第87話 女冒険者たちのかしましい食卓

 ライデンと別れた夜。私たちは炎竜団ハウスの食卓に集まって、豪勢なディナーをいただいていた。


「で、リオ。ライデンとのデートはどうじゃった?」

「楽しかったですよ!」

「ほう! で、なにか進展はあったか? 次の約束は持ちかけられたか?」

「次の約束? いえ、特には」

「かーっ! さてはヒヨりおったな、ライデン! これだから田舎モンはっ!」


 酒が入ったレファーナは、やや絡み酒モードに入っている。


 だが話はそれだけに留まらない。デートと言う単語を聞くやいなや、みんなの注目が一斉に集まってくるのを感じる。


「えっ、リオさん。デートに行ってきたの~?」

「リオっちもスミにおけないじゃ~ん!」


 炎竜団の女子、アイシャとシャーリーが詳しく聞かせろと身を乗り出してくる。


 もちろん気になっているのはリブレイズ側のメンバーも同じ。フィオナとガーネットも興味津々に肩を寄せてくる。


「私が休んでいる間にそんなことが!? 詳しく聞かせるんだリオ!」

「リオさんの恋バナ、気になりますっ!」


 リーダーのルッツも苦笑しながら話に耳を傾け、ジェラルドとキサナのオジ友は端の席で吞んだくれている。


 ちなみにスピカは忍者メイドのメイトラに遊んでもらっており、なんらかの術で天井に張り付いていた。


 だが年頃の女性はみんな、私の話に興味津々だ。


(やっぱどこの世界でも女の人って、恋バナが好きなのかな……?)


 ――ちなみに真面目リオちゃん曰く。みんなが興味津々なのは、冒険者であることも理由の一つであるらしい。


 普段ダンジョンに潜りっぱなしの冒険者たちにとって、恋愛ほど縁遠い物はない。


 冒険者ギルドへの出入りで人との出会いは多くとも、自分も相手も次会う時は生きてるかどうかわからない。おまけにクエスト次第で東にも西にも飛んでいく、安定とは程遠い職業だ。


 もし恋愛に発展しても一夜限りになりかねない。デートを重ねるなんて健全で建設的な恋愛は、冒険者にとって超贅沢品なのである。


 だからこそデートを重ねて結ばれる、なんて話には人一倍の憧れがある。らしい……



「で、どこに行ってきたの~? ニコルのデートなら……西の聖堂から見える、お花畑かしら~?」

「えー? そんなトコ行くより、中心部で屋台回った方が楽しいっしょ! 男が金出してくれんなら、甘いモノいっぱいオゴらせたりしてさー」

「リオさん、リオさん。どこに行ったんですかっ、教えてくださいよっ」


 ゆさゆさと私の肩を揺らして聞いてくるガーネット。自分のプライベートに興味を持たれるという経験が少ない私は、少し表情を引きつらせながらたどたどしく答える。


「えっと……以前、ガーネットさんに教えてもらった酒場です」

「リオっちもオゴらせる派だ! なかまー!」

「オゴらせようと思って、お店に入ったわけじゃないですよ!?」

「でもー、オゴってはくれたんでしょ?」

「……ま、まあ」


 私が応えると周りから「ひゅう~!」とはやし立てられる。……私はなんだか恥ずかしくなってしまい、その場にうつむく。


 するとガーネットに「キャー! >ヮ<」と言って抱き着かれ、レファーナは淡々と「オゴりくらい当然じゃ」と吐き捨てる。


「それでそれで~、どんなお話をしたの~? っていうか、お相手さんはどこに住んでて、なにしてる人~?」

「飛竜の里に住む、里長の息子さんです。竜騎士の才能継承するために、一緒にノボリュ君と空を飛び回ってたことがあって……」

「え~!?!? じゃあ二人きりでずっと、空を旅してまわってたの~? ロマンチック~♪」


 アイシャが頬に手を当てて、うっとりした表情で言う。ガーネットも見たことないほどテンションが高く、きゃあきゃあ騒ぎ続けている。


(う゛っ。確かに言葉にすると、結構ロマンチックなシチュエーションかも)


 だが私は飛び回っている最中、男の人と二人きり……などと浮ついたことは全然考えていなかった。


 空から一望できる大陸を眺め、記憶にあるゲーム地図と違わないかずっと検証してただけ。エレクシアで領地を持つならここかな~とか、ゲームにはない集落があるっ! とか、ずっとそんなことを考えていた。廃人ですいません。


 だが女性陣が向けてくる視線には、羨望せんぼうのような感情が含まれている。


(……微妙に居心地が悪いなぁ。でも変にライデンさんへの気がない! とか言ってもシラけさせちゃうのかな?)


 変に否定し過ぎても怪しまれるし、盛り上がってるところに水を差すのも忍びない。そんな打算的なことを考えていると、今度はフィオナに絡まれる。


「ううっ、リオぉ。いつの間に大人の女性になってしまったんだぁ……私なんて殿方とデートもしたことないのにっ。やはり騎士なんてやっている女は、行き遅れになる運命なのかぁ……?」

「ど、どうしたんですか急に……って、フィオナさん。お酒飲みました?」

「これが飲まずにやっていられるかぁっ! 私の大切なあるじが、私の知らないところで、ぐうぅっ……」


 なぜかフィオナが感極まって、泣きながら胸元に抱き着いてくる。普段だったら「おーよしよし!」とかしてあげるところだが、泣き方がガチ寄りなのでちょっと引いている。


 それを見たレファーナはなぜか爆笑。二人ともお酒が入っているせいで、場は完全にカオスになっている。


「ひぃっひっひっひ! フィオナ、お主にも結婚願望があったのじゃな? 初耳じゃわ!」

「……うるさいぞっ、レファーナ殿っ! 独り身の年上に、そのようなことを言われる筋合いはない」

「な、なんじゃとぉっ!? アチシはハナからする気がないから、構わぬのじゃっ!」

「私だってできなくとも構わない。私はリオという主に、生涯仕えると決めたのだからなっ!」

「おーおー、言い訳できる女騎士サマは楽でいいのぉ?」

「そうだ、私にはリオがいればいいんだ。私はお姫様抱っこされたこともあるのだから、実質リオのお嫁さんなんだっ」

「え゛っ」


 話の飛躍に、思わず濁った声が出てしまう。


「……そうだ、私にはリオだけがいればいい。最初にクラメンとなったのも私だ、つまり私がリオの一番なんだぁっ」


 そう言ってフィオナがぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。嬉しい気もするがちょっと怖い。すると今度はレファーナが目を細め、低い声でフィオナに聞き返す。


「……最初にリオと組んだのが、お主じゃと?」

「そうだ、私はリブレイズのナンバーツーだ。リオの騎士になったところは、レファーナ殿も見ていただろっ!?」


(あー、ちょっと懐かしいなぁ)


 ニコルの冒険者ギルドで、フィオナが騎士になるとかしずいた時の話だ。あの時のフィオナのカッコよさは忘れられない、今はカッコよさのカケラもないけど。


「リオの素晴らしさに最初に気付いたのは私だ。だから私はリブレイズのナンバーツーで、リオのお嫁さんなんだっ!」


 フィオナが謎の理論をまくし立てると、アイシャとシャーリーは「おお~」と感心したように拍手を送る。


 酔っぱらい、ここに極まれり。……だが同じく酔っぱらったレファーナは、フィオナの謎理論に食って掛かる。


「お主はリブレイズのナンバーツーではない、ナンバーツーはこのアチシじゃ! なぜなら最初に勧誘を受けたのは、このアチシじゃからなっ!」

「なにを言っている、勧誘を受けてもレファーナ殿は一度断ったのだろう?」

「そうじゃ。しかしリオはそれでもあきらめぬと言い、勧誘をやめんかった。つまりアチシの方が必要とされているということじゃ!」」

「それはナンバーツーかどうかは関係ない! むしろ私はレファーナ殿のクエストのため、リオの仲間に加わったのだぞ? もう少しを敬ってはどうだ?」

「先輩じゃとぉっ!?」


 二人はそのままナンバーツーの座を争って、謎の口ゲンカを始めてしまった。


「こ、このままでいいんでしょうか?」


 口論を横目に、ガーネットが不安げに聞いてくる。


「いいんじゃないですか? そもそも二人とも言ってることが意味不明ですし……」


 酔っぱらいの戯言ざれごとなんか、真剣に聞いていてもいいことはない。放っておけばきっと仲良くおねむになるだろう。


「そんなことより、ガーネットさんは秘書のお仕事はどうですか? やっぱり大変ですか?」

「覚えることも多くて大変ですが……レファーナさんのお気遣いもあって、上手くやれてますよ!」

「それは良かった! ていうか、せっかくクランに入ってくれたのに、ちゃんとお話もできてなくてごめんなさい」

「いいんですよ。むしろ誘ってもらえると思ってなかったので、声をかけてもらった時はびっくりしちゃいました」

「私がガーネットさんを欲しがるのは当然です! だって私は細胞レベルでメガーネットパワーを求めてるんですから!」

「な、なんですか細胞レベルって……っていうか、メガーネットじゃありませんってばー!」


 ガーネットが><な顔で叫ぶと、突然天井に張り付いていたスピカが膝の上に落ちてくる。


「あはは! メガーネットさんだって、変な名前! じゃあメガネを外したらなんて名前なのー?」


 そう言ってスピカがひょいとメガネを奪い、自分の顔にかけてみせた。


「どうだ! ちょっと頭が良くなったよーに見える?」

「頭が良くなったってより……可愛くなっただけ?」

「えースピカは普段からかわいいでしょー? メガネをなくしたさんはどー思う?」

「えっと、ごめんなさい。よく見えなくって……」


 そう言ってガーネットがスピカの顔に両手を当て、目の前に近づけてまじまじと見る。するとスピカは感想を聞くこともなく、ニコニコ笑顔でガーネットにぎゅうっと抱き着く。


「わーネットさんいいニオイがする! このお部屋にいる女の人で、一番いいニオイ!」

「そ、そうですか? ありがとう、ございます……?」

「うん! ここにいる女の人みーんな冒険者だから、ちょっとずつ汗のニオイがするんだよねー!」


(え゛っ…………)


 スピカの発言を聞いて、女性陣が一斉に黙り込む。


 アイシャとシャーリーも食器を取り落とし、フィオナたちも素面シラフに戻って自分の服に鼻を当てる。


 そしてレファーナは、縋りつくような表情でスピカにこんなことを聞く。


「ス、スピカ……? アチシは冒険者ではないぞ? アチシもガーネットと同じく、汗のニオイがしたりは……」

「えー? でもレハーナはババアだから、特有の」

「誰がババアじゃ!」




 ――翌日から炎竜ハウスの浴室稼働率は二倍以上になった。


 たくさんの衣服は買い換えられ、洗濯洗剤も上質なものへ買い替えられたと云う――

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