第85話 ニコルの発着場で久しぶりの顔合わせ

 モルガンの鍛冶工場にキサナを預けた後、私はそのままニコルの発着場へ立ち寄った。


 理由はもちろん、ご無沙汰になっていた二人に会うためだ。


「うわ。ていうかもう完成してるじゃん!」


 以前は空き地だったスペースに、たくさんの建物が立ち並んでいた。


 飛竜たちを休ませる屋根付きの休憩所に、竜騎士たちの寝泊りできる簡易宿舎。


 たいらにならされた飛竜の発着スペースに、輸送する荷物を保管する倉庫群。


 まだ人の乗せ運びは始まっていないのか、飛竜に乗った竜騎士たちが飛行訓練をしている。そして運営を指揮する事務所では、レファーナとガーネットがてんやわんやと働く姿が見えた。


(特に考えなしに来ちゃったけど、仕事中に訪ねたら迷惑じゃない……?)


 発着場が完成してるからといってヒマだとは限らない。夜になれば炎竜ハウスで会うことはできるし、わざわざ発着場まで来なくても良かったかも。


 むしろ仕事中では二人の邪魔になる。そう考えて踵を返そうとしたところ、後ろの男性に声をかけられた。


「あれっ? もしかしてリオさん?」


 どこかで聞いたことある声だな、と思って振り向いたところ――そこには竜騎士の師匠、ライデンが立っていた。


「おおっ! やっぱリオさんじゃん、久しぶり!」


 人懐っこい笑顔を浮かべたライデンが、こちらに駆け寄ってくる。


「お久しぶりです、ライデンさん! まさかエレクシアの外で会えるとは思ってませんでした!」

「ニコル領主への挨拶に駆り出されてな。最近じゃ親父が、里長さとおさとしての仕事を覚えとけってうるさくて」

「ふふ。ライデンさんが里長になれる日は、遠くないのかもしれませんね?」

「よしてくれよ。俺はまだそんな歳じゃないし……まだやりたいこともあるしな」


 と、ライデンはどこかそっぽを向きながら頬を搔く。


 ……そして、妙な沈黙。


 急に押し黙ったライデンを不思議に思っていると、今度は別の竜騎士が声をかけてくる。


わか! なにボーっとしてるんスか……って、飛竜ひりゅう親善大使しんぜんたいしのリオさん!?」


 一人の竜騎士が驚いた声を出すと、それを聞いた竜騎士や女性事務員たちが次々と集まってくる。


「おおっ、本当だ! 新聞フライヤーで見た通りの女の子だ!」

「新聞で見たより全然カワイイじゃない! こんなコが昇竜王を説得したなんて信じられないわ!」

「リオさんっ、サインしてください! あとリブレイズグッズの販売を、せつに……切にお願いしますっ!」


 気付けば私たちの周りは、人でいっぱいになっていた。しかも集まってきたのは人だけではない、飛竜たちもだった。


「見ろ! あれがノボリュ君を説得してくださった、我らが親善大使しんぜんたいし様だ!」

「小さき人間の身でありながら、ノボリュ君に意見するなんて……どれほど勇敢な心を宿しているのでしょう!」

「我々を飢えから解放していただき、ありがとうございます! 願わくば私の背をお使いください、快適な空の旅へご案内して見せます!」

「若造が出しゃばるな! リオ様を運ぶ栄誉をたまわるのは俺からだ!」


 仕事も飛行訓練もそっちのけで、野次馬たちが集まってくる。気付けば収拾がつかないほどの大騒ぎになっていた。


 私とライデンは好奇の目をした人たちに囲まれ、動けずにあわあわと目を回すことしかできない。


 ……すると当然、事務所にいたレファーナとガーネットにも見つかってしまう。


「お主ら、なにをやっておる! さっさと仕事に戻らんか!」


 目尻を吊り上げたレファーナが叱責を飛ばすと、野次馬たちは鬼でも見たような表情で散って行く。……なるほど、どうやらレファーナは発着場でもらしい。


 そして視線の鋭さは、そのまま私にも向けられる。


「リオっ! 訪ねてくるなら気配を消してから来い! 少しは自分が有名人であるという自覚を持て!」

「あっ、えと。すみません……」


 ぐうの音も出ないほどの正論だったので、私は素直に頭を下げる。


 だが今度は謝らせたことが気まずくなかったのか、レファーナはわざとらしく咳ばらいをしてフォローに入る。


「ま、まあ反省してるのであれば良い。アチシもしばらく会えておらんかったしの、こうして真っ先に顔見せに来てくれたことは……嬉しいと思うとる」


 ――瞬間。ライデンとガーネットの間に衝撃、はしる。


 あのレファーナが、デレた。と。


 その様子はリオたちを遠巻きに見ていた、野次馬たちにもしっかり伝わってしまう。


(お、おい見ろよ! 事務じむ本部長ほんぶちょうが顔を赤くしているぞ!?)

(ウソだろ!? つーか、ああして見ると……結構カワイくね?)

(いつもあんなイライラしてるのに、リオさんの前では優しい顔したりするんだな……)

(鬼のように厳しいレファーナさんも、プライベートではめっちゃ甘々だったり!? やはりリブレイズグッズがっ! 公式リブレイズグッズの販売が、切に望まれるっ……!)


 ……と、ウワサ話をする声は私たちにも薄っすら聞こえている。


「お主ら、いい加減にするのじゃぞ!」


 さらにレファーナが一喝を入れると、飛竜と竜騎士たちは素知らぬ顔で空へ羽ばたいていった。


「まったく、油断もスキもないヤツらじゃ」

「あはは……みなさん、好奇心旺盛ですからね」


 ぷりぷりと怒るレファーナを、秘書のガーネットがなだめている。二人の絡みを見るのは初めてだが、意外と相性は良さそうだ。


「で。せっかく来てもらったところ悪いのじゃが、仕事はもう少しかかる。夜は炎竜団の屋敷にいるのじゃろう?」

「はい。さすがに今日くらいはみんなで一緒にお夕飯でもいただこうかと」

「二週間ぶりじゃからな。見てのとおり発着場自体は完成しておるし、今日はそこまで遅くならんと思う」

「わかりました! ではまた夜にお会いしましょう、ガーネットさんも!」

「はいっ、楽しみにしてますね!」


 久しぶりのガーネットスマイルが、五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡る。


 さて、後は帰るだけ……と思っていると、なぜかレファーナがジト目でライデンを凝視していた。


「あ、あの……なにか?」


 まじまじと見つめられたライデンは、ひきつった表情でレファーナにお伺いを立てる。するとレファーナは一転して、からかうような口調でこんなことを言う。


「なぁ~に。お主がリオと二人で話しておった時、なにやらただならぬ雰囲気じゃと思うてのぉ?」


 指摘されたライデンは口を一文字に引き結び、視線を逸らして気まずそうに頬を搔く。


(なんだ、レファーナさん見てたんだ)


 そういえばライデンと話していた時、ちょっとした沈黙があった。私はそこまで意識してなかったが……そこまで気にすることだろうか?


 すると今度は私に向かってこんなことを聞いてくる。


「のう、リオ。これから少し時間はあるか?」

「え? まあ……そうですね。不用品の売却をした後は、夜まで時間を潰す予定ですけど?」

「聞いたか、ライデン? リオは夜までヒマしとるそうじゃ」

「えっ。それは、どういう……?」

「なにをナヨナヨしておる。年頃の女子がヒマしとったら、茶にでも誘わんか!」


 レファーナがそう言い切ると、ライデンはいよいよ挙動不審になり始める。それはもう、キサナと張り合えるの勢いで。


「リオもたまにはダンジョンだ、クエストだなどと言っとらんで遊んでこい。男っ気がなさすぎると、逆に損するぞ」

「えっ。あっ、ハイ」


 こうして私とライデンは、半ば強制ともいえる形で追い出されたのだった。



―――――



 突然のギクシャクデート、開幕――?

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