第66話 歴史に残る一ヶ月

 飛竜タクシーの再会が決まってからは、とてつもなく忙しい日々が続いた。


 まず大陸各地に散らばっていた飛竜たちが、昇竜王ノボリュ念話テレパシーで飛竜の里に一斉集合。そして竜騎士たちとのマッチングが行われた。


 マッチングが成立した飛竜たちは、すぐさま商会の指示で現場配備。


 商会はあらかじめ、大陸全土に飛竜を待機させるための土地をおさえていた。そこは飛竜ひりゅう発着場はっちゃくじょうと呼ばれ、まずは発着場ごとの輸送を段階的に開始させた。


 それと同時に、冒険者ギルドと大型クランには大量の採集クエストが出された。飛竜へ提供する魔物肉の必要数が、莫大的に膨れ上がったからだ。


 降って湧いた無数の採集クエストに、冒険者界隈は大盛り上がり。特に生活種でも参加できるような低難易度ダンジョンでは、初日から入場制限が始まった。


 また飛竜タクシーの登場で職を失いかねない者を、商会が好条件で雇い入れる告知を出した。飛竜という新たな輸送手段が登場すれば、馬車の利用は冷え込みが予想される。これに対する補償のようなものだ。


 突然の輸送革命に各地で様々な議論が起こり、批判的な意見も数多く湧いた。……だが三百年前に飛竜タクシーが存在した歴史は、誰もが知っている。


 飛竜に乗って自由に空を飛ぶ。それは誰もが一度は夢に見た光景であり、古き良き時代の再来。そして世間は飛竜特需でおとずれた好景気バブルでにぎわっている。……批判的な声も、そう長く続かなかった。



 リブレイズのメンバーも商会の利益に預かる以上、タクシー運営の手伝いに全力を尽くした。


 ノボリュおよび飛竜たちの親善しんぜん大使たいしとなったリオは、主に飛竜側のケアに務めた。


 飛竜の念話テレパシーでトラブル情報が入った場合、ノボリュを通して即座に本部で対応を検討。現地に行く必要があればノボリュと共に急行した。


 レファーナは飛竜の里に設置された運営本部にとどまり、幹部の一員としていくつもの重要決定を下す毎日。


 キサナは騎竜きりゅうに必要なくら頭絡ハーネスなどの製作に駆り出され、フィオナは人の出入りが多くなった里の警護。そしてスピカはよく眠った。




 ――そして飛竜の里を訪れて一週間が過ぎたころ、私は無理を言ってみんなに集まってもらった。とある個人的なお願いをライデンに、そしてみんなに聞いて欲しい話があったから。


「リオさんも、竜騎士になりたい……?」

「はい! ノボリュ君がリブレイズのメンバーになってくれた以上、私一人でも飛竜に乗れるようにしておきたいんです!」

「だがリオさん、それは難しいと思うぜ。だって竜騎士は才能だ。運よく自然覚醒でもしない限り、なりたくてなれるもんじゃ……」

「いえ、なれます。だってここ、飛竜の里では毎年たくさんの竜騎士が生まれてるじゃないですか」

「それはこの地に竜騎士の加護があり、俺たちが騎竜きりゅうの技術を絶やさないようにして来たからで……」

「それですっ!!! 騎竜きりゅうの技術を絶やさないように――それが師弟契約していけいやくになっていたんです!!!」


 師弟契約はクラジャンのシステムだ。才能レベル50を超える師匠は、弟子にその才能を継承することができる。飛竜の里は意図せずこれを行っていたのだ。


 私がそれに気付いたのは、各地に配属が決まった竜騎士のリストを見た時だ。ライデンも含めたほとんどの人は、していた。


 つまり師弟契約で後からさずかった才能である可能性が高い。詳しく話を聞けば、教師役となっていたのは年配の熟練竜騎士たちだった。里で竜騎士の技術が絶えなかったのはこのためである。


 そしてライデンはもうレベル50を超えた竜騎士だ。つまり彼の弟子になることで、私は竜騎士を継ぐことが出来る。


 ……が、この世界に師弟契約の概念は広まっていない。急に弟子にして欲しいと言われても、ライデンも困惑するだけだろう。


 だから私は師弟契約のカラクリを説明することにした。世間で言われている自然覚醒は、やろうと思えば簡単に引き起こせるということを。



 私の説明を聞き終えたみんな(キサナ以外)は唖然としていた。


「……またすごい話が飛び出したのう。リオの言い分が正しければ、欲しい才能が意図的に習得できることになるが」

「その通りです。実際にキサナちゃんも、錬金術師のところで『下働き』をしたから才能を引き継げました」


 話を振られたキサナは、口を引き結んでぶんぶんと首を縦に振る。すると同席していた商会のヒゲが、アゴをさすりながらこんなことを聞いてくる。


「つまり嬢ちゃんの言い分では、誰でも竜騎士になれる。飛竜の騎手は無限に増やせるってことになるな?」

「その通りです。なので竜騎士の訓練場を作ることもできますよ!」

「はっ、そいつはいいな」

「ですよねっ!? だからこれを機に師弟契約の仕組みも、世間に公表したいと思うんです。いままでは神頼みだった才能が、後からでも手に入る。これって誰にとっても素敵な話だと思うから!」


 これがみんなに集まってもらった理由だ。私は師弟契約で才能が継承できることを、みんなに知ってもらいたいと考えている。


 誰もがなりたい才能を手に入れ、なりたい職業に就くことが出来る。


 これは私の世界の常識で、クラジャン世界の仕様でもある。だったら知らないという理由で可能性を閉ざして欲しくないし、これで幸せになれる人が増えるなら知れ渡って欲しい。だが――


「……そんなことをして、大丈夫じゃろうか」


 レファーナは腕を組み、難しそうな顔で言う。


「リオの言うように幸せの総数は増えるじゃろう、しかし与える影響が大きすぎる。稀有けうな才能を持つヤツらに睨まれるかもしれぬし、冒険者協会にだって……」

「いいんじゃねえか?」


 レファーナの反対を抑え込んだのは、意外にもマリオット商会のヒゲだった。


「この話を聞いた以上、商会は竜騎士を増やさざるを得ない。それに飛竜の登場でせっかく世間の常識だって揺らいでるんだ、この機会に新しい常識もぶつけちまえばいい」

「し、しかし……」

「ヒヨってんじゃねぇよ、縫製師。これがうまく行けばタクシーだってさらに発展させられる、公表の方法もウチに任せてくれ」




 こうして私はライデンと師弟関係を組み、ヒゲプロデュースの元で自然覚醒の暴露が行われた。


 マリオット商会は新聞フライヤー発行も手掛けていたので、以下のような記事で自然覚醒の常識を切り崩していった。




【昇竜王説得のクランリーダー、竜騎士の才能を自然覚醒させる】


 飛竜の説得を成功させたクラン、リブレイズのリオ(15)について新しい情報が入った。


 タクシー運営を前に大陸中を飛び回っているリオだが、最近になって竜騎士の才能を自然覚醒をさせたことが発覚。


 騎竜きりゅう心得こころえも獲得し、単独での飛行にも成功。また彼女のクランには錬金術師を自然覚醒をさせたメンバーもおり、長年の謎であった自然覚醒の法則について似たような証言をしていることが発覚。


 ちなみにリーダーであるリオ本人は「竜騎士の才能を盗んでしまいました、ごめんなさい」などと証言している。意味不明。


 現在、飛竜の里で様々な実証実験が行われているとのこと。続報が望まれる。




【号外:自然覚醒の方法、判明か】


 先日号にて自然覚醒の法則について触れたが、とある方法にて実験者全員が竜騎士の才能を獲得したとの報告があった。


 長年の謎について終止符を打つ情報を独占取材したため、ここにその一部始終を記すこととする。


 この解決にあたって尽力したリブレイズ・飛竜の里は、継承方法のすべてを明かすとの事。


 以下に記す手順を踏めば、誰しもが欲しい才能を継承することが可能になる。その方法とは――




 記事に書かれているのは、クラジャンにおける師弟契約のシステムそのものだ。ゲームを元に構成された世界なので、手順を誤らなければ百発百中で継承できる。


 この記事が公開されて以降、世界はまた大きな情報の渦に包まれた。


 才能の希少価値は事実上なくなり、不遇職も第二・第三の才能を得ることで別の生きる道がひらかれた。師弟契約を販売する継承屋けいしょうやも大流行。


 ケガや年齢で引退した冒険者も、継承販売で人生を再スタートさせる人が続出した。


 飛竜タクシーの再開から、才能継承が知れ渡ったこの一ヶ月。後の歴史書では「近代化の夜明け」と呼ばれる、伝説の一ヶ月となった。

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