第65話 三百年の沈黙が終わるとき
人間と共生関係を復活させる、その意見を飛竜同士でも議論してもらうためだ。
だが一番に意固地となっていたノボリュが先に折れたことで、話し合いはするりと共生でまとまったらしい。
黒竜さえあっさり共生に意見を変えたことを見て、ノボリュは改めて周りが見えていなかったことを恥じたようだった。
そして翌日。飛竜たちの意見を聞いた私たちは、満を持して麓の里へ戻ることにした。
「っと、いよいよ俺の出番ってワケだな?」
竜騎士のライデンが、得意げな顔で前に出る。飛竜の背に乗るためには竜騎士のスキル、
それを知らないスピカが先に背中へ乗ろうとしたが、不思議なまでにバランスを悪くして転げ落ちてしまった。
「む~~~なにこれ! 全然うまく乗れない!」
「俺の後に乗ってください。竜騎士が乗った後であれば、絶対に落ちることがありませんから」
そう言ってライデンが難なく、ノボリュの背に跨って見せた。
「ほう。三百年経ったいまでも、心得を持つ人間が残っていたとはな」
「俺たちはずっと和解できる日を信じて、この技術を引き継いできたんです。こうして背を預けてくださること感謝いたします、昇竜王」
「いや我の方こそ頭が固くなっていたようだ。長いこと待たせてすまなかったな」
殊勝にも謝ってみせたノボリュの言葉に、控えていた黒竜と桃竜の表情が驚きに染まる。
(……なんだ、やれば出来んじゃん)
私の言葉をしっかりと実践してみせたノボリュに、なんだか心の奥があったかくなってしまう。
「そして我のことは今後、昇竜王と呼ばなくていい」
「は、と申しますと?」
「今日から我のことは、ノボリュ君と呼ぶがいい」
「なんて!?」
「ノボリュ君だ」
「……ノボリュ君、ですか?」
「ああ。リオからさずかった我の通り名だ、里の者にも今後はこの名で呼ばせることを統一させて欲しい」
「わ、わかりました……」
マジかよ、みたいな顔でライデンが頷く。
(素直なのはいいけど
言葉の響きからして面白みを感じさせる名だが、どうやら本人はカッコいい系の名前だと感じているらしい。
きっとフィオナが呼ばれていた『
そうしてリブレイズの全員が背に跨ると――ノボリュはバサ、と音を立てて両翼を広げた。
「い、いよいよ飛ぶのか!? 本当に空へと羽ばたくのか!?」
めずらしくフィオナもテンションが高く、瞳をキラキラに輝かせている。
「うえええぇ! 怖いですよぉ、落ちますよぉ! ゲームみたいに描写スキップで目的地に到着していいですよぉ!」
キサナは相変わらず、大きな体をブルブルと震わせている。
「いけいけゴーゴー! 空を制したスピカに敵はいないぜー!」
スピカは言うまでもなくイケイケだ。
「では飛び立つとしよう。黒龍と桃竜もついて来いっ」
「「はいっ!」」
そして三頭竜は、一斉に地を蹴った。
ふわりと宙に浮かんだ感覚が訪れた後。ノボリュが翼を大きく羽ばたかせると、顔に強風がやって来た。
「「「「うわぁぁぁぁーーーー!」」」」
少し先に浮かんでいた雲が、近づいては眼前で溶けていく。分厚い雲に突っ込むとひんやりとした湿気が顔を濡らす。
そして視界の悪い雲間を抜けると――眼下にエレクシアの広大な地表と、遠い青空が姿を現した。
「……なんと美しい光景だろうか」
フィオナは思わず声を詰まらせ、ライデンもはしゃいだ声を上げる。
「俺もこんな高い場所は初めてだ! Bランクの魔物程度じゃ、こんな高高度まで飛べなかったしな!」
「はははっ! 我々飛竜をその辺の魔物と同じにするな! どれ、もうしばらく
ノボリュが突然、羽を畳んで落ちるように急降下。
「い、いやあぁぁぁぁ!!!」
重力任せの自由落下に、キサナはこれまで以上の大絶叫。
だが竜騎士が一人でも乗っている以上、私たちはノボリュの背から振り落とされることはない。
私は先ほどから両手を振り上げているが、お尻は背中にくっついたまま。スピカなんか背中でジャンプしているが、物理法則を無視してノボリュの背に着地している。どうやら竜騎士の乗った飛竜からは、落ちることが出来ないらしい。
私たちはしばらく超過激なジェットコースターを楽しませてもらった後、ようやく飛竜の里へ降り立ったのだった。
三頭の飛竜が降り立ったことを知った里の人は、仕事を放り出して広場へと集まってきた。
「本当にライデンが……リブレイズが飛竜を説得して帰ってきたぞ!」
「しかも昇竜王みずから、ライデンたちに背を貸してるってよ!」
「生きてる内に三頭竜をこの目で見る日が来ようとは……長生きはするものじゃのう」
里の人は初めて近くで見る飛竜の姿に、心を釘付けにされていた。
涙を流す人も少なからずいた。これまでずっと飛竜との和解は常に絶望的と言われていたのだ。里の役目はいつか飛竜と和解した時のため、竜騎士を育て技術を絶やさないようにすること。
こうして飛竜が目の前に現れたこと自体、奇跡のような光景なのだろう。里の皆が呆然と立ち尽くす中、ノボリュと私たちへ歩み寄る三人の姿があった。
里長、ヒゲ、レファーナの三人だった。
そして里長がゆっくりと前に歩み出て、一礼をしてから口を開いた。
「……飛竜の長、昇竜王とお見受けします」
「いかにも、だが堅苦しい呼び名はやめてもらおう。我のことはノボリュ君と呼ぶがいい」
「…………」
瞬間、里長の顔が
「……親父、冗談じゃねえからな。飛竜の王、ノボリュ君じきじきのお願いだ」
しばしの沈黙があった後、咳ばらいをしたノボリュが里の全員に聞こえる声でこう言った。
「我々、飛竜の一族はリオの
「……ありがとうございます。これで里の一族が受け継いできた、三百年も無駄にならずに済みます」
「長い間、迷惑をかけたな。そして我らと共生の道を残してくれた、里の全員に心より感謝を申し上げる」
ノボリュの言葉を聞いた里の者は、いよいよ涙を我慢できなかった。いつ役に立つともわからない技術が、ついに身を結ぶ日がやって来たのだ。
これには無愛想だったヒゲもたまらず顔を覆っていた。彼もまた大商会の言いつけで、実るともわからない飛竜タクシーの計画を任された一人だった。
いつの間に打ち解けたのか、レファーナも笑いながらその背をひっぱたいていた。
里の人達は大いに喜び、その様子を見た三頭竜も優しい表情を隠せなかった。
――そして、ついに。
大陸に輸送革命をもたらす、飛竜タクシーの運用計画が動き出したのだった!
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