第64話 色恋飛竜と、盗賊の耳打ち

 桃竜とうりゅうのハートが盗めない。その言葉を聞いた昇竜王は、わかりやすく目を泳がせた。


(よしっ、やっぱりそういうことだよねっ!?)


 ゲームで聖女がささやいた言葉。それは恋のアドバイスだったと言われている。




 それがわかるのは魔王を討伐した後、ストーリークリア後の世界だ。


 昇竜王を討伐することなく飛竜解放イベントを達成すると、桃竜とになった姿を見ることが出来る。


 その時に丸くなった昇竜王が、聖女に礼を言うシーンがある。


『お前には世話になった。あの時は竜の誇りを守ることだけが、我らの価値だと思い込んでいた。だが手を取り合うことこそが、幸せへの近道だったのだな』

『ええ、実際にそうなって良かったです。ご自身の幸せも見つけることが出来たようで、なによりです』

『……茶化すな、馬鹿者』


 と、通じ合った会話を見せるのだ。


 プライドを捨てて人間との和平に舵を切り、その姿に桃竜も……という展開のようだ。


 ちなみにこの会話を聞いた後、昇竜王からお礼の品として『逆鱗刀げきりんとう』をもらうことができる。私はクリア後まで待てないから盗んだけど。


 とりあえず、ここで和平の後押しをするのが聖女の役目だ。


 だが私は恋愛の助言なんて出来るほど、できた人間じゃない。なので説得も好きにやらせてもらうことにする。



「ふふん、やっぱり。桃竜さんのこと好きなんだ~? 見てればバレバレですよぉ~?」

「ば、馬鹿者、声が大きい! 他の者に聞かれたらどうするつもりだ!?」

「三百歳になっても恥ずかしがるなんて、カワイイトコありますねっ!」

「ぐっ、貴様。やはり我を愚弄するのが目的か!」

「違う違う、ホメてるんですよ。私たち女の子にとって、カワイイというのは最上級のホメ言葉ですから」

「……しかし我はカワイイなどと評価されたくはない。ましてや我は竜のオスで、飛竜の頂点に立つ者であるぞ」

「関係ありませんよ。少なくとも私は男の人にカッコよさなんて求めてません、きっと桃竜さんもそうだと思いますよ?」

「…………初めて桃竜と顔を合わせたお前に、なにがわかるというのだ?」

「女心です。どうして人間と和平したいのかも、ね?」


 すると昇竜王は黙り込み、なにやら考え込む。そして――


「……聞かせろ」

「ふふん、そうこなくちゃ! じゃあまず、その硬い態度をやめましょう!」

「硬い? しかし我は飛竜の王だ、威厳なくして一族を統率するなど……」

「考え方が古いですって! いまはエラい人も肩の力を抜いていかないと! あそこにいる青い髪の女の子も、人間界では大聖女って呼ばれるほどエラいんですよ?」

「あのネズミの格好をした娘がか!?」

「そうそう、しかも男女を問わず大人気。特に女の子はエラい人やカッコいい人より、安心できる人の方が信じられますから」

「しかし竜のメスでも、そうであるとは限らないだろう?」

「あれを見てください」


 私が親指を向けた先では、なつっこいスピカが早くも桃竜にじゃれていた。桃竜も満更ではない様子で、お腹に抱きつくスピカの顔をペロペロと舐めていた。


「なっ――!?」

「見てください。人間界のカワイイ権力者が、早くも桃竜さんの心を掌握しました。これがカワイイの力です」

「な、なんということだ……」


 昇竜王は信じられないという目で、異種族同士のじゃれ合いを眺めている。


「絶対に桃竜さんはカッコいいより、カワイイが大好きです。そして残念なことに今の昇竜王さんは、カワイイとは無縁の存在です」

「だから我にもカワイイを目指せというのか?」

「無理に目指せとは言いませんよ。でもこのままだと別のカワイイオスが現れ、桃竜さんと駆け落ちしちゃうかもしれませんね?」

「……」

「それにメスがオスとつがいになれば、いずれ卵が出来ます。その時に子供に与えるエサより、誇りを優先するオスとつがいになりたいと思うでしょうか?」

「…………」

「ハッキリ言いましょう。安心させてくれないオスに、メスは惹かれません。誇り高い姿をいくら見せても、桃竜さんのハートは盗めませんよ?」

「……我は、どうすればいい」


 よしっ、少しずつ話を聞く姿勢が見えてきた。あとは私が絶対的な味方であることをアピールしつつ、イヤミなく和平の決断をしてもらえるよう誘導していこう。


「簡単です、まずはメスの意見を尊重しましょう。そして誇り高い昇竜王のイメージを、少しずつ無くしていきましょう」

「……具体的には?」

「そうですね、まずはあだ名でもつけましょうか。今日から昇竜王のことは……昇竜ノボリュ君って呼びますね!」

「ノボリュ君!?」


 これはプレイヤーの間で定着している、昇竜王のちょっと不名誉なあだ名だ。


 残念ながら昇竜王は、あまりプレイヤーに好かれているキャラじゃない。いわく『さんざん偉そうなことを言いつつ、色恋で意見をひるがえす俗物ぞくぶつ』などと揶揄やゆされている。


 生まれた経緯はともかく、語感はカワイイのでアリだと思う。愛着を持って呼べるいい名前だ。


「このあだ名が定着すれば、誰もが勝手にノボリュ君への愛着を持ってくれます。いっちばん楽な方法です」

「ほ、本気で言ってるのか!?」

「大真面目ですよ、これでカワイイはゲットです。次は私たち人間との和平です、また共生関係を結んで食料問題を解決させましょう!」

「……急に意見をひるがえした我を、飛竜の皆は受け入れてくれるだろうか?」

「そこまでは私にもわかりません。でも自分が間違っているとわかった時に、ちゃんと謝れるオスのほうがカッコいいって思いますよ?」




 昇竜王ノボリュ君はそれからしばらく、長い沈黙を貫いた。


 そして一人で考え抜いた末に、こう結論を出した。


「……お前の言いたいことはわかった。だがにひとつ頼みがある」

「なんですか?」

「我にはやはり女心という物はわからん。だから理解のあるお前とは、都度話せる状態を維持したいのだが」


 おいおい、なんだよそれ。


 つまり自信がないから、私と気軽にお話したい……連絡先ラ〇ン教えてってコト!?


 そんだけ信頼されたら、ちょっと嬉しくなっちゃうじゃないかバカヤロウ。そんなカワイイところは私じゃなくて、桃竜に見せてやれってんだ。


 とはいえ、断る理由もない。


 レファーナの言うように横のつながりを大事にするなら、ノボリュとの交友関係も大事にしていかないと。


 だが私はずっとエレクシア付近に滞在しているわけじゃない。領地もニコル周辺に作りたいと考えているし、飛竜のネットワークである念話にも参加できない。


 ノボリュがなにか話したいと思った時に、いちいち落ち合うのも面倒だ。


 ……と、そこで私は別の案を思いつく。


 私は改めてノボリュに耳打ちすると、少し考えてから「悪くない」との快諾をいただけた。




「――待たせたな」


 私との長い話し合いを終えた後、ノボリュは待たせていたみんなに向かってこう語り出した。


「我は人間の代表、リオとの話し合った結果。ふたたび人間との共生関係を、復活させることが望ましいと考えた」


 黒竜は驚愕に目を見開き、桃竜は花開くような笑みを浮かべる。


「だが人間は過去、飛竜を軽んじて無理な労働を強いたことがあった。そのようなことが起こらないかどうか、王である我がよく目を配らせておく必要がある。よって――」


 同じ場所に留まらない冒険者と、常に話せる関係を維持したい。だったらその解決方法はひとつしかない。


「我はしばらくの間。リオの持つ団体クランと行動を共にし、人間社会を監視することにした!」


 ノボリュ君をリブレイズのメンバーとして、引き入れることにしたのだった。

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