士団を動かす準備に入っていた。
もしトライアンフがリブレイズに攻撃を仕掛けていれば、冒険者を攻撃した罪に問うことが出来た。
だが先ほどの映像はもはや茶番で、同盟クランと遊んでいたと言われればそれまでだ。強制捜査に踏み切れるほどの理由はなく、騎士団の職権乱用として逆に裁かれてしまうだろう。
「歯がゆいですね……守る立場にあるはずの我々が、襲われる現場を待たなければいけないなんて」
「それに関しては私に責任がある、座して決定的瞬間を待てと指示したのは私だ。トライアンフを裁けたとしても私は今の地位を追われるだろう、もしそうなった時は……騎士団を頼む」
「よしてください団長。我々はあなたが団長だからここまで着いてきたんです。きっと司法が配慮を持った判断を――」
「――なにやら面白そうな話をしているね?」
セドリックたちが難しい顔で映像を眺めていると、騎士団の詰め所に流麗な声が響き渡った。
振り返ると騎士団員たちが敬礼をしながら道を開け、一人の男性がセドリックへと歩み寄ってくる。その姿を見たセドリックは、すぐさま席から立ち上がり最敬礼を取る。
「フェルナンディ
「ああ、構わない。楽にしてくれたまえ」
フェルナンディと呼ばれた男性が片手を前に出すと、セドリックたちは緊張感に身構えつつも敬礼を解く。
そして机の上に置かれた
「なるほど。これがエルドリッヂの言っていた魔道具か」
「……この魔道具をご存知で?」
「いや、見たのは僕も初めてだ。だが騎士団に面白い魔道具を届けたと聞いてね。ふむこれはダンジョンの映像かな、とても興味深い」
流れるような動作で近くの椅子を引き、当たり前のように映像を見始める。
「で、殿下……?」
「僕も鑑賞会に参加したらマズイかい?」
「い、いえ。ですが公務はよろしいのですか?」
「こうして各所を出向くのも立派な公務さ、それに僕たち王族はエレクシアではただの象徴。君たちのように決まった仕事がないから、結構ヒマなんだ」
今年で十八歳になる王太子は、画面を見つめたまま興味深そうに画面の少女を指差す。
「あれっ、セドリック。この子は確か、飛竜を説得した少女ではなかったかい?」
「は、はいっ」
「へえ、とても元気で可愛らしいじゃないか。僕のタイプだな」
「……は?」
「ああ、こっちの話さ。それよりどうして騎士団総出で、この魔道具を見ているんだい?」
「……実はある筋の情報により、トライアンフが彼女たちを襲撃するとの情報を得ております」
「おや、それは大変だ」
「ですので有事に備え、彼女たちの安全を確認している次第であります」
「なるほど。だが事が起こってから対処と言うのは、騎士団にあるまじき姿ではないのかい?」
「……処罰は覚悟の上です」
「ふむ、セドリックはこの任務に随分と賭けているんだね。――よし、わかった。僕は君たちの任務を支持することにしよう」
「は……と、申しますと?」
「なにかあった時は僕が矢面に立ち、君たちを弁護するということだよ」
セドリックたちが驚きに目を見開いていると、王太子は映像を指差しながら聞いてくる。
「それより誰か教えてくれ。この画面に映ってる魔物は、一体なんという名前なんだい?」
「は、はっ! すぐに確認します、おい鑑定スキル持ちっ!」
―――――
※エレクシア王室
共和制エレクシアにて”王室”の議席を持つ、旧エレクシア王国の血縁者。王室との名はあるものの、政治に直接関与する組織を持たないため発言力は強くない。
しかし豊かさの象徴として、市民からはアイドル的人気を集めている。主な役割は国民の反感、政治への不信を代弁して政策融和を図ること。
また一部に権力が集中しないよう深い交友関係を持ち、各所を繋ぐ役割を担っている。
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