第70話 いろいろあって……ニコルに帰ってきました!

 話は少し飛び――ニコルの冒険者ギルドにて。


 受付嬢のガーネットは、今日も笑顔で冒険者たちを送り出していた。


「じゃあ行ってくるぜ、ガーネットちゃん。クエストが終わったら結婚してくれよ~」

「それは死亡フラグですっ! 縁起の悪いことは言わないでください!」


 フラれた男は仲間に「だっせ~」と小突かれつつ冒険者ギルドを後にする。午前中のクエスト受注も一段落し、ようやく建物内は昼間の静けさを取り戻す。


「ガーネット、そろそろ休憩入っていいよ」

「ありがとうございます。では、先に入っちゃいますね!」

「あと今朝の新聞フライヤー見た? ついにニコルにも飛竜の発着場が出来るんだって」

「見ましたっ! いよいよ本物の飛竜さんが見れるんですよね、楽しみですっ」


 ガーネットは休憩室に入り、置きっぱなしの新聞に目を向ける。




 ここ最近、一番面白い読み物と言えば新聞だ。


 なぜなら世の中はいま、すさまじい勢いで変化している。


 三百年ぶりに再興した飛竜タクシー、それに伴う魔物肉の需要増大。また才能継承が手軽に行えるようになり、冒険者たちは第二・第三に獲得する才能を見据えながら行動している。


 冒険者ギルドでは早くも、師弟契約の紹介も扱い始めた。レベル50の才能持ちに片っ端から連絡を取り、許可が出ればその情報を掲示している。


 レベル50越えはこのあたりでは貴重な存在だ。そのため一件の継承依頼にかなりの金額が動いているらしい。


 このあたりで積極的な継承を行っているのは……聖火せいか炎竜団えんりゅうだんくらい。


 奈落の帰還から長く療養していた彼らも、いまでは継承の稽古をつけるくらいは元気になった。


 またレベル上げの方法に関しても、エレクシアで殺虫レベリングと呼ばれる方法が流行っているらしい。先日もウワサを聞きつけて遊びに行った冒険者が、レベル12から45まで上げて帰ってきた。


 あのダンジョンさえあれば第二才能の獲得も夢じゃない、と目を輝かせていたのを覚えている。


 いま、冒険者業界はとてつもなく賑わっている。


 常識を覆すようなことが次々と起こり、誰もが期待に胸をふくらませている。


 しかもその中心には、自分も知っている人物が関わっている。


 ガーネットはそれを誇らしく思うと共に、少しばかり寂しい気持ちになってしまう。


(……やっぱりリオさん、すごい人だったんだなぁ。もう私のことなんて、忘れちゃってるだろうな)


 自分は戦いに出る冒険者を送り出す仕事についている。


 今の仕事はやっていて楽しいし、ちょっとしたやりがいも感じている。


 でもたまに漠然とした不安に駆られてしまう。ずっとここで送り出してばかりの人生じゃ、いつかみんなに置いて行かれるんじゃないかって。


(いけないっ、なんか暗い気持ちになっちゃった)


 ガーネットは元気を出すため、自分の頬をぴしゃりと打つ。


 だが、そこである異変に気付いた。


 ……気分だけでなく空まで暗くなってない? と。


 窓の外でも草木が激しくざわめいている。突然の嵐だろうか、だとしたら洗濯物を早く中に入れないと。


 そんなことを考えていると……先ほどガーネットに求婚してきた冒険者が、慌ててギルドに駆けこんできた。


「ガ、ガーネットちゃん、大変だっ!」

「どうしたんですか、そんなに慌てて?」

「ドラゴンだ! ドラゴンが冒険者ギルドめがけて、降りてきてるっ!!!」

「え、ええっ!?」


 ガーネットは半信半疑になりつつも、勝手口から外に飛び出して空を見上げる。


「え、ええっ!? 本当にドラゴンがっ!?」


 冒険者たちの言う通り、灰色のドラゴンがゆっくりとこちらに降り立つ様子が見えた。


 ギルドの敷地内には、手合わせや稽古に使われる空き地がある。その場所めがけて降りてきているようだ。


 近くにいた冒険者たちは最悪の事態を想定し、武器を抜いて空き地に集まり始めている。


 こんな大型のドラゴン、見たことがない。誰もが死を覚悟しつつ、固唾を飲んでドラゴンの様子を窺っていると……


「――ガーネットさぁぁぁぁん!!!」

「えっ?」


 どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ガーネットさん、お久しぶりでーす!」


 声の聞こえた方。ドラゴンの背の上をよく見ると……ブンブンと手を振る女の子の姿が見えた。


「覚えてますか? リオです! ガーネットさんのズッ友、盗賊のリオですよーーっ!」

「えぇぇぇぇっ!?」


 ドラゴンが地面に降り立つと、手を振る少女はしゅたっと背から飛び降り――私の前に着地した。


 そしてニコルを出発した時のように、ひしっと抱き着いてくる。


「お久しぶりですっ、会いたかったーーー!」

「わ、私も会いたかったですけど……急過ぎますよーっ!?」


 たくさんの冒険者たちに囲まれる中、私は><な顔のガーネットと再会するのだった。



***



 その後、私たちリブレイズはギルマス部屋に集合した。


 久しぶりに会ったグレイグは、窓から見える昇竜王ノボリュを横目に引きつった表情で言う。


「……っつーことは、リオたちはしばらくニコルに滞在するってことか?」

「はいっ! ニコルの飛竜発着場整備と、奈落でレベル上げをしようと思ったので!」

「レベル上げ?」

「エレクシアの特注カスタムSダンジョンに挑戦することになったんです。だからもうちょっと鍛え直しておかないと、と思いまして!」


 トライアンフのメンバー、ナガレと話してから色々なことがあった。


 ナガレの帰った翌日。ふたたびトライアンフの遣いがやってきて、私たちは予定通り彼らと同盟を結ぶことにした。


 後日。トライアンフ領に呼ばれ、同盟の書類に調印。


 そこにはナガレから忠告を受けた通り、緊急事態が発生した場合の条項が盛り込まれていた。


 レファーナがいくらか口を出し条項を緩くしたものの、あえてトライアンフのワナへ飛び込む形になった。


 そしてリーダーのルキウスからは、特注ダンジョン桜都おうとの踏破依頼を出された。


 だがSダンジョンの踏破をするなら、もう少しレベルやスキルポイントが欲しい。そのため一ヶ月鍛錬してから挑戦すると告げ、トライアンフ領を後にしたのだった。


(いまのところ。ナガレさんの言った通りに事は運んでるけど……)


 まだ彼を全面的に信用することはできない。


 ナガレを完全に信用できるとすれば、それはトライアンフから襲撃を受けた時だ。そこでナガレが私たちの味方をしてくれるかどうか、その時まで彼の言葉は話半分に聞いておかなければならない。



「しかし驚いたぜ。大聖女を送り返すってエレクシアに行ったと思ったら……飛竜の王を仲間にして帰ってくるなんてよ」

「ふふ~ビックリしたでしょ! 話とかしてみます?」

「いや、いいよ……飛竜の王様と、一体なんの話で盛り上がればいいんだ」

「そんなに怖がらなくてもいいのに」


 話し方は尊大なままだが、根はまっすぐだし意外と親しみやすい。


 それに竜峰の外に出たことも少なかったせいで、ノボリュは意外と世間知らずだ。 各地で見るめずらしいものに驚いたりするので、既に色々なカワイイを見せてくれている。


「あっ! それと奈落二十層までの攻略指南書、お渡し出来てなかったのでいま提出しますね!」


 私はマジックポーチに入れていた、ラスト・イブリース攻略までの指南書を取り出した。


「はいよ、確かに受け取った。……じゃあ俺からもを贈呈しないとな?」


 そう言ってグレイグは、引き出しから数人分の冒険者ライセンスを取り出した。


「お前たちがエレクシアを暴れまわっている間、Sクランへの昇格もちゃんと承認された。これでお前らも世界に名だたる冒険者の仲間入りだ!」

「ありがとうございますっ!」


 大事なことではあるが、忙しくてすっかり忘れていた。


 私はグレイグからSクランのライセンス。そして全員分の冒険者ライセンスを受け取った。


 これにより私とフィオナは、AからSランクへ昇格。


 スピカもAランクに昇格し、レファーナとキサナはBランクへと昇格した。


「で、リオたちはこれからどうするんだ? しばらくは筋骨隆々亭に泊まるのか?」

「いえ。レファーナさんの口利きで、聖火炎竜団の空き部屋を借りる予定です。普通の宿ではノボリュ君の休めるスペースを確保できませんから」


 隆々亭は冒険者ギルドの隣だが、空き地を借り続けるわけにもいかない。それにノボリュがのびのび休むには手狭でもある。


 だったら敷地を多めにあまらせてる、炎竜団の土地を借りようとレファーナが提案してくれたのだ。


「……飛竜の王が近くにいたんじゃ、あいつらの気が休まらないんじゃねえかな?」

「大丈夫じゃろう。炎竜団あやつらはそんな繊細には出来ておらぬよ」


 レファーナの軽口に、グレイグとガーネットは苦笑い。


 場にはわずかに沈黙が流れ、場には解散の空気になり始めた。……が、一番大事なお願いが済んでいない。


 少し心苦しいお願いだったので、最後の最後まで引き延ばしてしまった。既に話を知っているフィオナとレファーナは、緊張する私を面白そうに眺めている。


 ふう……とひとつ深呼吸をし、私は意を決してグレイグに申し出る。


「それと、グレイグさんにひとつお願いがあるんです」

「おう、まだなんかあったのか?」

「はい! 実はガーネットさんが欲しいんです!」

「「…………えっ?」」


 話がまるきり違う方向に飛んだせいで、グレイグとガーネットは同時に驚いた顔をみせる。


「超ラブリー受付嬢ガーネットさんをっ、ウチのクランに引き抜かせて欲しいんです!」

「え、えええええぇっ!?」


 前触れもない突然の勧誘に、ガーネットの驚いた声が響き渡った。

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