第94話 #聖教騎士団の苦悩

 ナガレが一か月ぶりに牢から解放され、ルキウスと引き合わされていた頃。


 エレクシア聖教せいきょう騎士団きしだん本部で、騎士団長セドリックは、トライアンフの蛮行に頭を悩ませていた。


「団長。先日の奴隷貿易で捕まった売人ですが……全員が獄中で死亡したようです」

「なんだと!? そんなバカなことがあるものか!」

「検挙されたのはトライアンフの関与が疑われる商隊です。……おそらく先に手を回されたのでしょう」

「クソッ、これではいつまでもトライアンフの悪事を止められないではないか!」


 またも掴みかけた犯罪の証拠が、手からスルスルと抜けていく。トライアンフを検挙する証拠を失ったセドリックは、怒りのあまりテーブルに拳を叩きつける。




 聖教国エレクシアは宗教国家ではあるが、教皇きょうこうが最高権力を握っているわけではない。


 基本的には共和制を取る国家であり『宗教・王室・政治・軍事・商業……』といった、各分野におけるトップの話し合いによって統治されている。


 だが国土が大きいだけあって組織は細分化され、すべてを中央で管理することは難しい。


 そのため地方の官吏かんりが国の財産に手を出したり、賄賂わいろで一部への優遇をおこなったり……などの問題が度々起きていた。


 中でもよく話題に上がるのが大型クラン、トライアンフの存在だった。


 彼らは稼ぎを上げるためならどんなことにも手を出し、また地方官吏の買収でその罪を逃れている。


 無論、長く続ければ綻びは生じてくる。だがそれをさせないのが彼らのスポンサー、伯爵オルコットの存在だ。


 政治の中央に務める伯爵は、裏から手を回して犯罪の証拠を揉み消しているらしい。


 トライアンフは大きな利益を上げているクランだ。当然、スポンサーとなっている伯爵はその恩恵を受けている。


 黒い商売に手を染めているウワサは絶えないが、伯爵は評判よりもカネなのだろう。金のなる木を失わないため、強引ともいえる手でトライアンフに助け舟を出し続けている。


 今回も証拠を残さないため、罪人たちは毒殺でもされたのだろう。



「容疑者たちの死体は?」

「それが……衛兵の手違いで、既に焼却処分済みだそうです」

「ご丁寧に証拠となりそうなものは既に廃棄済みか。これでは腐敗の根を掴むなど、夢のまた夢ではないか……!」


 正義を掲げる聖教騎士団も、これではかたなしだ。


 評議会ひょうぎかいへの意見書は何度も上げたが、話はどこかでなかったことにされてしまう。


 時折、国が味方なのかどうかさえ分からなくなってしまう。セドリックは行きどころのない感情に日々、さいなまされていた。


「なにかトライアンフの悪行を暴ける、決定的な証拠さえあればっ……!」


 怒りを沈めるようと大きく深呼吸、なにかいいアイデアがないかと思考を張り巡らせる。


 これまでとは違う方法で、かつ言い逃れの出来ない決定的な方法。……だが、これまでも部下たちと考えてきたこと。


 都合よく天啓のような閃きが訪れるはずもなかった。


 我々のような武官と違い、頭脳明晰な味方が付いてくれれば。軍師のような知略に長けたものの助けがあれば。……まさにそう考えていた時のことであった。


「失礼いたします。団長宛てに小包が届いております」

「……私宛て? しかも騎士団本部にか?」

「はい。しかも気になるのが差出人の名前なのですが……」


 言われてセドリックは、記載された差出人の名前を見る。するとそこには『天才錬金術師エルドリッヂ』と書かれていた。


「錬金術師、エルドリッヂだと!?」

「トライアンフお抱えの錬金術師、ですね」

「そんなヤツが我々になにを送ってきたというのだ?」

「とりあえず、開けてみましょうか?」


 セドリックと騎士たちは戦々恐々としつつ、小包の中を開けてみる。すると中には特別な金属で覆われた、真っ黒な板が入っていた。


「……なんだこれは? 魔道具マジックアイテムか?」

「見てください団長。小包と一緒に手紙も同封されています、先にこちらを読んでみましょう」


 手紙を受け取ったセドリックは、内容が良いものであることを祈りつつ、手紙に目を通し始めた。




 ――はい、こんばんは~。天才錬金術師のエルドリッヂです!


 え~今日はですね、とある魔道具マジックアイテムを紹介していきたいと思います。それが小包こづつみにてお送りした『ドラゴパシー』と名付けた魔道具です!


 これはなななんと! 別のドラゴパシーと映像や音声を送り合うことのできる、素ン晴らしい魔道具なんですね~!


 実はワタクシことエルドリッヂ。このドラゴパシーを何台か製作しており、既に別の場所へとセッティングさせてもらっています。


 本来はそのドラゴパシーも映像と音声を送ることが出来るのですが、間違って送信すると厄介ですからね。今回は機能を見聞きするだけに制限させてもらっています。だから騎士の皆様におかれましては、電源をオンにして流れてくる情報だけを楽しんでいただければと思います。


 操作説明は手紙の最後に書いてあるから、そっちを読んでね! 録画なんかの機能は、特に気に入ってもらえると思うナ♪


 と、説明をして終わりたいけど……やっぱり不安です? こう思っちゃいました?


『ここではない別の場所って、ドコだよ!?』って。ま~それは見てのお楽しみということで!(笑)


 きっとここで入手できる映像と音声は、お国のためになると思われます。ワタクシへの不信感はあると思うけど、見ないと一生後悔するので是非ご照覧あれ!


     エレクシアを愛するエドガー・エルドリッヂより、愛をこめて――



「……なんだ、この珍妙な文章は?」

「天才であると同時に、変人でも有名な方ですからね……。ところで団長、魔道具の方はいかが致します?」

「なにやら怪しい代物だが、わざわざ騎士団に送ってきた理由が気になる」

「トライアンフの罠という線は?」

「可能性はゼロではない、だが国のためになるという文言が引っかかる」


 エルドリッヂがトライアンフに資金援助を受けているのは有名な話だ。


 そして聖教騎士団はトライアンフの不正を暴こうと躍起になる組織。トライアンフから接触はしたくない相手であるはずだ。


 だからエルドリッヂが騎士団に接触した、その真意が知りたい。そう考えたセドリックは手紙の操作方法に従い、拾った動画と音声の投影を開始した。


 すると撮影元の映像が、黒い板の上に映し出される。


 映像には無精ヒゲを生やした着流しのナガレが映っていた、場所は小綺麗な屋敷のようで赤いカーペットが敷かれている。


 しかしカーペットの上には割れたグラスが二つ転がっており、男の体には痛めつけられた痕がある。只事ではなさそうだ。


「なんだ、ここは!? 貴族の家か?」

「にしては映っている男はずいぶんと場違いに見えますね。まるで先ほどまで拷問でも受けていたかのような……」


 騎士たちが映った場所への想像を膨らませていると……気持ちの悪い声が聞こえてきた。



『確かにエルドリッヂは天才だじょ。しかぁーし、そんなエルドリッヂに目をつけたオイラもぉー?』

『は、はい! ルキウス様も天才に御座います!』

『ひょひょひょ! そのとーり!』


 その名を耳にした騎士たちは、一斉に顔を見合わせる。どうやらここはルキウスの屋敷で、内部の映像を映しているらしい。


 突然の有力情報が舞い込み、騎士たちは魔道具を興奮気味に覗き込む。しかもルキウスたちはこの映像が騎士団に届いているとは気付いていないようだ。


 以降、次々と新しい情報が舞い込んでくる。


 どうやら二日後、トライアンフはダンジョンの中で『リブレイズ』と言うクランを襲撃するらしい。


「団長! こいつら平気で冒険者を手にかけるつもりですよ、すぐに止めに行きましょう!」

「いや、それは無理だ。クラン領地への強制捜索は、確固たる証拠がないと踏み切れない」

「だからと言って犯行現場を黙って見ているワケには!」

「そうだな。だから私たちはこの映像を元に、踏み切るための証拠を集めよう。幸いにして映像のナガレという男は、トライアンフを裏切ろうとしていたようだからな」


 そこで団長セドリックは一息ついた後、大きく声を張り上げる。


「総員に次ぐ! これより我々は極秘の任務に就く。各員交代で映像の監視・情報の書き出しを行い、トライアンフの悪事を白日はくじつの下へとさらすのだ!」


 国内に蔓延はびこる、腐敗の根絶。


 その糸口を手にした聖教騎士団は、かつてないほどの士気に溢れていた。




―――――



 視点変更が続いてしまい、申し訳ありません!


 なにやら新しい魔道具がいっぱい出てきましたが、それでなにをするつもりなのか?


 勘の良い方は既にお気づきかもしれませんね笑

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