第93話 #ルキウスの策略(トライアンフ視点

 一方、トライアンフの領地。リーダー・ルキウスの屋敷にて。


「グッフッフ、いよいよだじょ。ついにリブレイズのヤツらに、ひと泡を吹かせる時が来たんだじょー!」

「た、楽しみで御座いますねぇ~!」


 酒の入った中年の男――ルキウスが奇怪きっかいな言葉遣いで、グフグフと気分良く笑っている。


 それを横でキモイなぁ……と思いつつ、護衛の剣士アーロンが適当に話を合わせる。


「オイラの大聖女を横取りして、挨拶にも来ないポンポコポンな礼儀知らず! トライアンフをコケにした落とし前、しっかりつけさせてやるんだじょ!」

「まったく愚かな連中ですよねぇ。よりにもよってエレクシアの覇者、ルキウス様の機嫌を損ねられるとは」

「女ばかりのクランでも容赦はしてやらないんだじょ。トライアンフに盾突いたらどうなるか、それを世間に知らしめてやらないとにゃー!」


 ルキウスが唾を飛ばしながら笑っていると、入り口の扉からノックの音。入れと命じると扉が蹴り開けられ、しかめっ面をした魔導士風の少女が入ってきた。


 少女の名はアリアンナ。トライアンフ・ゴールドで占星術師せんせいじゅつしを授かった冒険者だ。


 機嫌の悪さを隠さないアリアンナは手に縄を握っており、その縄は後ろを歩く小汚い男に繋がれていた。


 その男は無精ヒゲを伸び散らかしてはいるが……まぎれもなくリブレイズに内通を図ったナガレだった。


「連れてきたわよ」


 アリアンナが縄をぐいっと引き、ナガレをルキウスの前に差し出す。そしてナガレの背を蹴飛ばし、その場にひざまずかせた。


「こんな雑用、私にやらせんな! こっちはアルフたちとの作戦会議で、忙しいんだから!」

「はぁ~? オイラはおみゃーの雇用主だじょ? 生意気な口を利くんじゃにぇえっ!」

「うっさいわ、キモいのよデブ。しゃべり方もキモいし、早く死んで!」

「にゃんだと、このクショガキ!」


 憤慨したルキウスが、持っていたグラスをアリアンナに投げつける。だがアリアンナは涼しい顔でグラスをふいと横にかわす。魔物と戦う冒険者にとって、この程度の攻撃を躱すことなど造作もない。


「避けやがったな、クショガキ!」

「避けるわよ、当たり前じゃない」

「いまのは主人からの指導だじょ。しょれを避けるのであれば……おみゃーの兄に代わってもらわにぇーとなぁ?」

「……なっ、アニキは関係ないでしょ!」

「あるに決まってるじょ! おみゃーらはオイラに拾われた、スラム育ちのガキンチョだりょ。妹が指導を拒むにゃら、兄が代わりに罰を与えてやりゅ!」

「や、やめろよ! アニキは体が弱いんだ、アンタも知ってんだろ?」

「しょんなコトどーでもいい。おみゃーみたいなポンポコポンな妹を持ったばかりに、生活種の兄は明日グラスで頭をカチ割られる。あーかわいしょー?」


 ルキウスが投げやり気味に言うと、アリアンナは体を震わせて小さな声で言う。


「……ご、ごめんなさい。私が悪かった、です」

「えーなんてー? 全然聞こえないじょー?」

「だ、だからっ! ごめんなさいって言ってんのよ!」

「ほーん。謝るのかぁー、どーしよっかにゃぁー?」

「……私が罰を、受けますから」

「フフン、最初からそう言えばいいんだじょ。……じゃあ自分からデコを出しぇ?」


 アリアンナは言われた通りに前髪を上げ、自分のひたいをさらけ出す。するとルキウスは戸棚から新しいロックグラスを取り出し、アリアンナに歩み寄る。


 そして邪悪な顔でニィッと笑うと、グラスをアリアンナの額に叩きつけた。


「――ぐっ」


 グラスは額の上で割れ、その場にガラスの破片が散らばっていく。


 アリアンナの額からは血が流れ、その場にうずくまって歯を食いしばる。


「ひょひょひょー! 痛い?痛い? 最初から避けなければ、こんなに痛くなかったのににぇえー?」


 アリアンナは言い返したい衝動をこらえ、なんとかその場に立ち上がる。


「……大丈夫か?」


 ナガレが気づかわしげな表情で訊ねる。――が、アリアンナはナガレの腹を蹴っ飛ばす。


「なにが大丈夫か、よ! アンタが余計なことしたせいで、歯車組わたしたちへの締め付けが余計キツくなったんでしょっ!」


 そう言ってアリアンナは涙と血を流しつつ、縛れられたナガレを蹴飛ばし続ける。


「クソッ、クソッ! みんな死ねばいいんだっ!」


 アリアンナが悪態を吐きながら、ルキウスの部屋を去る。すると面白いショーが見れたと、ルキウスがギュフギュフと笑う。護衛についていたアーロンは、すべてにドン引きして押し黙っている。


「ナガレもかわいそうだにぇー? オイラを裏切ろうとしたせいで、歯車のみーんなにも嫌われちゃって?」

「……仕方ないさ。俺が勝手にやったことだしな」


 ナガレはそう言って、涼しい笑みをルキウスに返す。




 ――トライアンフの崩壊は、ナガレが本心から企てた計画だった。


 だがリブレイズへの接触は見透かされていた。飛竜の里でリブレイズと密会した日、ナガレは暗殺者のアルフレッドに尾行されていたのだ。


 そしてトライアンフ領に戻ったところで拘束され、同盟が罠であることを伝えたとを白状した。


 ルキウスは激昂。計画を台無しにされたと、ナガレは袋叩きにされた。


 ナガレの内通で計画の変更も検討されたが……結局は続行となった。ナガレから聞き捨てならない言葉を聞かされたからだ。


 ――リブレイズは罠と知っててもダンジョンに潜るとさ。俺たちみたいな弱小クラン、恐れるまでもないってよ。


 こんなことを聞かされ、おとなしく引き下がるルキウスではない。


 舐められることをなにより嫌うルキウスは、それならばこちらもと全力で叩き潰すことを決意。結果、予定通り襲撃は実行されることになった。


 もちろん裏切ったナガレはチームゴールドから降ろされている。制裁としてこの一ヶ月、牢に閉じ込められルキウスのサンドバッグにされていたのだが――




「……で、旦那はなぜ今頃になって俺を外に出したんだ? ようやく処刑する気にでもなったのか?」

「しょんなまさか~、大切なクラメンを処刑なんてありえないじょ~。むしろナガレ君には大役をお任せしようと思ってにぇ~?」

「大役?」


 そう言ってルキウスは机の引き出しから、二つの奇妙な物体を取り出した。


 それは魔道書ほどの大きさをした、金属の塊だった。それらは板のような形状をしており、裏面にはレンズのようなものが組み込まれている。


 ……リオとキサナが見たら間違いなくこう言うだろう。


 タブレットじゃん、と。


「ナガレ、エルドリッヂのことは覚えてるか?」

「そいつぁ、もちろん。トライアンフからも研究費を出している、大陸一たいりくいちの錬金術師だろ?」

「これは『ドラゴパシー』と言う、エルドリッヂの作った魔道具だじょ。片方の魔道具にあるレンズで写した映像が、もう一枚の魔道具でも確認できるんだじょ。どんなに離れててもリアルタイムでにゃ!」

「離れた場所の映像を、リアルタイムで。……そいつはすげぇな」

「ああ、めちゃめちゃしゅごい。どーやら飛竜の持つ念話テレパシーの仕組みを解析し、この魔道具同士で映像や音声を送り合うことが出来るらしいんだじょ」

「それが本当なら世界が変わるほどの発明だな。……で、旦那はそれを俺に見せてなにをさせたいんだ?」

「おみゃーはこいつを持ってリブレイズと一緒に桜都へ潜れ。しょしてヤツらの戦っている姿をオイラに送ってくるんだじょ」

「……それでリブレイズの戦術を研究するってことか?」

「しょのとーーーーりっ! 映像でヤツらの装備やスキルを調査し、弱点を見つけて襲撃する作戦だじょ!」


 ルキウスがひと差し指を掲げて叫ぶ。すると護衛についていたアーロンが、パチパチと手をたたいてルキウスの戦略を褒め称える。


「さすがルキウス様、すばらしいお考えですっ!」

「ふふん、苦しゅうない」

「……ですが、ひとつ質問してよろしいでしょうか?」

「ん、なんだじょ?」

「ルキウス様はお屋敷にいながら映像を確認されることと思われますが……戦闘種の方々はどうやってその情報を受け取るのでしょうか?」


 ドラゴパシー持ちのナガレがリブレイズに同行すれば、ルキウスは屋敷にいながらリブレイズの戦術を把握できる。


 だがそれでは襲撃を企てる戦闘員が、その情報を知ることはできない。なぜなら襲撃予定の戦闘員は、とある階層で張り込みをする予定であるからだ。


 ルキウスだけがリブレイズの戦いぶりを把握していても、戦闘員に伝わらなければ意味がない。


「ふふん、よくじょ聞いてくれた! そこで登場するのが発明品パートツー! 『ドラゴパシー・モバイル』だじょ!」


 続けてルキウスが取り出したのは、片手で持てる小型のドラゴパシーだった。


 ……もちろんリオとキサナが見たら間違いなくこう言う。


 スマホじゃん、と。


「これはチョー小型でありながら、ドラゴパシーと同じ効果を持つ優れモノだじょ! これがあれば張りこんでいるヤツらも情報を確認できる、ってワケだじょ!」

「ま、またしてもすごい発明品を……。飛竜との共生が再開して二ヶ月なのに、その仕組みを活かした魔道具を作るなんて。さすがはエルドリッヂ様」


 アーロンが魔道具を手に取りながら呆けていると、ルキウスがムッと眉をひそめる。


「……確かにエルドリッヂは天才だじょ。しかぁーし、そんなエルドリッヂに目をつけたオイラもぉー?」

「は、はい! ルキウス様も天才に御座います!」

「ひょひょひょ! そのとーり!」


 完全に言わせただけではあるが、ご満悦なルキウス。そして床にうずくまったナガレを見下し、楽しそうに語る。


「とゆーことで、おみゃーはリブレイズが来た日に解放してやる。そしてドラゴパシーを持って、しっかりと映像をオイラに送るのだじょ?」

「そんな大役を俺なんかに任せていいのか? 裏切り者の俺はそいつを壊しちまうかもしれないぞ?」

「そーしたらナガレの妹は、オイラの知る一番苦しい方法で殺してやりゅよ。ドラゴパシーは映像の保存もできりゅ魔道具だからにゃ。おみゃーが変な行動を取ったら、妹が苦しみながら死ぬ映像を、見せ続けてやりゅかんな?」

「……だから旦那は、あえて妹に罰を与えなかったのか」

「グフフ、しょのとーり! おみゃーにイイ子で撮影係をしてもらうためにな!」


 ルキウスは歯車組の脱走や裏切りを防ぐため、連帯責任での厳罰を科すことを決めている。


 もちろん責任を負う相手は、拾われてきた時に一緒だった家族や恋人だ。だが今回ナガレが裏切ったにも関わらず、妹への制裁は行われなかった。


 理由はリブレイズの撮影係をしっかりやらせるためだろう。先に妹へ制裁をしていれば、自暴自棄となったナガレは手駒として機能しなくなる可能性がある。


 そのためナガレの妹は過度な制裁を受けることなく、牢へ閉じ込めるというに留めたのだ。


「イイ子に撮影係ができたら今回のことは水に流してやりゅ。妹のためにも言うことを聞くのだじょ?」

「……ああ」


 いまのナガレに選択権はない、ルキウスの言われた通りに動くほかない。


 だがナガレの表情に翳りはなかった。


 なぜならリブレイズの同行に付き合わされる点も含め、全てが予定通りに進んでいるからであった。

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