第63話 ついに三十層、昇竜王登場

 そして夜が明け、私たちはいよいよ三十層に続く階段までやって来た。


 いざ昇竜王しょうりゅうおうとの面会を控え、ライデンは息を呑んで立ちすくむ。


「……ついにやってきたな。この先が飛竜の長、昇竜王の間か」

「そうですね。でも気楽に行きましょう、いざという時は倒してしまうので」

「なにサラッと恐ろしいこと言ってるんだよ!?」


 Aランククエスト・昇竜王の説得。


 目的は三百年の沈黙を破り、人間を背に乗せてもらう約束を取り付けること。


 ちなみにネタバレをしてしまうと、最初はほとんど会話が出来ずに戦闘が始まる。


 昇竜王は竜峰りゅうほう挑戦レベルで倒すのは不可能だ、そのため20ターン全滅せずにやり過ごすと会話イベントが再開。


 その会話の中で譲歩を見せるようになり、最終的に和平が実現する。


 だが倒せない敵ではない。過酷なレベル上げをすれば昇竜王を倒し、残された飛竜の代表との話し合いで和平を結ぶことが出来る。


 しかし討伐する旨味も少ないし、後味の悪い展開になるのでメリットがほとんどない。だからここは無理せず、20ターンを耐え忍ぶのが最良の選択だ。だが――



「……りおりー、本当に大丈夫なんですか? 私たちのパーティには、がいませんけど」

「大丈夫だって! キサナも開発者インタビューは読んだでしょ?」

「読みましたけど……あれって本当に信用できる情報なんですか?」


 キサナが言っているのは、クラジャンの主人公が最初に仲間にする聖女のことだ。


 メインストーリーで竜峰を訪れた際、説得の決め手となるのは聖女の耳打ちだ。


 最後まで和平を渋り続ける昇竜王に、聖女が耳元でなにかを囁くのだ。


 すると昇竜王はそこでようやく和平へと前向きになる。ここでなにを囁いていたかは想像に任せる――といった演出だ。


「その後の展開を考えれば、どんな話をしたかは予想できるでしょ。あの時の聖女と同じことを言えばいいだけだよ!」

「ホントにうまく行きますかねぇ、万が一にでも失敗すれば……」

「ちょっと後味が悪くなるだけだよ!」

「うえぇぇぇ、イヤだぁぁ……!」


 びーびーと泣くキサナに苦笑しつつ、私たちは三十層へと足を踏み入れる。


 すると――




「……また来たのか、愚かな人間たちよ」


 地の底に響くような重々しいを使い、濃霧の奥から大きな竜が話しかけてきた。


 灰色のウロコを持ち、鋭利な背びれを持つ羽の生えた竜。


 飛竜をまとめる当代の王、昇竜王。


 そして近くの岩場に側仕える形で、二頭の竜も姿を現した。


 昇竜王の両脇に立つのは黒のウロコを持つ竜と、薄いピンクのウロコを持つ竜。


 彼らは昇竜王を含めて三頭竜さんとうりゅうと呼ばれる、飛竜界の頂点に立つ竜たちだ。その中の黒い竜、黒竜こくりゅうが岩の上から見下すように言う。


「何度も懲りないことだな人間。俺たちの王は人間ごときの言葉で、たやすく心を動かしたりはせん」

「……しかし、こうして小さな体で登って来てくれたのです。話くらいは聞いてあげましょう」


 すると黒竜がカッと瞳を見開き、ピンクの竜に向かって大声を出した。


「まだそのようなことを言っているのか桃竜とうりゅう! 貴様がそのような態度でいるから、飛竜はいつまでも軽んじられるのだ!」

「しかし竜族の誇りだけでは食べて行くことはできません! 歩み寄る人間がいなくなった時こそ、我々はいよいよ絶滅の危機に晒されてしまいます!」

「なんと愚かなことを! 貴様それでも誇りある三頭竜の一員か!」

「やめろ、黒竜こくりゅう! 人間の前で言い争いをする方が、醜くてかなわぬ!」

「……申し訳ございません」


 黒竜と呼ばれた目付きの鋭い竜が、不貞腐れたように言葉尻を下げて言う。


(ゲームでもこの言い争いは聞いてたけど、ボイスありで聞くと鼓膜こまく割れそうだなぁ……)


 もはや音波攻撃のようなものだ、体力が1%くらい持っていかれた気がする。


「して、何用だ? ……まさか、また飛竜の背を借りたいなどとは申すまいな?」


 昇竜王の鋭い眼光に、リブレイズの大人たちは緊張感を走らせる。


 だが、私とスピカは違った。


「はい、また背を貸していただく相談に来ました。飛竜の皆さんも食料に困ってるなら、昔のように手を取り合いましょうよ?」

「そーだそーだ! 王様のプライドじゃ、お腹は膨れたりしないぞー!」

「里では飛竜と和解できた時のために、食料を定期的に用意する計画も立てられています」

「魔物の肉はうまいぞ! スピカは食べたことないけど!」


 私たちの言葉を聞くと、興奮した昇竜王がグルルと激しく喉を鳴らす。


 鼻で息をすると辺りの粉塵が吹き飛ばされ、物々しい雰囲気があたりを包み込み始める。


「……貴様らは我々を愚弄しに来たのか? 飛竜の一族が人に食料を恵んでもらわないと、生きていけないとでも思っているのか!」

「現にそうなっているじゃないですか。私は桃竜とうりゅうさんと同じく、飛竜と和平できる道を歩みたいです」

「痴れ者が! たかがひとつの意見を同じくしたからと言って、桃竜とうりゅうを人間と同列に扱うな! 貴様は我を怒らせに来たのか!?」

「これくらいのことで怒らないでください。そうやって怒ってばかりいるから、反対意見も頭に入って来ないんじゃないんですか?」

「っ――どうやら殺されたいようだな! いいだろう、ここでお前らを食って腹を満たしてやるとしよう!」


 昇竜王が大きな雄叫びを上げ――戦闘が開始した。




 名前:五代目・昇竜王

 ボスランク:S

 ドロップ:なし

 レアドロップ:なし

 盗めるアイテム:竜のキバ

 盗めるレアアイテム:逆鱗刀(S)




 戦闘開始直後。私は昇竜王に挑発をかけながら『強奪』で攻撃。


 その後ろに立つのは前衛のフィオナ、中衛にキサナ、後衛にスピカの布陣だ。


 だが今回の戦闘は20ターンの間、誰も倒れずにやり過ごすこと。


 そのためフィオナとキサナにはブーストポーションでの回復、スピカには持続回復の入る『癒しの雨』と回復魔法だけお願いしてある。


 昇竜王との戦闘はイベントなのでワンパターンだ。


 奇数ターンは物理単体攻撃。偶数ターンで『竜王りゅうおう息吹いぶき』と呼ばれる、全体へ割合ダメージを飛ばしてくる。


 竜王の息吹はターンごとに10%威力を増し、20ターン目に体力99%を削るダメージが飛んでくる。


 だが回復だけに専念すれば、耐えきれるダメージ量だ。


 単体攻撃のダメージは強力だが、それは回避かいひタンクに集中させて避ければいい。


 おまけでレアアイテムも盗めたらめっけもんだ。私は強奪と回避を繰り返し、息吹を撃たれた後の回復だけを繰り返す。


「舐めているのか人間! そのような戦い方では我を倒すことなど出来ぬぞ!」

「別に倒そうとなんてしてませんよ。私たちは和平に来たのに、先に攻撃なんかしてくるから」

「貴様が舐めたクチを聞くからだろう!」

「三百年も経ったんですから、少しは聞き入れてくれてもいいじゃないですか。たまには和平もいいもんですよ?」

「我が首を縦に振ることなどない! 誇りある竜族が、人間の尻に敷かれるなど!」

「尻に敷かれたくらいで落ちるくらい、竜の誇りって安いんですか?」

「まだ言うかっ!」


 昇竜王が前足を振り降ろすと、岩の足場が砂のようにたやすく砕け散る。大きく息を吸い込んだ後に放たれる『息吹』は、熱を持ったかまいたちとなって身を切り刻む。


(やっぱ現実に攻撃を受けると痛いなぁ、ちくしょ~!)


 ゲームを元に構成された世界であるおかげだろうか。どんなに痛いと思っても、気を失うほどの事態には陥らない。


 とはいえダメージ後の行動には力が入らない。マイナス補正で戦闘を不利にしないためにも、回復だけはサボらないようにしないと。


 そして息吹のダメージもどんどん増していく中、私はようやくレア武器を盗むことに成功。


 あとは20ターン目の攻撃を待つだけだ。


「もういい! 貴様ら人間との歴史は、今日で終わりにしよう!」


 昇竜王がそう叫ぶとともに――灼熱の息吹をリブレイズ全員に噴き放った。


 体力99%を削る、強力な全体攻撃。


 だが回復アイテムで体力を満タンに保っていた私たちは……命からがらその攻撃をやり過ごした。


「な、なぜ立っていられるのだ!?」


 全身全霊の攻撃を耐えきられ、さしもの昇竜王も動揺で攻撃の手を止める。


「え? だってそんなに痛くなかったし!」

「それはスピちゃんだけでしょ……」


 どうやら『竜王の息吹』の割合ダメージは、『守護神の羽衣』でダメージ軽減されたらしい。


 すべてを一割のダメージで受けきったスピカはぴんぴんしている。私たちは笑いがこみあげてくるほど痛いけど……


「みなさん大丈夫ですか!?」


 戦闘が終わったことを見て取った桃竜とうりゅうが、すかさず間に入り私たちへと回復魔法をかけてくれる。


「な――どういうつもりだ、桃竜!」


 またも声を荒げる黒竜に、今度は桃竜も毅然と言い返す。


「どうもこうもありません! 彼らは私たちの絶滅を案じて、こうして間に入ってくれたのです。手を差し伸べてくれた方を助けるのは、当然のことです!」

「飛竜でありながら人間にくみするか! であれば貴様は――」

「ええい、よさんか!」


 また言い争いを始めた二頭の竜を、昇竜王が一喝で黙らせる。


「……今一度、聞こう。人間よ。貴様らはなぜそこまでして共生を望む? 我らの背で移動する生活とは、命を張ってまで欲するものなのか?」


 戦闘に怒りをぶつけて冷静になったのか。昇竜王は私たちを話す価値があると認識してくれたらしい。


(先ほどの激痛で、頭を働かせるのは億劫だけど……ここからが正念場だよねっ)


 私はなんとか顔を上げ、昇竜王に向き直る。


「背中に乗せてもらう生活は快適ですけど……そんなことより単純に仲良くしたいじゃないですか。そうですよね、桃竜さん?」


 同意を求められた桃竜は、ゆっくりと首を縦に振ってくれる。


「たとえ背を借りることがあっても、私たち人間が飛竜より優れているとは思いません。そう思う方はゼロではないかもしれませんが……それは飛竜も同じですよね?」


 今度は黒竜に視線を向けたが、すげなく視線は逸らされてしまった。


「完全にわかり合うことはできませんよ。同じ人間同士、飛竜同士でもわかりあえないんですから。でも助け合うことはできるはずです、そう思いませんか?」

「…………しかし」


 昇竜王の心はだいぶ揺れ動いているようだ。


 ――ここまでは、ゲームでの進行と概ね同じ。


 思いのほか気持ちが入ってしまい、だいぶアドリブでしゃべってはいる。だが昇竜王の反応は悪くない、あとは最後に聖女が耳打ちするだけだ。


 もちろん、それは原作を知っている私の役目だ。


 私は装備していた短刀をその場に落とし、大事な大事なマジックポーチもその場に置く。そして手ぶらであることをアピールしながら、昇竜王にゆっくりと近づいていく。


「少しお耳を拝借します」

「な、なんだ……!?」


 昇竜王は動揺しつつも、無防備に近寄る私の接近を許す。


 そして――


「……あまり意固地になってばかりじゃ、桃竜とうりゅうさんのハートは盗めませんよ?」

「っ――!?!?」


 と、そう囁いたのだった。

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