第81話 奈落四十層ボス、先代魔王アヴォロス

 玉座に腰掛ける、先代魔王アヴォロス。


 緑色の肌に、長い銀髪。返り血を浴びたような赤いタキシードを身に纏い、ヒトを小馬鹿にするような笑みを浮かべている。


 身長は二メートルほど、魔物としては比較的小柄な体格だ。


 だが放つオーラは邪悪そのもので、我に返ったフィオナは剣を持つ手をわずかに震わせている。


(先代魔王の文献や書物はたくさん残っているからね。もちろんその風貌を書き写した絵姿も)


 悪いことをしてると魔王にさらわれちゃう、とはこの世界ではよく言ったものだ。


 恐怖の代表格である魔王を目の前にし、フィオナもさすがにたじろいている。怖いもの知らずのスピカは、好戦的な笑みを向けてるけど。



 ややあって玉座のアヴォロスがスッと立ち上がり、悪魔の羽を勢いよく広げる。そして持っていたワイングラスを握り潰したのを合図に――戦闘が始まった。




 名前:先代魔王・アヴォロス

 ボスランク:S+

 ドロップ:闇の石

 レアドロップ:魔王のタキシード(S)

 盗めるアイテム:悪魔のしっぽ

 盗めるレアアイテム:人喰らう鉤爪(S)




 まず開幕早々、魔王アヴォロスは『冥府の霧』を吐いて全体攻撃。


 ダメージ自体は多くないものの、暗闇の状態異常も付与されてしまう。が、これはエンジェリックリボンを装備していることで回避。


 私が挑発で注意を引き付け、キサナは中回復ミディアム・ヒール。スピカは天罰で弱体付与を優先させ、フィオナはマージストライカーで攻撃力上昇。


 戦闘方法はラグナレクの延長で問題ない。


 体力以外はすべての数値がラグナレク以下で、合間に挟むギミックからの立て直しだけ出来ていれば問題ない。


(とりあえず装備されている鉤爪だけは、さっさと盗みたいよねっ!)


 魔王の盗むレアに設定されている人喰ひとくらう鉤爪かぎづめ。これは人間ヒューマンの風貌をした敵に対し、特効ダメージを持つ武器だ。


 基本、対人戦の発生しないクラジャンでは人間特効の出番は少ない。


 が、これを相手に装備されていると痛いのはこちらだ。それに買取屋で売れば150万クリルにもなるし、できることならさっさと盗んでしまいたい。


 アサシンダガーと逆鱗刀での二連撃強奪を繰り返すが、なかなか武器を奪えない。くわえて魔王のへらへらとした笑みが、盗めない私を嘲笑っているようで若干ムカつく。


 だが魔王の攻撃も、私には命中しない。もうラグナレクより遅い相手の攻撃など、そうそう当たるものではない。回避を繰り返しつつ、隙を見てこちらの連撃を叩き込んでいく。


 すると魔王も業を煮やしたのか、後方に飛び退いて空中へ逃れる。そして翼と腕をいっぱいに広げると――周囲に暗紫色のやじりが無数に現れた。


 闇属性Aランク攻撃魔術、失楽降矢フォールンアローだ。


「みんな伏せてっ!」


 私が声を出すと同時、魔王が構えていたやじりを巻き散らす。


 一発のダメージは大きくないものの、射出される弾の数は無尽蔵だ。放たれた鏃は私たちの体を裂き、いくつものかすり傷をつけていく。


 鏃の雨は絶え間なく降り続け、私たちの体力を削り続ける。このままではラチが明かない、どうにかして魔王の攻撃を止めないと!


 私は両腕で頭をかばいながら、現状打破の方法を考えていると――攻撃の痛みを中和する、別の雨が降り始めた。


「ふふーん! スピカに闇属性の攻撃は効かないよ! 癒しの雨っ、そして聖光瀑布ほーりー・ほーる!」


 スピカがそう叫ぶと、今度は破壊光線の雨が降り始めた。


 聖光瀑布ホーリー・フォールはダークニードルと違い、一撃が重いAランク級の破壊光線だ。


 地に叩きつけられた破壊光線は爆風を巻き起こし、軽い鏃はその風圧によって消し飛ばされる。奇しくも攻防一体の攻撃となり、魔王の体をも破壊光線で焼き尽くす。


 ―――グウゥゥゥゥッ!!!


 気分良く攻撃していたところを邪魔され怒ったのか、魔王はスピカを睨みつけて立ち上がる。そして鉤爪を広げてこちらに突っ込んできた。


「スピちゃん避けるよ! 掴まって!」

「うんっ!」


 私はスピカを抱きかかえ、その場から跳躍する。


 すると魔王は私たちのいた場所に着地、地面にはいくつもの鋭利な爪跡が刻まれる。そして私たちを追うべくその場から跳躍すると――キサナの鉄球が命中。


 意識の外から飛んできた攻撃に、魔王の身体は吹き飛ばされ壁に激突。その隙をついてフィオナが追撃、吹雪ブリザード剣をまとったギャラルホルンを魔王に叩き込む。


 さらにさらに! 遠くへ逃れたスピカが動けない魔王に、イクリプスを発動。ただでさえ薄暗い魔王城は一寸先も見えない闇となり、魔王の肉体はナニカによって切り裂かれる。


 そしてスピカを後方に避難させた私は、ふたたび魔王に特効して二連撃の強奪!


 すると度重なる攻撃で隙が出来たのか、いままで盗めなかった鉤爪かぎづめを一発で奪取。近接攻撃手段を奪うことにも成功した。


(よしっ、連携もイイ感じ! これならパターンに入ったも同然だ!)


 魔王は態勢を立て直すことはできたが、鉤爪を失ったせいで露骨に近接戦闘を避けるようになった。


 だが遠距離戦でも魔王が有利を保つことはできない。


 使う魔術のほとんどが闇属性である魔王は、スピカへの有効な攻撃手段がない。そのためスピカの返す攻撃魔術で、逆にカウンターを食らってしまう。


 また近接戦を避けるため宙に逃れようとしても、キサナの鉄球が魔王を執拗に追い回す。鉄球攻撃は飛行する魔物に特効ダメージが入る、宙に逃げたら逃げたでロクなことがない。


 そうして私たちはダメージを積み重ねていき――ついに魔王が膝をついたまま動かなくなった。


「……なんだ、これは。やったのか?」


 フィオナが動かなくなった魔王を見て、困惑した声音で聞いてくる。


「いえ、まだです。これでようやく半分です」

「半分? しかし、もう魔王はとても戦える状態には――」


 ギャオォォォォォッ―――!!!


 突然魔王は白目を剥き、体から激しく蒸気を上げ始めた。


 そして全身が心臓にでもなったように激しく拍動し、みるみる身体を大きく変貌させていく。


「な、なにが起きているんだ。これは!?」

「第二形態ですよ。魔王と言ったら形態変化するのは常識ですからね!」

「いや、そんな常識は聞いたことないが……」


 フィオナはツッコミを入れつつも、どんどん体を大きくする魔王におののいている。魔王の体はついに天井よりも高くなり、頭が屋根をブチ抜いた。


 背中の羽は気付けば四枚になっており、外見も悪魔と竜のハーフのような姿に変化。――これが魔王アヴォロス、第二形態だ。


「第二形態は全体攻撃が多いので気を付けてください! キサナちゃんとスピちゃんは、タイミングを見て回復を忘れずお願いします!」

「わかりました!」

「まかせてー!」


 終末を予感させる赤黒い空の下。屋根も壁も失われた謁見の間で、第二形態となった魔王アヴォロスとの戦闘が始まったのだった。

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