第69話 あやしい内通者、ナガレ

 トライアンフを崩壊させるのに協力して欲しい。


 そう切り出したナガレは、クランの内情を私たちに教えてくれた。


 まず今回持ちかけられた同盟は、やはり本心から手を取り合おうというものではないらしい。


 トライアンフのリーダー、ルキウス。彼は領地に引きこもって指示のみを出す、表に出てこないタイプの人間だ。


 屋敷ではぐうたらざんまい。クラメンとは対等な関係にはないため、誰も逆らうことが出来ない状態だという。


 そして世間でウワサされているように、性格は陰湿。今回の同盟を考えたのもルキウスたってのものである。



 初めてリブレイズの話が入ってきたのは、スピカの流転巡礼るてんじゅんれいが横取りされた時。大聖女を引き入れて名声を高めるつもりだったが、アテを外されたため妨害を画策。


 マチルダの読み通り、この時点でちょっかいをかけることは決まっていたらしい。


 だがエンカウントなしで常に姿を消しているため、足取りは思うようにつかめず。また早々に竜峰りゅうほうという遠方ダンジョンに行ったため、無駄にミラ周辺を探し回ることになった。


 そして気づけばトライアンフも失敗した『昇竜王の説得』に成功。しかも昇竜王はリオに従属しているというではないか。


 ……ヤツらが昇竜王に勝ったのであれば、正面からやり合えば勝てないかもしれない。


 そう考えたルキウスは別の方法でアプローチすることにした。それがリブレイズとの同盟である。



「結論から言うと、同盟の話は。そうしないとマリオット商会や飛竜たちに、妨害工作の命令が出されちまうからな」

「……私たちに直接ではなく、関係者に向けて嫌がらせをするということですね。ちなみに同盟の話には、どんなワナが仕掛けられてるんです?」

「――どちらかのクランが存亡の危機に陥った際。同盟クランは善意を以って、相手方の仕事を引き受ける義務を要す――そんな文言が盛り込まれる」

「ほう? つまりリブレイズが全滅でもしてしまえば、相手はリブレイズの持つ権利をまるまる乗っ取れるということか?」

「ご明察だ。ルキウスの旦那はリブレイズの持つ、飛竜タクシーの経営権をご所望だ」

「フン、随分とやんちゃな事を考えるのう。しかし冒険者は世界の宝と謳われる時世に、アチシらをどうやって手にかけるつもりじゃ? 冒険者を手にかけた冒険者は、すべての国家から指名手配されるのは知っておろう?」

「ああ。だがダンジョン探索中に全滅してしまえば関係ない。……ルキウスの旦那は同盟が組まれた後、リブレイズにクエストを出すつもりでいる」

「クエスト?」

「トライアンフの持つ特注カスタムSダンジョン、桜都おうと五十層の踏破依頼だ」

「特注ダンジョンっ!?!?」


 ナガレが差し出してきた『桜都・攻略指南書』の移しを、私は脊髄反射でひったくる。


 桜都おうとは桜が咲き誇る、日本の古都を模したダンジョンのようだ。


 ページをいくつか読み進めると、ボスや出現する魔物の情報もくわしく書かれている。とてもニセモノとは思えない。


「俺たちは三十層ボスまで攻略したが、この先は未踏破だ。うちの旦那は友好の証として、リブレイズに特注ダンジョンの自由挑戦権を与えるつもりだ」

「えっ! めっちゃいい、最高!!!」

「……わかりやすく釣られるな、馬鹿者。しかしアチシらがダンジョンで全滅するとは限らんじゃろ、踏破されてしまったらどうする?」

「させないのさ。リブレイズがボス踏破で弱ったところを、俺たちが襲撃する手筈になっているからな」

「……なるほど。探索中の事故に見せかけて、手にかけるつもりか」

「なんと卑劣な! 冒険者を手にかけようとするだけでなく、不意打ち」


 真っ直ぐに騎士を生きるフィオナは、不快感を隠せずに声を荒げる。すると怒ってくれたことをありがたがるように、ナガレはフィオナにやわらかい笑みを向ける。


「……まったくだな。だからこそトライアンフなんてクランは、なくなっちまったほうがいい。リブレイズはそこで俺たちを返り討ちにして欲しい」

「それこそがお主の望みであると? 返り討ちにした上でお前らを衛兵に突き出せ、そういう意味か?」

「ざっくり言えば、そういうことになる」

「だとしたら、お主の持ってきた話にはまるで意味がないの。なぜなら結果的にアチシらはトライアンフの目論み通り、ダンジョンで不意打ちをされる羽目になるだけではないか」


 レファーナの言う通りだ。


 ナガレは内通者として私たちに助言しているようで、相手の望むことをさせられているだけだ。特注ダンジョンの指南書や内情を聞いても、結果的にダンジョンで襲撃を受けて負ければなんの意味もない。


 むしろ内通者を装ってナガレがやって来たこと自体、油断させるための一計に思えてしまう。


 ナガレの持ち込んだ情報を信じるメリットが、私たちにはひとつもない。だが――


「いいですよ、受けましょう!」


 私はあっさりと了承した。


「……リオ。アチシの言ったことの意味、理解できておるか?」

「はいっ! ナガレさんの話がウソでも本当でも、結局ワナにかかることに変わりはないって意味ですよね?」

「わかっていて、なぜ受けようとする?」

「だってイヤじゃないですか、同盟を断ったら飛竜タクシーにイヤがらせが入るんですよ? 戦える私たちならともかく、無関係な人たちが攻撃されるのはガマンなりません」


 飛竜の里、マリオット商会、飛竜たち。


 タクシー事業をおこすまでにがんばってきたみんなは、クランの垣根を越えた私の大切な仲間たちだ。そんな彼らを邪魔しようだなんて、絶対に許せない。


 大陸全土にある飛竜発着場は、すでに三十近くが動き始めている。


 どこを攻撃されるかもわからず、トライアンフには貴族の後ろ盾もある。そんな中ですべてを守るなんて不可能に近い。


「だったら攻撃の目は私に向いていたほうがいいです。どのみち最後はトライアンフに勝てば解決するんですから!」

「また自己犠牲みたいなことを言いだしおって! お主はアチシらの代表じゃぞ、もう自分だけの責任で済む範囲にないのじゃぞ!?」

「だから私が責任を持って、敵の注意を引き付けるんです。周りのみんなに迷惑が掛からないように」

「しかし、万が一ということもあるじゃろう」

「それでも私はやりますよ。むしろ戦いに持ち込んだほうが、私たちの勝算は上がるはずです!」


 私は心配するレファーナを安心させるため、出来る限りの笑顔で言い切る。


「……まあ、リオには言うてもムダか」


 あきらめた言葉の割に、レファーナは清々しい顔で笑っていた。だが一転してすっと笑みを消すと、いまも扉の前であぐらをかくナガレを睨み据えて言う。


「ナガレ。本当にトライアンフを崩壊させたいと願うなら、できるだけお主のことを信用したい。だからこれだけは聞かせるのじゃ」

「なんだ?」

「お主がトライアンフを裏切る理由じゃ。動機がない裏切りなど、まるで信じるに値せんからな」

「……ああ、まだ言ってなかったな」


 ナガレは頭をガシガシと搔き、どこか遠い目で力なくつぶやいた。


「俺たちクラメンのほとんどは、家族や恋人を人質に取られてるのさ。……そんなリーダーに従い続けるのが、どうしてもガマンならなくなったんだよ」




――――


 ナガレの細かい話は一旦すっ飛ばします(笑)


 出来るだけ楽しい話を進めましょう。ということで、次回はいきなりニコルへ帰ったところから始めます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る