第73話 合宿二週目、奈落の二十九層を目指します!

 翌日。私たちは予定通り、Sダンジョン奈落へ足を踏み入れた。


「帰って来たぜ、ならく! スピカがはじめて挑戦した、思い出の初心者ダンジョン!」

「いや、スピカ殿。奈落は初心者ダンジョンではないぞ?」


 フィオナの冷静なツッコミを受け流しつつ、スピカはクリスタルに覆われた景色を感慨深そうに眺めている。


 初めて奈落にきたキサナも、クリスタルの美しい光景に釘付けだ。


「うわあぁぁぁ、リアルで見る奈落は綺麗ですねぇ……」


 頬に手を当てて、お姉チックに感動しているキサナ。やっぱりキラキラに目を奪われてしまうのは、女の本能なのだろうか?(二回目)


「さて。とりあえず当面の目標は二十九層です。ボス戦以外は無エンカ五倍速で行くので、サクサク歩いて行きましょう!」

「「「「おうっ!」」」」


 と、喝を入れて深層に向けて歩き出した。


 寄り道さえしなければ、四日目くらいで二十九層にたどり着けるだろう。ボス部屋に近い場所でレベル上げをし、それから三十層ボスと戦う予定だ。


 十層と二十層のフロアボスは討伐しているが、ボスの討伐判定は一ヶ月。奈落を離れて二ヶ月が経っているため、討伐し直す必要がある。


 もちろんラスト・イブリース対策のため、スピカとジェラルド分のリボンも購入済み。前回は炎竜団を吸収されていたので手こずったが、今回はそこまで苦労することもないだろう。


 ちなみに、ダンジョンへ潜れないノボリュは地上でお留守番だ。今回の探索は長くなる予定なので、桃竜とうりゅうとのデートをセッティングしておいた。


 ゲームでも人間との共生が実現した後、勝手に恋仲へ発展するのでキッカケさえあれば上手くいくんじゃないかと思っている。とは言え、ノボリュにはロクなアドバイスも出来てないし、帰ったらデートの話くらいはちゃんと聞いてあげよう。


 もし失敗して邪竜じゃりゅうにでも闇落ちしたら笑えないしね……




 さて。しばらく歩き回る時間が増えるので、ここでお金の動きを少し整理しておこう。前回はミラでレファーナから、アダマンタイトの余剰利益をもらったのが最後だ。


 収支は以下の通りになっている。



☆☆☆

 ミラ出発時の所持金:8250万クリル



 翠緑すいりょく踏破達成報酬  +700万クリル

 ブーストポーション×50購入  -30万クリル


 ※飛竜タクシーへの初期投資①  -5000万クリル

 リオの新聞フライヤー出演料  +100万クリル

 ライデンから竜騎士を継承  ±0クリル(お金なんてもらえない、とのこと)


 マリオット商会へ派遣する、従業員たちのお給料  -600万クリル

 フィオナへ二ヶ月分のお給料  -400万クリル

 キサナへのお給料  -200万クリル

 スピカへのお給料  ±0(魔物肉採集クエスト報酬、400万を丸々あげたので二ヶ月お給料ナシ)

 レファーナへのお給料  ±0(今月まではいらぬ、とのこと)


 蟲毒紹介キャンペーンの報酬  +9740万クリル

 鉄仮面758個の売却費  +341万クリル

 その他不用品の売却  +210万クリル

 ガーネットの引き抜き費用  -200万クリル


 ダンジョン長期探索の準備費  -135万クリル

 食費・宿泊費・雑費  -42万クリル

 ※飛竜タクシーへの初期投資②  -5000万クリル



 合計:8250万クリル   →   7734万クリル

☆☆☆



 ……これまたツッコミどころの多い収支になったので、かいつまんで説明をば。



 まず大きな利益を出してくれた『蟲毒紹介キャンペーン』について。


 あたたか牧場のロブと約束していたキャンペーンは、飛竜タクシーの手伝いをしている間に終了した。が、ビラはあれからも撒き続けていた。


 期間中にノボリュと各地を飛び回ったこともあり、色々な地域の人に「殺虫レベリング」を広めることが出来た。


 結果、9740人の紹介に成功して9740万クリルを獲得。それだけの紹介を受けた牧場は、いま大変なことになっている。


 超速レベリングを知った冒険者のほとんどは、そのまま現地に長期滞在。衣食住はまったくもって足りず、お金のない冒険者はその場で牧場の従業員として働きだした。


 ダンジョンの出入りも入場制限が掛かり、ヒマな冒険者は現地の大工作業に付き合わされている。


 ロブに領地を貸し出していた貴族も、牧場に追加で三倍の土地を貸し出すことを決定。多くの商人も追加で投資を始めている。


 そこにはもちろんマリオット商会の名もあり、クラン領地でありながらすでに飛竜発着場も完成している。


 私はまだ現在のあたたか牧場を見てないが、きっと人であふれ返るすごい領地になっているに違いない。次に訪れる時が楽しみだ。



 そして大きなマイナスについて。それは飛竜タクシーへの初期費用だ。


 これはヒゲとレファーナの間に交わされた最終決定だ。


 リブレイズは今後、最大で利益の20%を受け取れることになっている。だがその条件として2億の初期費用を持って欲しいと頼まれた。


 飛竜解放に成功したとはいえ、運営のほとんどは商会に頼っている。だったら費用の一部くらい持ってあげることはやぶさかではない。


 ……ということで私たちは支払いを了承、既に二回に分けて1億クリルを支払った。一時的に出費が多くなってしまったが、後のことを考えたら払った方が得だ。


 どのみち私はしばらくダンジョンに入り浸りになる。むやみに貯め込むよりは、必要なところに投資しておいたほうがいいだろう。



 あとは収支に記載した通り。ひとまず出費も多くなってきたので、今回の探索でしっかりお金になるアイテムを回収しておく予定だ。




 ……と、いうことで話は奈落探索に戻そう。


 探索三日目で二十層にたどり着いた私たちは、特に苦戦することもなくラスト・イブリースを再討伐。


 戦術は単純。回避盾を前に出して火力でゴリ押しただけ。だっていまのリブレイズは脳筋だらけだ。


 既に平均レベル80近い魔法剣士フィオナ。


 打撃命中率LVを底上げした、キサナの鉄球マスターキーによる重い通常攻撃。


 聖光瀑布ホーリー・フォール崩落コラプスを無尽蔵に打ち込むスピカ。


 特に回復を必要とすることもなく、中ボスのノリでイブリースを沈めてやった。


「へへー、スピカの勝ち! リベンジせいこー!」

「やったね、スピちゃん!」


 私はゴキゲンで勝利宣言するスピカとハイタッチ。スピカにとってイブリースは、戦わずして土をつけられたボスだった。


 因縁の相手に勝てたのがよほど嬉しいのだろう、いつもに増してスピカはキゲンがいい。そしてスピカ同様。イブリースに取り込まれていたジェラルドも、この時ばかりは口を開く。


「……まさか、こんな簡単に二十層ボスを討伐できるとはな」

「魅了対策だけしておけば大したことないですよ。炎竜団のレベルであれば、次は勝てるはずです!」

「……どうだかな。同じSパーティでも、お前たちとは天と地ほどの差を感じるが」

「じゃあこれからメキメキ強くなっていきましょう! 私たちのレベリングに付き合えば、ジェラルドさんも世界最硬の盾役タンクになれますよ!」

「フッ、そいつは楽しみだ」


 そう言ってジェラルドは、おもむろに薄い笑みを浮かべた。


(はわわっ……!? 精悍せいかん無口ダンディの、さりげない笑顔を目撃してしまった!)


 突然のギャップに弱い私、心臓をバクつかせる。


 私みたいな小娘なんか興味なさそうなのに、不意にそんな表情を見せるなんてズルである。


 まったく既婚者という余裕ポジにいるからこそ、油断ならねえおっちゃんだぜ……謎の悔しさを感じつつ、私たちは二十一層に足を踏み入れる。


 以前は立ち寄ることなく去った二十一層。そこには砂漠とオアシスの広がる、灼砂しゃくさと呼ばれるダンジョンを模した光景が広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る