第98話 対面ルキウス、ナガレとの再会

 空き地にノボリュが降り立つと同時、私たちを待っていたルキウスが声をかけてきた。


「これはこれはリブレイズのリオ様! 首をながーーーくして、お待ちしておりましたよぉっ!」

「お久しぶりです、ルキウスさん。わざわざ出迎えてくださってありがとうございます」

「リブレイズは一世を風靡ふうびする花形クラン、であれば相応の礼儀を尽くすのが当然でございましゅ!」


 ニタニタグフフと笑みを浮かべるルキウスに、表情を引きつらせながらも愛想笑いを返す。


(人を見た目で判断したくないけど……先行するイメージもあって、いまいち顔が引きつっちゃうなぁ)


 着ている紳士服はみちみちで、バルンと突き出たお腹がやたらと気になってしまう。お世辞にも好感を持てる外見とは言いづらい。


 私がなんと言っていいか迷っていると、ルキウスはノボリュを見上げて感激口調で語り始める。


「こちらがウワサに名高い昇竜王しょうりゅうおうで御座いましゅか! なんと大きく、強そうな体をされているのでしょぉ!」


 するとノボリュはチラと眼前のルキウスを見下ろし、フンと鼻息をならして目を瞑ってしまった。


「いやあ、素晴らしい。しかもリオ様は昇竜王に立ち向かい、その力を以って王を従えたと聞いておりましゅ。一体どのような方法で手懐てなずけたのでしゅか?」

「手懐けてなんてませんよ? あくまで対等な契約を結んだだけです」

「またまた御謙遜ごけんしょんをぉ~。きっと裏ワザ的な戦術をお使いになられたのでしょぉ? オイラたちは同盟関係なんでしゅし、教えてくだしゃいよぉ~?」


 ルキウスがニヤけ顔を寄せてくるので、私は思わずその場で仰け反ってしまう。すると――


「我は人間との共生に同意し、リオを通して人間社会を観察しているだけだ。手懐けられたなどと称されては……不愉快だな?」


 ノボリュは瞑っていた目を開き、ぎろりとルキウスを睨みつける。


「ギュ、ギュフ……そりは失礼しました」


 格上の生物に不快と言われ、ルキウスも思わず及び腰になる。だがノボリュも口ほどには怒っていないのだろう、ルキウスをわずかに睥睨して目を閉じた。


「さ、さて! ではお話も少ししょれてしまいまちたが、リブレイズの皆さんをランチにご招待しましょう!」

「ランチ、ですか?」

「はい。領に到着するまでの間、大変お疲れになられたでしょぉ? 少しでも息抜きが出来ればと思い、ささやかながらお食事の準備をさせて――」

「……あー、ごめんなさい。実はお昼、食べてきちゃったんです」


 本来だったら喜んでご厚意に預かりたいところだが、ことトライアンフ相手では警戒せざるを得ない。


 なにが盛られてるかわからないランチなんて、怖くて食べられたものじゃないからね。


「そ、そうだったのでしゅか。しかしこれから長い長い探索生活が始まるのでしゅ、少しでもいいので召し上がっていただければ……」

「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが、いただけません」


 私がキッパリと言い返すと、ルキウスの眉間にシワが寄る。……が、それも少しの間だけ。


「そ、そうでちたか。これは出過ぎたことをして申し訳御座いましぇん。すぐにでも探索を開始されるお予定で?」

「はいっ!」

「かしこまりまちた。では同行人をお呼びいたしましゅね」

「……同行人?」


 そう言ってルキウスが側仕そばづかえの一人に合図を出すと、荷物を背に抱えた……ナガレがこちらに歩み寄ってきた。


 私たちは突然現れたナガレの姿に動揺すると、ルキウスはしてやったりとニヤけ顔を浮かべる。


「過去にお会いしたかと思いましゅが改めて。トライアンフ・ゴールドのナガレで御座いましゅ。彼には『攻略こうりゃく指南書しなんしょ』の書記として、皆様に同行してもらいましゅ」


 突然の同行者に、攻略指南書の書記。


 いきなりの提案に驚かされてしまったが、私が一番に驚いたのは……ナガレの覇気のない表情だった。


 ひと月前に会った時も気だるげなオーラを纏ってはいたが、今のナガレには活力と呼べるものが感じられなかった。


 くわえて顔や肌にはアザのようなものが多数つけられている。クエストやダンジョンでつけられたと見るには不自然な、暴行の痕。


「ナガレは冒険者として有能ではありますが、今回のクエストはリブレイズ様への踏破依頼となりましゅ。そのため助太刀が出来ぬよう、装備品の一切は取り外させておりましゅ。彼を戦力にくわえようなどとは、お考えになられないようお願いしましゅね」

「……ちょっと待ってください。ナガレさんに助力を求めるつもりはありませんが、防具くらいはなんとかできませんか? 戦闘の巻き添えで大ケガを負うかもしれないんですよ?」

「なぁに、リブレイズの皆様とご一緒であれば大丈夫でしょう」

「でも……」

「嬢ちゃん、いいんだ」


 その時になって、ナガレはようやく口を開く。だが――


「おみゃーは黙ってりょ!」


 激昂したルキウスが、ナガレを蹴っ飛ばした。


「いまはお客様との面会中だじょっ!? ただの同行人は黙ってりょ!!」

「……はは、すんません」


 ナガレの態度にルキウスはまた顔をしかめるが、相手しても仕方ないと一瞥だけに留める。


「お見苦しいところをお見せしてすいましぇんでした。探索を前になにか聞いておきたいことはありましゅか?」

「……では、ひとつだけ聞いていいですか?」

「はい、なんにゃりと」


 まるで悪びれる様子もないルキウスに、私は少しだけ低い声で彼に問う。


「ルキウスさんにとって、クランとはどういう存在ですか?」

「ははぁ、こりまた深ーい質問で御座いましゅね! まだお若いのに非常に哲学的なご質問をなしゃれる、さすがは……」

「いいから、質問にだけ応えてください」


 私が要らぬヨイショに言葉を挟むと、ルキウスも笑みを消して思案顔で応える。


「…………クランとは、オイラにとって都合のいい制度でしゅね。貴族でなくともある程度の成功が約束され、若い才能を安く釣り上げることのできりゅ……」

「あ、もういいです。ありがとうございました」


 最後まで聞いても意味がない。私は倒れたままのナガレに歩み寄り、手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」

「……ああ、すまない」


 私がナガレを助け起こすと、背中にルキウスの視線が突き刺さる。


 が、もちろん無視。


 ナガレが踏破クエストに必要な同行者なら、私には彼を無事に帰す義務がある。ポーチからブーストポーションを取り出し、彼の前に差し出した。


「飲んでください。私は一層から飛ばすつもりなので、しっかりとついて来てもらわないと困りますので」

「……わかった。嬢ちゃんには迷惑をかけるが、よろしく頼む」

「はいっ、頼まれました!」


 ナガレは少しだけルキウスの視線を気にして見せたが、ポーションをぐっと一気飲み。まだ本調子には至らないようだが、顔にはわずかに気力が戻ったように見えた。


 私は敵意のないナガレと笑みをかわし、ルキウスの方を振り返って言う。


「ルキウスさん。それではこれより特注ダンジョン、桜都の探索を始めます」

「……かしこまりました。リブレイズの皆さんに、エレクシアのご加護がありましゅように」


 引きつった笑みを浮かべるルキウスの横を通り過ぎ、私たちは桜都の探索を開始したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る