第60話 キサナのこれまでと、飛竜との歴史

 竜峰へ五倍速で向かう途中、私はキサナと今日までのことを話し合っていた。


「へえ! 錬金術師れんきんじゅつしの弟子になれた上に、働かせてもらえるなんて運が良かったね!」

「はい。知らない人の下で働くのは怖かったですけど、滅多にないチャンスだったので……」


 早くもキサナが錬金術師を獲得していたのにも納得だ。


 師弟契約していけいやく。これは第二才能以下を覚醒させるために必要な、クラジャンのゲームシステムだ。引き継ぐための条件は以下の通り。


①引き継ぎたい才能Aを持つ師匠の、才能Aレベルが50以上であること。


②弟子になる者は、獲得済みの才能レベルがすべて50以上であること。


③以上の条件で師弟契約が可能に。契約後、弟子は師匠の元で一定時間『下働き』をすること。


 弟子になったキャラクターは、約五日の『下働き』という待機状態に入る。その時間が過ぎれば、晴れて師匠の才能を引き継ぐことが出来る。


 全然、難しいことじゃない。簡単だ。


 ……が、現実クラジャンではその引き継ぎすらも解明されていない。


 そもそも現実ではレベル50というハードルが高い。


 仲間になったばかりのフィオナですら、レベル47のA冒険者だった。師匠になる条件すらそう簡単に整わない。


 そして高レベルになった冒険者は弟子を取りたがらない。自分で高ランクダンジョンに潜れば、稼ぎになるクエストやドロップアイテムがいくらでも拾えるからだ。魔物を倒して経験値を得て成長するこの世界で、師匠に稽古をつけてもらうという関係はほとんど発生しない。


 同じ理由でパーティ間でも師弟契約のようなものは自然発生しづらい。既にパーティー間で役割も定着しているのに「お前の出来ることを俺も覚えたい」みたいな話は出るものじゃない。


 逆に考えれば下働きをさせつつ、師匠の元に着く生活種は師弟契約の環境が整いやすい。……が、そこでもレベル50の壁に阻まれる。


 だからこそ現実クラジャンの世界では才能の幅が広がらない。


 覚醒の儀以外での才能覚醒、いわゆる自然覚醒しぜんかくせいは稀に起きる奇跡と呼ばれているくらいに。



「才能レベルもちゃっかり高いよね、どうやって上げてったの?」

「ボクはミラ東で目を覚ましたので、近くにあった地下遺跡でレベル上げしてました。岩塩がんえんとレクイエムさえあれば、結構おいしいので……」

「なつかしい~~~! そんな方法もあったね!」


 地下遺跡はミラの東にある、さびれた聖堂を模した建造物だ。


 この施設はダンジョンとして扱われてないので、誰でも簡単に入ることができる。


 だが出現するのはBランク以上の魔物ばかり。うっかり入ると即全滅しかねないため、警告するモブも近くに立っている。


 しかし戦い方さえ知っていれば、途端に稼ぎになるレベル上げ会場と化す。


 まずメタルメルターと呼ばれるナメクジと、スカルスネイルと呼ばれるカタツムリ。この二匹は岩塩がんえんをかければ瞬殺。


 そしてミゼラブルレイスは鎮魂歌レクイエムのダメージで確殺。これらを駆使していれば、A冒険者レベルまではあっという間だろう。


 しかもキサナの持つアクセサリ、『二足のわらじ』はレベル上げに便利な装備品だ。これを装備して戦闘に入れば、才能レベルが高いステータスで戦うことが出来る。第二才能以下のレベル上げにうってつけのアクセサリだ。


「さすがキサナちゃん! 六転生もしただけあって、立ち回りが洗練されてるね!」

「十一回目のりおりーには負けますよ。それに二ヶ月でこんなすごい仲間を集めるなんて、尊敬しちゃうなぁ」

「私は自分がやりたいことをやってるだけだから」

「それがすぐ行動に移せるのがすごいよ。ボクなんかいっつも周りの目とかが気になっちゃうし」

「それがきっと普通なんだよ、私がたぶん欲望に忠実すぎるだけ」

「……りおりーは本当に変わってないなぁ、ちょっと安心しちゃった」

「私もまたキサナちゃんと会えて嬉しいよ! これからは昔以上に協力して、めいっぱいクラジャンライフを楽しもうね!」

「……うん」


 見た目はイカついおっちゃんだが、元の性格はキサナのまま。最初は見た目にビビったが、そういうアバターだと思えば怖くもない。こうして私はまた一人、信頼できる仲間を見つけたのであった。



***



 三日後。私たちはようやく依頼のあった竜峰りゅうほうふもと、飛竜の里に到着した。


 竜峰はめずらしく昇るタイプのダンジョンだ。潜るタイプと違って空につき抜けているので、麓からでも見上げれば大まかな構造を見ることが出来る。


 目標階層はAダンジョンということもあって三十層。だが飛竜解放というストーリーイベントにも関わっているため、Aという割には難易度が低い。


 その代わりなのかはわからないが、オマケ要素で山の頂上である七十層まで昇ることが出来る。三十層から先は隠しダンジョンみたいなものなので、基本的にはラスボス後のお楽しみ要素だ。


 とりあえず今回はそこまで行くつもりはない。便利に大陸を移動できるようにするためにも、昇竜王を説得して早くを利用できるようにしたい。


 その日は里にある宿で一泊、翌日に依頼主から話を聞かせてもらうことにした。



「遠いところからようこそお越しくださいました。私が飛竜のさとをまとめるおさで御座います」


 依頼主である里長さとおさはそう言って、私たちを近くの椅子へ座らせる。


 椅子に掛けたのは私、レファーナの二人。騎士であるフィオナは扉の近くで立ちつくし、大聖女のスピカは里のみんなにかわいがってもらっている。キサナには念のためその護衛をお願いした。


 相手側は里長と、ヒゲを生やした男の二人。ヒゲは特に名乗ることもなく、品定めをするようにギロリと目を光らせている。


 ……事前にレファーナと話していた通り。キーマンは里長ではなく、黙って同席してるヒゲになりそうだ。



「では今回の依頼を改めて」


 里長が前置きをし、改めて依頼の詳細を口にした。


「みなさまにお願いしたいのは、竜峰三十層にいる飛竜ひりゅうたちの王。昇竜王しょうりゅうおうと面会し、ふたたび人間を背に乗せる許可を得て欲しいのです」


 そこからはゲームでも聞いたことのある歴史がざっくりと語られた。




 かつてこの国は飛竜と人間が共生する世界だった。


 飛竜は人間を背に乗せて輸送の手伝いに協力し、代わりに飛竜が入れないダンジョンから食料となる魔物肉を提供していた。


 だが現在の昇竜王に代わって以降、人を背に乗せることの一切が禁じられた。


 理由は『生物の王たる竜族が、人間ごときに背をあずけるなどありえない』から。


 プライドの高い現昇竜王は、およそ三百年ほど前からすべての飛竜にこの方針を徹底させた。


 もし王の約束をたがえたものは一族からの追放、場合によっては王自ら手をかけるという厳しいおきてを出した。


 飛竜には念話テレパシーという能力があり、すべての飛竜は遠く離れていても意思の疎通をとることができる。


 違反した竜を発見した場合は王への報告が義務付けられ、知らせなかった場合は同じ罪が目撃した竜にも課せられる。


 飛竜の移動ができなくなってから、人間社会の交通網は衰退していくばかり。そのため輸送業界はたびたび、昇竜王に掟の撤回を願い出ているのだが――



「ついぞ今日に至るまで、首を縦に振っていただけておりません。里ではいまも飛竜に乗れるスキルを持つ、竜騎士りゅうきしが生まれ続けておりますが……年々、里を離れていく若者は増える一方です」


 飛竜に乗るためには竜騎士のスキル『騎竜きりゅう心得こころえ』が必要だ。だが飛竜との和解が絶望的なため、里を出て別の仕事に出る若者が急増している。


 このままでは心得を持つ竜騎士もいなくなり、飛竜と和解する意味さえなくなってしまう。その前になんとか昇竜王を説得したい、それが今回の依頼だった。


 ちなみにこのクエストをクリアすると飛竜タクシーが使えるようになり、いつでもどこでも好きな土地へ移動できるようになる。


 プレーヤーに移動費用はかからない。昇竜王の説得を成功させたクランなので、その辺は免除してもらえるというワケだ。


 私は今回のクエストを受けることで、飛竜タクシーが再開されるだろうと仲間クラメンに説明してある。


 フィオナとスピカは飛竜に乗れる可能性に目を輝かせていたが、レファーナだけは腕を組んで黙り込んでしまった。


 そしてしばらく考え込んだ後、悪どい笑みを浮かべながら言った。


『それはまた……金になりそうな話じゃのぅ』と。


 ゲームではクエスト報酬で1000万クリル、特典は飛竜タクシーの無料利用。だが……


『アチシらの交渉で飛竜タクシーが再開するのであれば、1000万クリル程度の報酬で満足できるはずがなかろう』


 ここはゲームの世界ではない。知恵を働かせるリアルな人間NPCが存在する。


『馬車中心の輸送網に革命が起きるのじゃ。ここにリブレイズが食いこめば……億なんてくだらない金が舞い込んでくるぞ!』


 同席しているヒゲはおそらく、説得完了後に飛竜タクシーを運営する大商会の幹部だ。つまり彼との交渉次第で、リブレイズの今後は大きく左右される。


 ――こうしてレファーナの、一世一代の交渉劇が幕を上げたのだった。

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