第88話 アダマンタイトと、名も知らぬ職人さん

 翌日。私は久しぶりにアダマンタイトを狩りに、一人で奈落一層へ向かった。


 今回はアダマンタイトを六個回収するだけなので、特に誰もつれてきていない。スティールアンドアウェイをするなら一人の方が気楽だからね。



 トライアンフのダンジョンに潜るまで、あと五日。


 ここのところ探索に次ぐ探索が続いているので、キサナ以外のクラメンにはお休みとして自由行動を取ってもらっている。


 フィオナは実家に帰るため、早朝から馬に乗って王国西へ出発。ガーネットも受付嬢時代の友達と遊びに行き、スピカはニコルの聖堂でちやほやされている。


 だが私は休みの日にもこうしてダンジョンへ潜っている。それは別に私がクランリーダーの責任とか、みんなのお給料のためとか殊勝な理由じゃない。単に私の趣味がクラジャンであるからだ。


 ここがクラジャンの世界である以上、クラン発展のために動くことは私にとっての娯楽である。みんなでダンジョンに潜るのも好きだが、頭を空っぽにして周回作業するのも好きだ。


 こうして一人で数値やアイテムの積み上げをしていると、初心の楽しさを思い出すことも出来る。もはや私にとって脳死周回はぜんのようなものである。


 ……と、悟りを開いた心持ちで周回作業を終了。


 目標の六個を回収したので、そのままモルガンの鍛冶工場へ。


 工場では二本の黄昏剣たそがれけんを作るため、職人たちが総出で作業に取り掛かっていた。


「もっと力を入れて打て! 溶けたオリハルコンは全力で打つくらいでちょうどいい!」

「間違っても品モンに汗垂らすんじゃねえぞ!? 新入り、先輩の汗を拭いてやれ!」

「作業はやっぱり一時間交代だ。この溶湯ようとうは眩しすぎる、ずっと眺めてると目がやられるぞ!」


 職人たちの邪魔をしては悪いとは思い、私は隅っこで仕事が一段落するのを待つ。


 キサナと少しくらい話せればとは思ったが、黄昏剣の一本はキサナが主導で打っている。作業に集中しているため、とても話しかけられる雰囲気にはない。


 そのまま黙して待ち続けると、いつもの野暮ったい職人さんが私に気付いて話しかけてくる。


「リオさん、来てたの」

「はい。ですが、みなさん大変そうだったんで」

「こんな大物を打つ機会、あんまないしな」

「お手をわずらわせちゃってすみません。あとこれ、終末剣しゅうまつけん用のアダマンタイトです」


 私が三個のアダマンタイトを手渡すと、職人がポカンとした表情で言う。


「……昨日はなかったのに、もう調達したの?」

「ええ。奈落にいる魔物が持ってるんで、午前中にささっと」

「マジか」


 職人は微笑を浮かべながらアダマンタイトを受け取った。今一度おさらいだが、終末剣には二本の黄昏剣を完成させた後、終末剣錬金のためすぐ加工されることになる。



【終末剣・ラグナレク(SS+)の必要素材】

 黄昏剣・ラグナレク(SS)×2

 鉄のインゴッド×5

 アダマンタイト×3

 オリハルコン×1



 アダマンタイトは在庫を切らしていたので、今しがた回収してきたところ。


 だが私が回収してきたアダマンタイトは六個。まだ三個をあまらせている、その使い道はもちろん、二本目のアサシンダガーのための物だ。


(でも今はまだ終末剣に向かっての作業中だ。トライアンフのダンジョンでレベリングする予定もないし、作業が終わった後にでも渡しておけばいいよね)


 私はそう考えてアサシンダガーのことは伏せておいたのだが……


「そういえば他にも作りたかった物があるんでしょ、なに?」

「えっ?」

「昨日来た時、考え込んでたろ。本当は欲しい物あるんだろ?」

「え、ええっと……」

「リオさんは貸し切ってくれるほどの上客だ、遠慮しないで」


 無愛想系職人男子にグイグイ来られ、私はなんとなくモジついてしまう。が、職人も譲る気はないのか私の返事を待ち続けている。


「……実は二本目のアサシンダガーを作ってもらおうと思ってまして」

「二本目? 他に装備するヤツがいんの?」

「いえ。私が二刀流のスキルを獲得したので、両手に装備しようかと」

「へーいいじゃん。でもなんで遠慮したの?」

「みなさんお忙しそうですし、終末剣が完成した後でお願いしようかと……」

「ああ、そういう。素材は?」

「い、一応持ってはいますけど」

「じゃ出して。俺が作っとく」

「えっ?」

「アサシンダガーなら俺も作るだけのレベルあるから」

「本当ですか!?」

「ホント。もっと使えねーヤツだと思った?」

「い、いえ……」


 職人はそう言うと、黙ってこちらに片手を伸ばす。


「あと五日だっけ? 時間を縫って作っとく」

「で、でも……」

「いいから」


 職人は残りのアダマンタイトを預かると、中身を確認して鼻で笑う。


「ちゃんとあるじゃん。納期は終末剣と同じでいい?」

「は、はい! ありがとうございますっ!」

「仕事だから、礼とかいいし」

「そ、そういうわけにも!」


 思わぬ展開にアワアワしていると、職人は私の肩を叩いて耳元で言う。


「じゃ今度、差し入れ持ってきて。冷えた飲み物でいいから」

「ひゃ、ひゃい……」



 それだけを言い残し、仕事に戻っていった。


(…………は、は、はわわわわわ!!!)


 ズキューーーーン!!!


 はい、そこの不愛想系職人男子!!!


 興味なさそうな顔でグイグイ距離を詰めてくるのは――反則ですっ!!!


 おかげで魅了+麻痺+混乱の状態異常にかかりました!!! エンジェリックリボン貫通しました!!! 無効貫通はバランス崩壊の始まりですよーーー!?!?



 と、頭の中でツッコミを入れつつ、私は息も絶え絶えに鍛冶工場を後にする。


(飛んだもらい事故を食らっちまったぜ……)


 完全にノーマークな相手だったので、不意打ちクリティカルで大ダメージを受けてしまった。あと、いちいちクラジャンワードでツッコミを入れる自分がキモすぎる。


「……はあ、落ち着け。しんこきゅー」


 私は胸の高鳴りを深呼吸で抑え、気を取り直す。



 ともかくこれで終末剣と、二本目のアサシンダガーの手配は終わった。


 でも装備・錬金関係でまだやることはある。私は追加で必要素材を回収するべく、またノボリュの待つ飛竜発着場へと向かうのだった。




―――――



 ※これまでのズキュンリザルト


・昇竜王ノボリュ――小芝居でのお礼の言葉で、60ダメージ

・聖騎士ジェラルド――さりげないダンディ笑顔、30ダメージ

・名も知らぬ職人さん――ぶっきらぼうな距離詰めにて、200ダメージ




・五日間つきっきりで稽古をし、デートまでしたライデン――ノーダメージ

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